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10.ドリーム・ウォーカー(3)
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「なんでだ」
僕は再び悲しくなった。
涙がこぼれてくる。次々と、次々と、とめようもなく。
まるで一番大切なおもちゃを無理やり取り上げられた子どもみたいに。
何で春日は、僕に手をさしのべたりひっこめたりするんだ?
そう尋ねたかった。けれど、実はその問いかけを別な意味に取った。
「春日とは小学校のときに知り合ったんだよ」
穏やかな声だった。
「朗にいじめられ始めたときは気がつかなかったけど、いつも、いるんだ」
「え?」
「ボクが朗にやられるとき」
実は僕の視線に小さく笑った。
「朗って、要領いいじゃないか? 大人がいると絶対やらないし、ばれそうなときもやらない。目立つところに傷もつくらない。先生が来そうなところじゃ見張り連れててさ、いなくなるとやってくる。そのとき、いつも、春日がいるんだ」
僕が無言で問いかけたのに、実は首を振って見せた。
「違う、偶然じゃない。通りかかった、と言う顔してたけど。でも、止めてくれない。恨んだよ、先生呼んできてくれればいいのにって。でもさ、別の奴が先生に言いつけたとき、わかった。それされるとさ、もっと朗の奴、手の込んだいじめ方考え出すだけなんだ。見つかっても怒られても、あいつの心の中には『いじめる』ってのが最重要事項でさ、そのためなら何でもやるんだ」
朗の白くて表情のない顔を僕は思い出した。
「何があいつの心の中にあるのか、春日はわかってたみたいな気がする」
実は続けた。
「一回も外れなかった。春日は必ずいじめが始まると現れて、じっと見ている。それから、朗達がどんなに脅してもそこにいる。朗は春日が手出しもチクリもしないってわかってからは、あいつを無視してやってたよ。けど、春日、見てるんだよ、ずっと。まるで、ビデオ回してるみたいな目で」
ほ、とため息をついて、考え込む。
「よくわかんない奴だよな。いじめが始まって、朗達が居なくなって、ボクがちぎれたノートや鞄拾い上げて帰り出すまで、そこに居るんだ、いつも。で、こっから先がうまく言えないんだけど、そうされるとさ、なんだか朗が怯えてるみたいに見えてきたんだ。どんなに遅くても、どんな変な所でも、まるで聞いてたみたいに春日が来るからね。一緒に殴られたりしても、僕が片付けて立ち上がって歩きだすと、春日も知らん顔して消えて行くんだ。なんであんなことしたのか、今もわからない。けどさ」
実はあいまいな笑みを消した。
「居るってのは結構すごいことだとわかった。だから、いじめられてる奴を見たら、ここに居るって叫んでんのかもしれないな、ボク」
そうか、実も春日が支えたんだ。
僕は瞬きした。
けれど、春日は僕を助けてくれない。こんなにズタズタになっているのに。
重い重い絶望感に溺れていってしまいそうだ。
こんこん。
ドアを柔らかなノックが鳴らした。
「和樹、大丈夫?」
母さんの声。それに反応して、反射的に上がって来たものに必死に僕は耐えた。
ドアが半開きになって、道斗さんが顔を出した。入るとすぐに実に向かって一言、
「すまんね」
「いいよ、春日には世話になったから。じゃ、な、和樹」
入れ変わるように実が部屋を抜け出て行く。
続いて入ろうとした母さんを、道斗さんは優しくきっぱりと追い出した。実の座って居た椅子に腰掛け、僕の脈を取り、聴診器で胸に音を聞き、あちこちに軽く手を触れ、うなずいた。
「大丈夫じゃろ、もう?」
「春日はこないんですか」
そんなことを尋ねるつもりはなかったものに、僕の口は勝手に動いた。
「伊織は…」
道斗さんは少しためらってから、
「後悔しとるよ」
「後悔?」
僕は眉をしかめた。
ちらっと僕を見た相手が丁寧にことばを選んでいる気配があった。
「君に近づきすぎた、と言っておる」
「近づく?」
くくっと思わず笑ってしまった。
「春日は僕に近づいてなんかいやしない」
僕は再び悲しくなった。
涙がこぼれてくる。次々と、次々と、とめようもなく。
まるで一番大切なおもちゃを無理やり取り上げられた子どもみたいに。
何で春日は、僕に手をさしのべたりひっこめたりするんだ?
そう尋ねたかった。けれど、実はその問いかけを別な意味に取った。
「春日とは小学校のときに知り合ったんだよ」
穏やかな声だった。
「朗にいじめられ始めたときは気がつかなかったけど、いつも、いるんだ」
「え?」
「ボクが朗にやられるとき」
実は僕の視線に小さく笑った。
「朗って、要領いいじゃないか? 大人がいると絶対やらないし、ばれそうなときもやらない。目立つところに傷もつくらない。先生が来そうなところじゃ見張り連れててさ、いなくなるとやってくる。そのとき、いつも、春日がいるんだ」
僕が無言で問いかけたのに、実は首を振って見せた。
「違う、偶然じゃない。通りかかった、と言う顔してたけど。でも、止めてくれない。恨んだよ、先生呼んできてくれればいいのにって。でもさ、別の奴が先生に言いつけたとき、わかった。それされるとさ、もっと朗の奴、手の込んだいじめ方考え出すだけなんだ。見つかっても怒られても、あいつの心の中には『いじめる』ってのが最重要事項でさ、そのためなら何でもやるんだ」
朗の白くて表情のない顔を僕は思い出した。
「何があいつの心の中にあるのか、春日はわかってたみたいな気がする」
実は続けた。
「一回も外れなかった。春日は必ずいじめが始まると現れて、じっと見ている。それから、朗達がどんなに脅してもそこにいる。朗は春日が手出しもチクリもしないってわかってからは、あいつを無視してやってたよ。けど、春日、見てるんだよ、ずっと。まるで、ビデオ回してるみたいな目で」
ほ、とため息をついて、考え込む。
「よくわかんない奴だよな。いじめが始まって、朗達が居なくなって、ボクがちぎれたノートや鞄拾い上げて帰り出すまで、そこに居るんだ、いつも。で、こっから先がうまく言えないんだけど、そうされるとさ、なんだか朗が怯えてるみたいに見えてきたんだ。どんなに遅くても、どんな変な所でも、まるで聞いてたみたいに春日が来るからね。一緒に殴られたりしても、僕が片付けて立ち上がって歩きだすと、春日も知らん顔して消えて行くんだ。なんであんなことしたのか、今もわからない。けどさ」
実はあいまいな笑みを消した。
「居るってのは結構すごいことだとわかった。だから、いじめられてる奴を見たら、ここに居るって叫んでんのかもしれないな、ボク」
そうか、実も春日が支えたんだ。
僕は瞬きした。
けれど、春日は僕を助けてくれない。こんなにズタズタになっているのに。
重い重い絶望感に溺れていってしまいそうだ。
こんこん。
ドアを柔らかなノックが鳴らした。
「和樹、大丈夫?」
母さんの声。それに反応して、反射的に上がって来たものに必死に僕は耐えた。
ドアが半開きになって、道斗さんが顔を出した。入るとすぐに実に向かって一言、
「すまんね」
「いいよ、春日には世話になったから。じゃ、な、和樹」
入れ変わるように実が部屋を抜け出て行く。
続いて入ろうとした母さんを、道斗さんは優しくきっぱりと追い出した。実の座って居た椅子に腰掛け、僕の脈を取り、聴診器で胸に音を聞き、あちこちに軽く手を触れ、うなずいた。
「大丈夫じゃろ、もう?」
「春日はこないんですか」
そんなことを尋ねるつもりはなかったものに、僕の口は勝手に動いた。
「伊織は…」
道斗さんは少しためらってから、
「後悔しとるよ」
「後悔?」
僕は眉をしかめた。
ちらっと僕を見た相手が丁寧にことばを選んでいる気配があった。
「君に近づきすぎた、と言っておる」
「近づく?」
くくっと思わず笑ってしまった。
「春日は僕に近づいてなんかいやしない」
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