『闇を闇から』

segakiyui

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第3章

11.刑罰(6)

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 それから数十分後。
「有沢ぁ」
 年嵩のよれよれの背広の男がうっとうしそうに有沢を詰っている。
「こんな餓鬼連れてくんなよ、忙しいのに」
「いや、僕はてっきり」
「てっきりじゃねえよ、肝心な時には居なくなってるし」
 俺がどれだけ上に怒られたか、ちっとは考えろよ、こら。
「すいません、太田さん」
 飯島の入り込んでるコンビニに、最近になってやたらと来るようになったし、飯島と付き合ってて連絡係とかしてるんじゃないかと。
「でなにか、その餓鬼んちょのケツ追っ掛け回してる間にこっちの捕り物のがしたってか」
 やってらんねえ、おら、さっさとそいつ追い返せ。
 美並の目の前で太田と呼ばれた男は言い放って奥へ戻っていく。しょんぼりした有沢がのろのろとこっちを向いて、ぺこりと頭を下げた。
「御迷惑おかけしました」
「強盗、捕まったんですか」
「……ええ、まあ」
 歯切れ悪そうに呟いた有沢が、しばらくして意を決したように美並を連れて外に出る。
「缶コーヒーでよければ奢りますから」
「…から?」
 言葉尻に引っ掛かると、難しい顔をしながら少し離れた場所の自販機でコーヒーを買ってきてくれた。
「他の店で仕掛けたところを捕まったそうです」
 とにかく遅くなったし、お家まで送ります。
 歩き出した有沢はそれでも納得できかねる顔で首を捻っている。
「飯島さんじゃなかったんですね」
「申し訳ないです」
「でも」
「でも」
 二人のことばが重なってお互いに立ち止まる。
「でも?」
「でもって?」
 美並の問いに有沢は眉を寄せて黙る。
 守秘義務というやつね、きっと、そう思いつつ、美並はそっと呟いた。
「お酒、止められた方がいいですよ」
「っ!」
 びくっ、と有沢が顔を上げた。
「はい?」
「肝機能、よくないって検査結果出たんでしょう?」
「あ、の」
 美並の顔をまじまじと見つめ、有沢が曖昧な口調で尋ねる。
「霊能者か何か…新興宗教の教祖さんとかですか」
「ぶっ」
 思わず美並は吹き出した。

「肝機能はあたってます」
 美並の隣でわずかに距離を取りつつ有沢が苦笑した。
「刑事になってからちょっとストレスが増えて」
「はあ」
「それから……『羽鳥』も、あたってます」
「……」
「コンビニ強盗が続いているんだけど、手口が結構ばらばらで」
 有沢は眉を顰めた。
「どうもグループじゃないかって疑いがあるんですが、仕切っているのが『羽鳥』という男だという情報もあって」
「いいんですか」
「え?」
「そんなこと話して」
「新聞には出てますよ」
 おおよその経過とかは。揺さぶりもありましてね。
 有沢がしたたかな顔で笑った。
「もっとも主犯格の名前が見当がついているって話は出てません。それに」
 今回捕まったのを見ると『羽鳥』ネタはガセかもしれないし。
「がせ?」
「ああ、曖昧な情報っていうことです」
「でも」
 曖昧な情報じゃありません。
 美並は俯いた。
「あの人は『羽鳥』って言う名前で別の顔を持ってます」
「……なぜ、それを?」
 仲間ですか。
「もしくは仲間だった、んですか」
「………曇りが見えるんです」
「は?」
「よくないものは、黒く濁って見える」
「……」
 有沢は困った顔で歩き続ける。
「有沢さんの肝臓と同じです」
「………誰も知らないんですよ、親父とかおふくろでも。そんなの僕だって知らなかった」
 有沢がぼそぼそ唸る。
「このままだと肝硬変まっしぐらだよって言われたのが昨日だ」
「……すみません」
「謝ることはない」
 でも、あいつが『羽鳥』だったとしても、今の僕にも君にも何もできないですね。
 厳しい顔で有沢は続けた。
「事件が起きた時、僕と君は彼がちゃんと働いているところを見ていた証人なんだから」
 それに、本当に彼は関係がなかったのかもしれないし。
 そんなことは考えていないのだろう。
「くそっ」
 小さく舌打ちをした有沢はそれから無言で美並を家まで送ってくれ、署に戻って行った。

 蘇った記憶の寒さに美並は体を震わせて我に返った。
 同じコンビニ、同時期なのだろうか、難波孝が勤めていたのは。
 もしそうだとしたら、孝を襲った万引きした男とその仲間というのは、『飯島』、いや『羽鳥』と関係があるということだろうか。
 もしかして、美並と有沢が捕まえ損ねた『羽鳥』が、孝を転落させていった原因の底に居る、としたら。
「美並!」
「っ!」
 呼ばれて目を上げる。
 通りの向こうから真崎がまるで主人を見つけた子犬さながらの嬉しそうな様子で駆け寄ってくる。
「それ、お昼?」
 いそいそとやってきた真崎が美並の手からコンビニの袋を受け取り、中を覗き込む。
 なぜここに、と思うより、まっすぐに近付いてくれた熱にほっとした。
「飲み物ないの?」
「コーヒーは」
 京介が淹れてくれるのが一番おいしいですから。
 自分の声が甘い。
「うん」
 後でうんと熱くておいしいのをいれてあげる。
 真崎が妙に薄赤くなりながら耳元にキスしてきて、思わずこら、と小声で叱った。
 
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