『闇を闇から』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
321 / 503
第4章

5.三人と四人(5)

しおりを挟む
「…なんか予感があったとか」
 檜垣が溜め息まじりに呟く。
「覚悟があったとか。勘のいい人だったんでしょ?」
「覚悟?」
 有沢が訝しげに檜垣を振り向く。
「何の覚悟だ?」
 不満そうに続けた。
「あの日、俺達はたまたま『飯島』達を見つけたんだぞ?」
 第一、『飯島』を追っていたのは俺だけで、太田さんは引きずられる形だった。
「だからそれは」
 言いたかないけど、太田さんが誰かと通じてた、会う約束だったってことじゃないんすか。
 檜垣が解説する。
 有沢が不愉快そうな顔で応じた。
「太田さんが警察を裏切ってて、誰かと、例えば、あそこに居た『羽鳥』と会う約束があった、としても」
 なぜ、ライターはともかく、ひろみちゃんの記事まで置いていかなくちゃならない?
「えーとだからそれは、その、ほら、犯罪の加害者側に立つようなことを自分がするから罪悪感でとか」
 檜垣がしどろもどろになって有沢の突っ込みに口ごもる。
「もう一つの可能性は」
 美並は上着を置いて、蛇革のベルトを手に取った。本物ではなく、合成皮革系のしかもビニールじみた安っぽくてぺらぺらしたベルトだ。
「それらが『置いていった』のではなく『持ち去られて戻された』ということは…っ」
「え…っ」
 ぎょっとしたように固まる男二人をよそに、ベルトを手にした瞬間、指先から走り上がった鮮烈な黄色のイメージにあやうくベルトを手放しそうになった。
「持ち去られた?」
 有沢が繰り返した。
「伊吹さん、あなたは太田さん以外にあそこに『羽鳥』への内通者が居たというんですか」
「ちょっとちょっと、やめましょうよ」
 檜垣が慌てて割り込む。
「そういうこと言い出したら味方なんていなくなっちまう」
 何だろう、これは。
 美並はベルトをしっかり握って目を閉じる。
 稲妻のように閃く黄色。こんなものは見たことがない。
「伊吹さん、太田さんはひょっとしたら、裏切ってたんじゃなくて、あ、でも、姫野さんに俺を引き戻す工作は依頼してるから」
「だからさ、いいかげんこの女の言うことに振り回されんのは」
「……驚愕、だ」
「は?」
「驚きですよ」
 美並は目を開けた。
「太田さん、凄く驚いたんです、きっと」
「驚いた?」
 有沢が顔を歪めた。
「私が『羽鳥』を含んだ数人を追いかけようとしたからでしょう?」
「たぶん、違います」
 ベルトのぺたんとした薄っぺらい感触は視界を埋め尽くすような黄色の閃光で満たされている。
「なぜここに」
「え」
「なぜここに……いや……なぜあいつが、そんな感じです」
 そうだ、そういう種類の驚愕だ、と美並は確認した。
 太田はなぜここに、あいつが、そう衝撃を受けている。それがこれには刻まれている。
 それはひょっとすると、この後に絶命してしまったから、それ以上の感情を重ねることができなかったからかもしれない。
 人が手にする物には、ひょっとすると、それを手放す瞬間の一番強い感情や想いが刻まれるのかもしれない。
 美並は突然そう思った。
「……確かに」
 有沢が暗い声になった。
「太田さんはそう言いましたよ、そう言って………そう、言って……?」
 ふいにまた有沢が考え込む。
「なぜ、そんなことを言ったんだろう……?」
 あの時、俺は『飯島』には気づいていなかった。
「俺は事件に納得できていなくて、『飯島』を追ってはいたけれど、あの時『飯島』を先に見つけたのは太田さんだったんだ……」
 もし、太田さんが奴らに内通していて、俺の追跡を阻むつもりだったのなら、わざわざあそこで飯島の存在を知らせる必要なんかなかったはずですよね?
「有沢さん、太田さんを庇いたいのはわかるんすけど」
 檜垣が頭を掻きながら唸る。
「太田さんが姫野に細工させたのは確かなんでしょ? 警察に『羽鳥』がらみの内通者が居て、それで俺達はいいように振り回された、それも確かだ。太田さんがその内通者だったかもしれなくて、そこでモメたか何かして太田さんは『羽鳥』のヤツらに殺された、そういうことじゃなかったんすか」
 つまりは内輪もめってことじゃなかったんすか。
「太田さんが殺されて、内通者は居なくなって、それで『羽鳥』も動きを潜めた。幸い、そっちは被害額もたいしたことない、コロシやブッコミで挙げるほども動けねえ、もうそれでいいじゃないすか。それが納得できねえってんなら、真崎大輔を締めて、そっちでワルいヤツをふん捕まえとく、そういう納得もアリでしょ?」
「…待って…待ってくれ」
 有沢が何かを思い出そうとするように頭を抱える。
「あの時、俺はどうしてあいつらに気づかなかったんだ? なぜ太田さんはあいつらに気づいたんだ?」
 ゲームセンターで、賑やかで騒がしくて、行き交う人も多かった、グループで流れていたのは何人も居た。
「太田さんはなぜ、あいつらに気づいた…?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡

雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

処理中です...