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第4章
4.プシュカ(4)
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そして、朝。
「ん、まだ繋がってる」
美並は携帯を充電器から外して確かめ、急いで身支度をした。
まだまだ時間は早かったけれど、とりあえず携帯を切りたくなかったから、繋いだまま駅まで歩いてタクシーを拾い、真崎のマンションに向かう。
夕べ一晩中携帯は切られなかった。
ベッドの枕元に置いて、うとうとはしたけれど、眠りに落ちようとすると切なそうに美並を呼ぶ真崎の声に、聞こえていないとわかっていても応じたくて、結局あまり眠れなかった。
寝言で一晩中求めてくれた相手に、誰よりも早くおはようが言いたい。一緒に寄り添って眠れなくても、同じ気持ちで居たのだとは知らせたい。
ついついそんな気持ちに急かされて、マンション前でタクシーを降り、眠そうな顔の管理人を見たとたんに少し頭が冷える。
「……6時前か」
どれだけ焦ってるんだ、私は。
ちょっと苦笑いしたとたん、
『美並…?』
「っ」
明け方からはもうずっと寝息しか聞こえてこなかった携帯から、真崎の眠たげな声が響いて慌てて持ち直した。
「京介?」
返事はない。
空耳だったのだろうか。
「末期だ…」
幻聴は嬉しくない。
さすがにうんざりして溜め息をつくと、
『まだ6時…』
茫然とした声が聴こえてはっとした。
京介、ともう一度呼んでみると、慌てたように声が応じる。
『み、美並っ』
寝言とは違って一瞬にして華やかなものが混じった声音に思わず顔が熱くなった。
もう、朝っぱらから何を嬉しそうにいそいそと。
ってそれは私か。
管理人が朝の掃除を始めるのだろう、玄関の自動ドアを開けるのに、おはようございます、と頭を下げて通り抜ける。呆れた顔の相手に、そりゃそうだよなと自分で突っ込みつつ、尋ねる。
「眠れた?」
一瞬の間があって、美並は、とはにかんだ声がした。
あ、可愛い。
なおも煽るように、美並は眠れた、と舌足らずの声が続くのに思わずからかいたくなる。
「京介の寝言を聞きながら」
うろたえた真崎に夕べの顛末を話しながら、それでも一つだけ話さなかったことがある。
僕……孝に…なっちゃう?
もう明け方近くに、夢でも見ていたのだろうか、怯えた声が眠気の広がりつつあった耳に響いてどきりとした。
孝になる。
そうか、そんなことを考えていたのか。
初めて真崎が孝の死について執拗に追いかけていた意味が本当にわかった気がした。
同じような境遇、同じように恵子や大輔と関係を持って、まるで映し鏡のようにそっくりな状況の親友は、ホテルのベッドで全裸で殺されている。
自分がそうならないと誰が言えるのだろう。むしろ、真崎もまた、同じような末路をたどる、そう考えるのが自然というものではないか。ましてや、大輔や恵子を今一つ拒み切れない、そういう真崎であればなお。
だからこそ、孝の死の真相が知りたかった。
どこで何を変えればそこへ落ち込まずに済むのか、真崎はずっと模索していたのだ。
ではやはり、有沢から逃げるわけにはいかない。
美並は改めて覚悟を決めた。
孝の死に一番近いのは有沢だ。有沢は今太田の別の顔を知って落ち込み、それ以上近づきたくないと思うかもしれないけれど、有沢が近づかないなら美並が行くしかない。
真崎の生き延びられる道を見つける、それが孝と京介の違いを見つけることだとようやく気づいたなら、近づくしかない、誰も知らない孝のもう一つの姿の側へまっすぐに。
軽く唇を噛む。
それはひょっとしたら、真崎の、あるいは美並自身の知りたくない別の顔を見つけることかもしれないが。
『じゃあ、美並はほとんど寝てないの』
不安そうな真崎に尋ねられて我に返る。
今日休む、と確認され、出勤してしまった、と応じた。それが妙に気恥ずかしくて、ぶっきらぼうな口調になると、真崎が慌てたようにどたばたし始めた。てっきり会社に居るのだろうと思い込んでいる相手に、加えて部屋の前に居ます、そう告げるのはとんでもなく恥ずかしい。は、と聞き返され、もうこれは何か羞恥プレイの一種か、そう思いつつ、ぼそりと応えた。
「部屋の前」
『……会社の?』
勘弁してくれ。
「京介の」
扉を睨みつけながら唸ると、次の瞬間、ばたん、と大きな音をたててドアが開いた。
「美並っ!」
「おはようございます」
ことばを言い終えないうちに抱き締められて唇を重ねられる。あっという間にキスが深くなる、その温かさに今の今まで感じていた情けなさも溶けていこうとした矢先、突き放されてびっくりすると、
「僕っ……歯ブラシ、まだしてなかった」
半泣きになった真崎がひらひらしたシャツを慌ててスラックスの中に入れ、真っ赤になりながら身なりを整える。どうしよう、美並、みっともないよね、でも僕今美並がどうしても欲しくて、そう口の中でもごもごと呟きながら俯く真崎に、思わず吹き出す。
「っ、なにっ」
同じ。こんなふうに必死で切羽詰まって相手を欲しがって、そういう自分に呆れ返って。
「京介?」
「う…」
詰られるのかと不安そうに見下ろす相手の顔を包む、引き寄せる。
今同じものを分け合っている。
同じ愚かさ、同じ情けなさ、同じ弱さと同じ愛しさ。
きっと美並は幸福なのだ。
「んっ…ん」
抵抗しかけた真崎がすぐに蕩けて崩れてくるのを好き放題に貪りながら、目を細めて甘い顔をしている相手を見つめる。
強さはどこで使うのか。
「……いい匂い、しますね」
もちろん、愛しい者を愛するために決まってる。
「みなみ……だめ……」
切ない声で呻く真崎を壁に押し付けた。
「ん、まだ繋がってる」
美並は携帯を充電器から外して確かめ、急いで身支度をした。
まだまだ時間は早かったけれど、とりあえず携帯を切りたくなかったから、繋いだまま駅まで歩いてタクシーを拾い、真崎のマンションに向かう。
夕べ一晩中携帯は切られなかった。
ベッドの枕元に置いて、うとうとはしたけれど、眠りに落ちようとすると切なそうに美並を呼ぶ真崎の声に、聞こえていないとわかっていても応じたくて、結局あまり眠れなかった。
寝言で一晩中求めてくれた相手に、誰よりも早くおはようが言いたい。一緒に寄り添って眠れなくても、同じ気持ちで居たのだとは知らせたい。
ついついそんな気持ちに急かされて、マンション前でタクシーを降り、眠そうな顔の管理人を見たとたんに少し頭が冷える。
「……6時前か」
どれだけ焦ってるんだ、私は。
ちょっと苦笑いしたとたん、
『美並…?』
「っ」
明け方からはもうずっと寝息しか聞こえてこなかった携帯から、真崎の眠たげな声が響いて慌てて持ち直した。
「京介?」
返事はない。
空耳だったのだろうか。
「末期だ…」
幻聴は嬉しくない。
さすがにうんざりして溜め息をつくと、
『まだ6時…』
茫然とした声が聴こえてはっとした。
京介、ともう一度呼んでみると、慌てたように声が応じる。
『み、美並っ』
寝言とは違って一瞬にして華やかなものが混じった声音に思わず顔が熱くなった。
もう、朝っぱらから何を嬉しそうにいそいそと。
ってそれは私か。
管理人が朝の掃除を始めるのだろう、玄関の自動ドアを開けるのに、おはようございます、と頭を下げて通り抜ける。呆れた顔の相手に、そりゃそうだよなと自分で突っ込みつつ、尋ねる。
「眠れた?」
一瞬の間があって、美並は、とはにかんだ声がした。
あ、可愛い。
なおも煽るように、美並は眠れた、と舌足らずの声が続くのに思わずからかいたくなる。
「京介の寝言を聞きながら」
うろたえた真崎に夕べの顛末を話しながら、それでも一つだけ話さなかったことがある。
僕……孝に…なっちゃう?
もう明け方近くに、夢でも見ていたのだろうか、怯えた声が眠気の広がりつつあった耳に響いてどきりとした。
孝になる。
そうか、そんなことを考えていたのか。
初めて真崎が孝の死について執拗に追いかけていた意味が本当にわかった気がした。
同じような境遇、同じように恵子や大輔と関係を持って、まるで映し鏡のようにそっくりな状況の親友は、ホテルのベッドで全裸で殺されている。
自分がそうならないと誰が言えるのだろう。むしろ、真崎もまた、同じような末路をたどる、そう考えるのが自然というものではないか。ましてや、大輔や恵子を今一つ拒み切れない、そういう真崎であればなお。
だからこそ、孝の死の真相が知りたかった。
どこで何を変えればそこへ落ち込まずに済むのか、真崎はずっと模索していたのだ。
ではやはり、有沢から逃げるわけにはいかない。
美並は改めて覚悟を決めた。
孝の死に一番近いのは有沢だ。有沢は今太田の別の顔を知って落ち込み、それ以上近づきたくないと思うかもしれないけれど、有沢が近づかないなら美並が行くしかない。
真崎の生き延びられる道を見つける、それが孝と京介の違いを見つけることだとようやく気づいたなら、近づくしかない、誰も知らない孝のもう一つの姿の側へまっすぐに。
軽く唇を噛む。
それはひょっとしたら、真崎の、あるいは美並自身の知りたくない別の顔を見つけることかもしれないが。
『じゃあ、美並はほとんど寝てないの』
不安そうな真崎に尋ねられて我に返る。
今日休む、と確認され、出勤してしまった、と応じた。それが妙に気恥ずかしくて、ぶっきらぼうな口調になると、真崎が慌てたようにどたばたし始めた。てっきり会社に居るのだろうと思い込んでいる相手に、加えて部屋の前に居ます、そう告げるのはとんでもなく恥ずかしい。は、と聞き返され、もうこれは何か羞恥プレイの一種か、そう思いつつ、ぼそりと応えた。
「部屋の前」
『……会社の?』
勘弁してくれ。
「京介の」
扉を睨みつけながら唸ると、次の瞬間、ばたん、と大きな音をたててドアが開いた。
「美並っ!」
「おはようございます」
ことばを言い終えないうちに抱き締められて唇を重ねられる。あっという間にキスが深くなる、その温かさに今の今まで感じていた情けなさも溶けていこうとした矢先、突き放されてびっくりすると、
「僕っ……歯ブラシ、まだしてなかった」
半泣きになった真崎がひらひらしたシャツを慌ててスラックスの中に入れ、真っ赤になりながら身なりを整える。どうしよう、美並、みっともないよね、でも僕今美並がどうしても欲しくて、そう口の中でもごもごと呟きながら俯く真崎に、思わず吹き出す。
「っ、なにっ」
同じ。こんなふうに必死で切羽詰まって相手を欲しがって、そういう自分に呆れ返って。
「京介?」
「う…」
詰られるのかと不安そうに見下ろす相手の顔を包む、引き寄せる。
今同じものを分け合っている。
同じ愚かさ、同じ情けなさ、同じ弱さと同じ愛しさ。
きっと美並は幸福なのだ。
「んっ…ん」
抵抗しかけた真崎がすぐに蕩けて崩れてくるのを好き放題に貪りながら、目を細めて甘い顔をしている相手を見つめる。
強さはどこで使うのか。
「……いい匂い、しますね」
もちろん、愛しい者を愛するために決まってる。
「みなみ……だめ……」
切ない声で呻く真崎を壁に押し付けた。
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