『闇を闇から』番外編

segakiyui

文字の大きさ
上 下
39 / 48

『その男』(12)

しおりを挟む
「ああ……もうやんなっちゃう」
 会社の入り口で栗色の髪を揺らした後ろ姿が空を見上げて地団駄を踏んでいる。
「どうして今日降るかなあ」
「どうしたの?」
「あ…っ」
 さりげなく近寄って声をかけてみると、相手はぎくりとした顔で振り返った。
「困りごとかい?」
「あ、いえ、その」
 経理の阿倍野淳子はこの間正式採用されたばかりだ。もっともそれまで高卒から2年、アルバイトとして入っていたから全くの新人でもない。
「急に雨が降ってきて」
 りほが保育園で熱を出したって連絡があったんです。
「りほちゃん?」
「昔っから弱くてぇ」
 阿倍野がちらっと甘えた目になる。
「不安になると熱を出すんですけどぉ」
「何か心配事があるのかな」
 微笑むと、阿倍野は視線を揺らせた。
「パパがまたバイト辞めちゃって」
「ああ…」
 阿倍野は同級生の男とできちゃった婚で家庭を持っている。経理に移動して2年、結果的にそこに居着いて、そのあたりの事情はかなり呑み込んできた、阿倍野が課長の緑川とそれなりの関係を持っていることも。
 できちゃった婚の『パパ』は阿倍野と同年齢、男としては遊びたい盛りだ。打ち込める仕事も見つからないままに持ってしまった家庭は重荷になる一方で、家に帰ってこないことも増えたと聞いた。
 お互いに予定外だった妊娠は、淳子にとっては意外に良かったらしく、一人娘のりほを可愛がっていて、最近は緑川とも疎遠になり、ついでに頼りがいも資本力もない『パパ』もあっさり眼中になくなってしまったらしい。
 そのターゲットがどこへ向かってきているかと言えば。
「大変だね、いろいろと」
「はい」
 しおらしく項垂れてみせる瞳が何を浮かべているのか、十分わかっている。
「はい、傘」
 にっこり笑って差し出すと、男物の折りたたみを嬉しそうに受け取った。
「すみません、いつも」
 あれこれ気遣ってもらって。
「うんと大人だなあって感じます」
「7歳も違えば、多少はね。彼と比較しちゃ駄目だよ、可哀想だし」
 阿倍野がほ、と小さく溜め息をついた。
「早まっちゃったなあって……いろいろと」
 別れちゃおうかなあ。
 子どもの迎えはどうなったんだと突っ込みたいところだが、見上げた相手の視線の先に誰が映っているのかは想像がつく。存在希薄の幼い夫ではなく、きっと。
「いろいろ、あるでしょう?」
 そっと囁くとびくりと体を揺らせて振り向いた。
「仕事がらみもあるからね」
「……あの」
 まさか知ってるんですか、とそこはさすがに応じなかったが、うろたえた顔をして傘を広げ始めた。
「大丈夫だから。話さないよ」
 素知らぬ顔で並んで空を見上げてみせる。
「誰だっていろんなことがあるものだし」
「……最初は、そんなつもりじゃなくて」
「うん」
「りほに少しいい服を買ってやれればなあって」
「うん」
「……でも」
 ぱんっ、と阿倍野は傘を広げた。
「もういい加減にしなくちゃいけませんね」
 広げた傘で顔は見えない。
「そうだね」
 ちゃんと話せばわかってくれるんじゃないかな。
「子どもも大きくなってくるし、とか」
「そう、ですよね」
「うん」
 おかしな話してすみません、と阿倍野は慌てたように雨の中へ出て、少しためらった。
「あの」
「うん?」
「私、頑張りますから」
 これからも一緒にお仕事させて頂けたら嬉しいです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】お父さんとエッチした日

ねんごろ
恋愛
「お、おい……」 「あっ、お、お父さん……」  私は深夜にディルドを使ってオナニーしているところを、お父さんに見られてしまう。  それから私はお父さんと秘密のエッチをしてしまうのだった。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

とりあえず、後ろから

ZigZag
恋愛
ほぼ、アレの描写しかないアダルト小説です。お察しください。

【R18】私はお父さんの性処理係

神通百力
恋愛
麗華は寝ていたが、誰かが乳房を揉んでいることに気付き、ゆっくりと目を開けた。父親が鼻息を荒くし、麗華の乳房を揉んでいた。父親は麗華が起きたことに気付くと、ズボンとパンティーを脱がし、オマンコを広げるように命令した。稲凪七衣名義でノクターンノベルズにも投稿しています。

処理中です...