『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

5.三人と四人(4)

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「さすがに当日身につけてたものはベルトだけ、ですが」
 上着とライターは形見分けで私がもらいました。
 有沢のことばに机に広げられたそれらを眺める。
 人間ではなくて、物からイメージや気配を読み取っていくのは初めてのことだし、どこまでできるかわからないが、この後『現場』まで連れていかれることになるとしたら、できるだけ読み取っておくしか方法はない。
 始めに手に取ったのはライターだった。
 銀色の、ジッポーと呼ばれる類のもの、手にとると意外にずっしりして、丁寧に使われていたのだろう、擦り傷はあるものの表面の光沢はまだ残っている。蓋を開くと高く澄んだ音がした。かちりと閉じる音もはっきりしている。
「これは…常に?」
「いや、気に入っていると見せてくれた時はありますが、それほど使ってるところは見てませんね」
「音が高いですね」
 きっと上等なものなんでしょう。
 呟きつつ、美並はもう一度蓋を開け閉めする。確かにこれは張り込みなどで使うには音が響きすぎる気もする。他の二品を見て、もう一度それを見直すと、どうも値段的にもレベルが違う気がした。
 握り込みつつ、イメージを確認する。茫洋とした空白な感覚。何色も感じない。まるで単なる器のようだ。誰も所持していない、所持することが許されていない、個別認識のできない感覚。
「何かわかりますか?」
「いえ」
 首を振って机に戻した。
 次に美並が取り上げたのは上着だ。普通の男性用にしてはやや小さめ、袖や襟がすり切れかけている。生地は合ものからやや厚手、背中から腰がかなり薄くなっているが、肘はそれほどでもない。
「太田さんの定番服で」
 有沢が懐かしそうに呟いた。
「下に柄シャツ着たり、丸首シャツ着たり」
 かっこいい人ではなかったなあ。
 優しい声に頷きながら、ゆっくりあちこち触れていく。胸の内ポケットの裏地側が妙にくたびれて伸びている。ここに何かをずっといれていたという感じだ。警察手帳とか、携帯とか? それにしてはやや小さい膨らみ、そう考えてジッポーに目がいった。
「ここにライター、入れておられました?」
「……ああ、そういえば、そうですね」
 有沢が頷いた。
「それほどヘビースモーカーではなかったけれど、いつも持ってたな」
「煙草の銘柄は?」
「…?」
 有沢は一瞬戸惑った顔で首を傾げ、
「いや……特になかった、ような。私の煙草も吸ったし」
 喫煙者というより、気分を締めるために一服あればいいという感じでした。
「なのに、このライターは持っておられた?」
 普段あまり使わないのに、仕事着に入れて?
「………そういえば、ライターも」
 人のを借りるときが多かった。
「だから、あまりこのライターは見てないんですよ…」
 有沢が考え込んだ。
「いやでも、私がこのライターを見せてもらったときは、この上着から出してくれたから」
 慣れた仕草で、当たり前のように。
「……妙ですね…」
「大事にしてたからじゃないっすか」
 檜垣がうっとうしそうな声音で口を挟んだ。
「持っときたいけど、使いたくねえってもんもあるでしょう」
「でも、あの時は」
 有沢がふいにぼんやりとした目になった。
「上着には、入ってなかった」
「刺された時ですか?」
「ええ……病院で衣類を脱がせて、持ち物全てチェックして」
 有沢が不安そうに唸る。
「なぜ…気づかなかったんだろう?」
「なぜ、その時は持ってなかったんでしょう?」
「そういうときもあるんじゃないですか」
 檜垣がうんざりした声になる。
「明けても暮れても肌身離さず持ってるもんなんて、そうそうありませんって」
「肌身離さず……」
 有沢がまた眉をしかめる。
「…そういえば……ひろみちゃんの写真がなかったな」
「ひろみちゃんの写真?」
「……昔、ずっと昔ですが、太田さんが関わった事件の被害者でひろみという女の子がいたらしいんです」
 誘拐事件、当時5歳の女の子は情報が錯綜し、警察と犯人と家族の連絡のずれから取引が成立せず、少女はついに戻らなかった。
「噂ですが、太田さんがへまをやった、そういう話もありました」
 報道された少女の記事を切り抜いて、太田はずっと持ち歩いていた。
「でも、あの日に着ていた上着にそれがなくて」
 気にはなったけれど、結局自宅からライターと一緒にタンスの引き出しから見つかったから忘れていた、ああそうだったのかと、見つかったことだけに安堵して。
「そうか……そうだったな」
 忘れていた。
 有沢が訝しそうに驚いたように呟いた。
「ああわかったと安心したから、か…?」
 な強く眉を寄せる。
「あの日に限って、二つとも持ち歩いていなかった…?」
 なぜ?
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