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第4章
5.三人と四人(5)
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「…なんか予感があったとか」
檜垣が溜め息まじりに呟く。
「覚悟があったとか。勘のいい人だったんでしょ?」
「覚悟?」
有沢が訝しげに檜垣を振り向く。
「何の覚悟だ?」
不満そうに続けた。
「あの日、俺達はたまたま『飯島』達を見つけたんだぞ?」
第一、『飯島』を追っていたのは俺だけで、太田さんは引きずられる形だった。
「だからそれは」
言いたかないけど、太田さんが誰かと通じてた、会う約束だったってことじゃないんすか。
檜垣が解説する。
有沢が不愉快そうな顔で応じた。
「太田さんが警察を裏切ってて、誰かと、例えば、あそこに居た『羽鳥』と会う約束があった、としても」
なぜ、ライターはともかく、ひろみちゃんの記事まで置いていかなくちゃならない?
「えーとだからそれは、その、ほら、犯罪の加害者側に立つようなことを自分がするから罪悪感でとか」
檜垣がしどろもどろになって有沢の突っ込みに口ごもる。
「もう一つの可能性は」
美並は上着を置いて、蛇革のベルトを手に取った。本物ではなく、合成皮革系のしかもビニールじみた安っぽくてぺらぺらしたベルトだ。
「それらが『置いていった』のではなく『持ち去られて戻された』ということは…っ」
「え…っ」
ぎょっとしたように固まる男二人をよそに、ベルトを手にした瞬間、指先から走り上がった鮮烈な黄色のイメージにあやうくベルトを手放しそうになった。
「持ち去られた?」
有沢が繰り返した。
「伊吹さん、あなたは太田さん以外にあそこに『羽鳥』への内通者が居たというんですか」
「ちょっとちょっと、やめましょうよ」
檜垣が慌てて割り込む。
「そういうこと言い出したら味方なんていなくなっちまう」
何だろう、これは。
美並はベルトをしっかり握って目を閉じる。
稲妻のように閃く黄色。こんなものは見たことがない。
「伊吹さん、太田さんはひょっとしたら、裏切ってたんじゃなくて、あ、でも、姫野さんに俺を引き戻す工作は依頼してるから」
「だからさ、いいかげんこの女の言うことに振り回されんのは」
「……驚愕、だ」
「は?」
「驚きですよ」
美並は目を開けた。
「太田さん、凄く驚いたんです、きっと」
「驚いた?」
有沢が顔を歪めた。
「私が『羽鳥』を含んだ数人を追いかけようとしたからでしょう?」
「たぶん、違います」
ベルトのぺたんとした薄っぺらい感触は視界を埋め尽くすような黄色の閃光で満たされている。
「なぜここに」
「え」
「なぜここに……いや……なぜあいつが、そんな感じです」
そうだ、そういう種類の驚愕だ、と美並は確認した。
太田はなぜここに、あいつが、そう衝撃を受けている。それがこれには刻まれている。
それはひょっとすると、この後に絶命してしまったから、それ以上の感情を重ねることができなかったからかもしれない。
人が手にする物には、ひょっとすると、それを手放す瞬間の一番強い感情や想いが刻まれるのかもしれない。
美並は突然そう思った。
「……確かに」
有沢が暗い声になった。
「太田さんはそう言いましたよ、そう言って………そう、言って……?」
ふいにまた有沢が考え込む。
「なぜ、そんなことを言ったんだろう……?」
あの時、俺は『飯島』には気づいていなかった。
「俺は事件に納得できていなくて、『飯島』を追ってはいたけれど、あの時『飯島』を先に見つけたのは太田さんだったんだ……」
もし、太田さんが奴らに内通していて、俺の追跡を阻むつもりだったのなら、わざわざあそこで飯島の存在を知らせる必要なんかなかったはずですよね?
「有沢さん、太田さんを庇いたいのはわかるんすけど」
檜垣が頭を掻きながら唸る。
「太田さんが姫野に細工させたのは確かなんでしょ? 警察に『羽鳥』がらみの内通者が居て、それで俺達はいいように振り回された、それも確かだ。太田さんがその内通者だったかもしれなくて、そこでモメたか何かして太田さんは『羽鳥』のヤツらに殺された、そういうことじゃなかったんすか」
つまりは内輪もめってことじゃなかったんすか。
「太田さんが殺されて、内通者は居なくなって、それで『羽鳥』も動きを潜めた。幸い、そっちは被害額もたいしたことない、コロシやブッコミで挙げるほども動けねえ、もうそれでいいじゃないすか。それが納得できねえってんなら、真崎大輔を締めて、そっちでワルいヤツをふん捕まえとく、そういう納得もアリでしょ?」
「…待って…待ってくれ」
有沢が何かを思い出そうとするように頭を抱える。
「あの時、俺はどうしてあいつらに気づかなかったんだ? なぜ太田さんはあいつらに気づいたんだ?」
ゲームセンターで、賑やかで騒がしくて、行き交う人も多かった、グループで流れていたのは何人も居た。
「太田さんはなぜ、あいつらに気づいた…?」
檜垣が溜め息まじりに呟く。
「覚悟があったとか。勘のいい人だったんでしょ?」
「覚悟?」
有沢が訝しげに檜垣を振り向く。
「何の覚悟だ?」
不満そうに続けた。
「あの日、俺達はたまたま『飯島』達を見つけたんだぞ?」
第一、『飯島』を追っていたのは俺だけで、太田さんは引きずられる形だった。
「だからそれは」
言いたかないけど、太田さんが誰かと通じてた、会う約束だったってことじゃないんすか。
檜垣が解説する。
有沢が不愉快そうな顔で応じた。
「太田さんが警察を裏切ってて、誰かと、例えば、あそこに居た『羽鳥』と会う約束があった、としても」
なぜ、ライターはともかく、ひろみちゃんの記事まで置いていかなくちゃならない?
「えーとだからそれは、その、ほら、犯罪の加害者側に立つようなことを自分がするから罪悪感でとか」
檜垣がしどろもどろになって有沢の突っ込みに口ごもる。
「もう一つの可能性は」
美並は上着を置いて、蛇革のベルトを手に取った。本物ではなく、合成皮革系のしかもビニールじみた安っぽくてぺらぺらしたベルトだ。
「それらが『置いていった』のではなく『持ち去られて戻された』ということは…っ」
「え…っ」
ぎょっとしたように固まる男二人をよそに、ベルトを手にした瞬間、指先から走り上がった鮮烈な黄色のイメージにあやうくベルトを手放しそうになった。
「持ち去られた?」
有沢が繰り返した。
「伊吹さん、あなたは太田さん以外にあそこに『羽鳥』への内通者が居たというんですか」
「ちょっとちょっと、やめましょうよ」
檜垣が慌てて割り込む。
「そういうこと言い出したら味方なんていなくなっちまう」
何だろう、これは。
美並はベルトをしっかり握って目を閉じる。
稲妻のように閃く黄色。こんなものは見たことがない。
「伊吹さん、太田さんはひょっとしたら、裏切ってたんじゃなくて、あ、でも、姫野さんに俺を引き戻す工作は依頼してるから」
「だからさ、いいかげんこの女の言うことに振り回されんのは」
「……驚愕、だ」
「は?」
「驚きですよ」
美並は目を開けた。
「太田さん、凄く驚いたんです、きっと」
「驚いた?」
有沢が顔を歪めた。
「私が『羽鳥』を含んだ数人を追いかけようとしたからでしょう?」
「たぶん、違います」
ベルトのぺたんとした薄っぺらい感触は視界を埋め尽くすような黄色の閃光で満たされている。
「なぜここに」
「え」
「なぜここに……いや……なぜあいつが、そんな感じです」
そうだ、そういう種類の驚愕だ、と美並は確認した。
太田はなぜここに、あいつが、そう衝撃を受けている。それがこれには刻まれている。
それはひょっとすると、この後に絶命してしまったから、それ以上の感情を重ねることができなかったからかもしれない。
人が手にする物には、ひょっとすると、それを手放す瞬間の一番強い感情や想いが刻まれるのかもしれない。
美並は突然そう思った。
「……確かに」
有沢が暗い声になった。
「太田さんはそう言いましたよ、そう言って………そう、言って……?」
ふいにまた有沢が考え込む。
「なぜ、そんなことを言ったんだろう……?」
あの時、俺は『飯島』には気づいていなかった。
「俺は事件に納得できていなくて、『飯島』を追ってはいたけれど、あの時『飯島』を先に見つけたのは太田さんだったんだ……」
もし、太田さんが奴らに内通していて、俺の追跡を阻むつもりだったのなら、わざわざあそこで飯島の存在を知らせる必要なんかなかったはずですよね?
「有沢さん、太田さんを庇いたいのはわかるんすけど」
檜垣が頭を掻きながら唸る。
「太田さんが姫野に細工させたのは確かなんでしょ? 警察に『羽鳥』がらみの内通者が居て、それで俺達はいいように振り回された、それも確かだ。太田さんがその内通者だったかもしれなくて、そこでモメたか何かして太田さんは『羽鳥』のヤツらに殺された、そういうことじゃなかったんすか」
つまりは内輪もめってことじゃなかったんすか。
「太田さんが殺されて、内通者は居なくなって、それで『羽鳥』も動きを潜めた。幸い、そっちは被害額もたいしたことない、コロシやブッコミで挙げるほども動けねえ、もうそれでいいじゃないすか。それが納得できねえってんなら、真崎大輔を締めて、そっちでワルいヤツをふん捕まえとく、そういう納得もアリでしょ?」
「…待って…待ってくれ」
有沢が何かを思い出そうとするように頭を抱える。
「あの時、俺はどうしてあいつらに気づかなかったんだ? なぜ太田さんはあいつらに気づいたんだ?」
ゲームセンターで、賑やかで騒がしくて、行き交う人も多かった、グループで流れていたのは何人も居た。
「太田さんはなぜ、あいつらに気づいた…?」
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