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第4章
7.四人と五人(5)
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「ごめんね」
「いい」
映画の後半が楽しめなかっただけではなく、見終わった美並は無性に京介の声を聞きたくなって、しかめ面のハルに無理を通して、京介も一緒に食事をしたい、と訴えた。
『僕……ちょっと今すぐは行けない…かも…』
妙にあやふやな不安定な声がためらう。
あれ?
違和感に首を傾げる。
「お仕事ですか?」
『うん……今夜僕のところへ来ない?』
どこかあやうげな響きをたたえて、京介が誘うのに危うく頷きそうになったが、『飯島』の件がある。
「あ…」
まだ踏ん切りはついていない、そこまではまだ。
「ごめんなさい。今夜はだめです」
『……わかった……』
しょんぼりしているようだが、安堵したような響きもある。しかも、電話の向こうに妙に熱っぽい感覚が漂っていたのは気のせいだろうか。
携帯を切って、思わずまじまじと眺めてしまった。
「……まさか」
仕事、というのは言い訳で、恵子か誰かと会っていたりして。
珍しく不安な気持ちが渦巻いたのも、映画の途中の、それもまさにキーになるような部分を見損ねてしまったせいかもしれない。
あの二人は最後までお互いを全うした。
最後の最後まで、それぞれの『命』を全うした。
たぶん、あの見損ねた部分にあった展開が、美並の引っ掛かっていた『どうして』の部分だったのだろうけど、美並は見ていたのに見なかった。
大切なところから目を逸らしてしまう、それはこんなにきまり悪く落ち着かない気持ちのものなのか。
今まで味わったことのない気持ちで携帯を閉じながら、もう一度京介と見に来ようか、そう考えて、自分の目の前でじっと美並の電話が終わるのを待っているハルに気づく。
「来る?」
「ううん、来ないって」
「OK」
淡々とした応えに、やはり微かな怒りを読み取って、約束を果たしにきただけとはいえ失礼なことをしている、と改めて頭を下げる。
「ごめんね、ハルくん」
やっぱり今日はここで終わりにしていい?
「だめ」
ハルはそっけなく拒んだ。
「ご飯」
「でも」
「渡すもの」
「え?」
「ごはん」
「あ、うん」
どうやら何か渡すものを持参していて、それを食事の席で渡したいということらしい。
仕方なしに先に立って人ごみをすり抜けていくハルの後に従う。
出向いた先は『村野』だった。
「いらっしゃいませ」
迎えた村野は一瞬美並の連れが京介でないことに瞬いたようだが、静かな微笑に紛らせてどうぞ、と奥の席に案内してくれた。
「初めてじゃない?」
「うん、何度か来てる」
「よかった」
「え?」
「好み」
「ああ」
好んでいる場所でよかった、そういう意味らしい。
二人向き合って、ハルはバジルスパゲッティを、美並はマカロニグラタンを頼む。
運ばれてきた料理を、ハルはしばらくじっと眺めていた。
「食べないの?」
冷めるよ。
声をかけても没頭するようにバジルスパゲティを凝視していて応じない。
その目が鋭く柔らかくバジルの細かな葉一枚一枚を追うような気配なのに、絶対色感、ということばをまた思い出した。
今ハルは美並にはバジルスパゲティとしか見えないものを、一枚の絵画のように味わっているのかもしれない。
「いい」
映画の後半が楽しめなかっただけではなく、見終わった美並は無性に京介の声を聞きたくなって、しかめ面のハルに無理を通して、京介も一緒に食事をしたい、と訴えた。
『僕……ちょっと今すぐは行けない…かも…』
妙にあやふやな不安定な声がためらう。
あれ?
違和感に首を傾げる。
「お仕事ですか?」
『うん……今夜僕のところへ来ない?』
どこかあやうげな響きをたたえて、京介が誘うのに危うく頷きそうになったが、『飯島』の件がある。
「あ…」
まだ踏ん切りはついていない、そこまではまだ。
「ごめんなさい。今夜はだめです」
『……わかった……』
しょんぼりしているようだが、安堵したような響きもある。しかも、電話の向こうに妙に熱っぽい感覚が漂っていたのは気のせいだろうか。
携帯を切って、思わずまじまじと眺めてしまった。
「……まさか」
仕事、というのは言い訳で、恵子か誰かと会っていたりして。
珍しく不安な気持ちが渦巻いたのも、映画の途中の、それもまさにキーになるような部分を見損ねてしまったせいかもしれない。
あの二人は最後までお互いを全うした。
最後の最後まで、それぞれの『命』を全うした。
たぶん、あの見損ねた部分にあった展開が、美並の引っ掛かっていた『どうして』の部分だったのだろうけど、美並は見ていたのに見なかった。
大切なところから目を逸らしてしまう、それはこんなにきまり悪く落ち着かない気持ちのものなのか。
今まで味わったことのない気持ちで携帯を閉じながら、もう一度京介と見に来ようか、そう考えて、自分の目の前でじっと美並の電話が終わるのを待っているハルに気づく。
「来る?」
「ううん、来ないって」
「OK」
淡々とした応えに、やはり微かな怒りを読み取って、約束を果たしにきただけとはいえ失礼なことをしている、と改めて頭を下げる。
「ごめんね、ハルくん」
やっぱり今日はここで終わりにしていい?
「だめ」
ハルはそっけなく拒んだ。
「ご飯」
「でも」
「渡すもの」
「え?」
「ごはん」
「あ、うん」
どうやら何か渡すものを持参していて、それを食事の席で渡したいということらしい。
仕方なしに先に立って人ごみをすり抜けていくハルの後に従う。
出向いた先は『村野』だった。
「いらっしゃいませ」
迎えた村野は一瞬美並の連れが京介でないことに瞬いたようだが、静かな微笑に紛らせてどうぞ、と奥の席に案内してくれた。
「初めてじゃない?」
「うん、何度か来てる」
「よかった」
「え?」
「好み」
「ああ」
好んでいる場所でよかった、そういう意味らしい。
二人向き合って、ハルはバジルスパゲッティを、美並はマカロニグラタンを頼む。
運ばれてきた料理を、ハルはしばらくじっと眺めていた。
「食べないの?」
冷めるよ。
声をかけても没頭するようにバジルスパゲティを凝視していて応じない。
その目が鋭く柔らかくバジルの細かな葉一枚一枚を追うような気配なのに、絶対色感、ということばをまた思い出した。
今ハルは美並にはバジルスパゲティとしか見えないものを、一枚の絵画のように味わっているのかもしれない。
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