『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

5.三人と四人(2)

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「だから私に近づいた? 私の近くに居る人なんですか?」
「へえ…」
 壁際からぎしりとパイプ椅子の鳴る音と同時に檜垣が身を乗り出した。
「あんた、オカルト巫女だけってわけじゃねえんだ?」
「誰です?」
 美並は檜垣のちゃちゃを無視した。むっとしたように唇を尖らせる気配にも振り向かず、有沢を凝視する。
「……ずいぶん昔の映像で、今も言ったように画像もうまくごまかされている」
 有沢は溜め息をついた。
「けれど押収したメディアの半分以上、同じ人間が映っている。若い頃は跳ね回っていたが、今は普通の生活を送っている大人しい人物なら見つからなかったでしょう。けれど、この人物は野心的で、しかも今はそれなりの地位を得ていて、顔も知られてきている。皮肉なものです、出世し、目立ってきたからこそ、見つかった」
「………誰ですか?」
 美並は目を細めた。
 有沢の心にゆっくりと意識を伸ばす。
 そこに見えてくる青黒く濁った印象には覚えがある。
「あなたが名前を口にしないのは……名誉毀損を恐れてですか?」
「……難しい問題になります」
 まだ関係性がわかったわけじゃない。
「彼には結構な後ろ盾があって、しかもその後ろ盾ともども、今この市の大きなイベントに関わっている最中だ」
 追い詰めることは彼だけではなく、この市の評価、市長の進退にまで関わってくる。
「……なるほど」
 そういうことか。
 美並は今初めて有沢がこれほど焦って事を進めていること、それが黙認されている理由を理解した。
 余命のことも太田のこともある、だが、そんな温情で組織は動かない。
 今、有沢があり得ないほどの動きの自由さを保障されているのは、彼が追い詰めているものが単なる犯罪であるだけでなく、この市の行政を揺るがすものだからだ。どう見たって綺麗な解決が望めないそれを、誰がどう始末するか、動き出したのはそちらが先で、有沢に白羽の矢が立ったのは、有沢の手荒さと太田へのこだわり、同時に「使い捨てることのできる駒」だったからだ。
「『ニット・キャンパス』は実は他の市からも注目され始めているイベントです」
 有沢は低い声で続けた。
「単にユニークな企画というだけじゃない、そこに加わっている組織の特殊さもあるが、渡来さんの存在が海外で紹介されたことが大きい」
「ハルくん?」
「つい最近ですが、彼が欧州で発表した作品がオークションで新人作品としては異例の高値で競り落とされた。タイトルは『エル・スール』。スペイン語で『南』です」
 何となくモチーフに想像がつく気もしますが、と有沢は微かに笑った。
「その一件がネットで話題になりつつあって、その彼が今回このような小さな市のイベントに参加するということで、内外の注目が集まりつつあるんです」
 美並はぞくりと身を震わせた。
 ああ、ここで。
 とてつもなく大きな仕組みを実感する。
 見えない糸がばらばらに散らばった人と事件を繋ぎあわせていく、このめまいのするような感覚。
 こんなところで噛み合ってくるなんて。
 この動きが見え出したとき、それはもう誰にも止められない。
 復讐するは我にあり。
 昔の小説のタイトルでもある、しかし有名なのはこれが聖書の一文であることだ。
 その意味は往々にして取り違えられる。復讐するのは自分の手で行うべき、そう解釈する者も多い。
 だがこのことばの本当の意味は、自分に悪を為す者に対してこそ誠実であれ、という苛烈な教えだ。それは相手への思いやりでもなく、自分への戒めでもない。
 裁きは天が行うので、汝らは手出しすることなく、悪意に対して善意で応えることで、相手の罪になお重さを加えよ。一番厳しい解釈ではそういう意味になる。
 人間の行う裁きより天の行う裁きの方が容赦がないのは当然の含み、そこにどんな哀れみが残っているだろう。
 だからこそ人は宗教や道徳で警告するのだ、全ての結果が自分に還る、甘く見てはいけない、何があっても、と。
 そうだ、美並は知っている、その逃れようのない峻烈さを。
 美並の震えを有沢は恐怖と解釈したらしい、少し視線を和らげ、頷いた。
「『ニット・キャンパス』は市としても成功させたい。一時のような発展が望めず足踏みしている状況を打破するのに、もってこいの話題性をもったイベントだ。渡来さんの作り上げたタイル作品を有料公開しようという案まで飛び出しているほど、議会は注目しています。なのに、そのイベントに、どう考えてもまずい人間が参加している。もし話題になったことでへたに情報を探られでもしたら、市としても警察としても手落ちの指摘はまぬがれない。今まで何をしていたんだ、そういうことになる」
「けれど、今のままでは手を出せねえんですよ、後ろに居るのが『ニット・キャンパス』を仕切ってるだけじゃなくて、結構な金を引き出す財布がわりにしてる相手なんで」
 檜垣が唸った。
 つまり、重要な事件というのは、合コン系のそちら側の対処で、美並の関わった孝の一件はその末端だったということか。
「後ろには手を出せない、だから切り離せる手立てが欲しい、そういうことですか?」
「そうです」
 有沢が不安そうに唇に触れた。煙草が欲しい、そういう顔で、けれど諦めたように自嘲する。
「私達は探している、真崎大輔を葬る手立てを」
 あなたはそれを見つけてくれますか。
 有沢の声に美並は一瞬目を閉じた。
 『ハイウィンド・リール』で手に入れた画像と音声が脳裏を過った。
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