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焦点のぼやけた目で、かほ子はのろのろと顔を上げた。何もない、前方の空間を凝視する、そのかほ子の耳に注ぐように、ゆかりが続けた。
「痛いって。殺されるって。りんごだけじゃない、レタスもきゅうりもトマトも人参も……お肉もお魚も…悲鳴上げるんだよね?」
「……どうして……」
かほ子は微かに首を振った。口から漏れた肯定とは反対に、しだいに激しく首を振る。
「どうして……知ってるの? …どうして……知ってるのに……そうやって……殺しちゃうの……平気なの……?」
「……そうやって……生きて…きたものね…」
深い、深いため息をついて、ゆかりは応じた。
「そうやって……生きてきたの、あたし達は……。赤ちゃんの……ころからね……命を食べて……生きてきたの」
哀しいような優しいような声音だった。側に居る望美も田賀も、井田や岩崎やかほ子の両親すら入り込まない、傷みを抱えた声音だった。
そろそろと自分を振り向き、見つめてくるかほ子の目にも視線を相手から寸時も逸らさず、ゆかりは続けた。
「…知ってる? 赤ちゃん、ってね、一番はじめは、お乳、飲んでるでしょ? あれから、普通の食べ物を食べるようになるの、自然に食べられるようになるわけじゃないの。お乳から、固形のものが食べられるようになるように、親が訓練するの。始めは野菜スープだけ。一日にスプーン一さじから始めて、ほんの少しづつ、じゃがいもや人参なんかの磨りつぶしたものを、ほんの一さじから食べさせて……そうやって、やっと赤ちゃんはものが食べられるようになるの」
「だから……だから」
かほ子は体を震わせた。
「…そんなときから……命を殺してきたんだわ……殺して食べてきたんだ……誰も産んでくれなんて……頼まなかった……産まれても…お乳なんか飲まさずに……殺してくれればよかった……スープや…じゃがいもなんか…食べさせずに……放っておいてくれればよかったの……そうしたら……今になって……こんなこと悩まなくてもよかった…そうよ…」
かほ子は弱々しく反論した。反論したことで力を取り戻したように、
「いまさら……命を殺して食べても…嫌われてるのに……お母さんだって、あたしがいなけりゃいいって言ったのに…」
カーテンの陰に居た母親が、岩崎の制止を振り切って飛び出した。懇願するように、かほ子を見る。
「そんな、かほ子……!」
「言ったじゃない! あの夜!」
突然現れた母親をいぶかしむほどかほ子に余裕はなかったようだ。泣き出しそうな顔で、
「あたしがいなけりゃ、パートに出られた、今ごろ、ローンに苦しまずに済んだのに、って…!」
「あ……あなた……あのとき…」
母親が体を強ばらせてうめくように言った。
「起きてたの…」
「お母さんだけじゃない、お父さんも言った!」
一度切れたかほ子の堰は何もとどめなくなった。
「お兄ちゃんは手がかからない、でも、かほ子はどうしようもないって! もう少し頭がいい子を産んどけばよかったんだって。学費が助かったのに、って!」
「かほ子……」
父親も絶句する。
二人とも自分達が抱えていた問題が改めて突き付けられて、それがあまりにも思いがけないところからの糾弾だったのに、ことばをなくしている。
かほ子はなおも叫び続けた。
「ディスコに誘われたから行ったのに、みんな、あたしが来るとは思わなかったって言うんだ。冗談だったのに、って。お父さんが言ったのも冗談? お母さんは? 冗談じゃない、冗談なんかじゃない! あたしが居て困るなら、どうして誘ったの! どうして産んだの! どうして、いまさらそんなこと言うのよ! 誘わなきゃいいじゃない! 産まなきゃいいない! 育てなきゃいいじゃないの! あたしがご飯食べなくても、放っておけばいいじゃないか!」
「痛いって。殺されるって。りんごだけじゃない、レタスもきゅうりもトマトも人参も……お肉もお魚も…悲鳴上げるんだよね?」
「……どうして……」
かほ子は微かに首を振った。口から漏れた肯定とは反対に、しだいに激しく首を振る。
「どうして……知ってるの? …どうして……知ってるのに……そうやって……殺しちゃうの……平気なの……?」
「……そうやって……生きて…きたものね…」
深い、深いため息をついて、ゆかりは応じた。
「そうやって……生きてきたの、あたし達は……。赤ちゃんの……ころからね……命を食べて……生きてきたの」
哀しいような優しいような声音だった。側に居る望美も田賀も、井田や岩崎やかほ子の両親すら入り込まない、傷みを抱えた声音だった。
そろそろと自分を振り向き、見つめてくるかほ子の目にも視線を相手から寸時も逸らさず、ゆかりは続けた。
「…知ってる? 赤ちゃん、ってね、一番はじめは、お乳、飲んでるでしょ? あれから、普通の食べ物を食べるようになるの、自然に食べられるようになるわけじゃないの。お乳から、固形のものが食べられるようになるように、親が訓練するの。始めは野菜スープだけ。一日にスプーン一さじから始めて、ほんの少しづつ、じゃがいもや人参なんかの磨りつぶしたものを、ほんの一さじから食べさせて……そうやって、やっと赤ちゃんはものが食べられるようになるの」
「だから……だから」
かほ子は体を震わせた。
「…そんなときから……命を殺してきたんだわ……殺して食べてきたんだ……誰も産んでくれなんて……頼まなかった……産まれても…お乳なんか飲まさずに……殺してくれればよかった……スープや…じゃがいもなんか…食べさせずに……放っておいてくれればよかったの……そうしたら……今になって……こんなこと悩まなくてもよかった…そうよ…」
かほ子は弱々しく反論した。反論したことで力を取り戻したように、
「いまさら……命を殺して食べても…嫌われてるのに……お母さんだって、あたしがいなけりゃいいって言ったのに…」
カーテンの陰に居た母親が、岩崎の制止を振り切って飛び出した。懇願するように、かほ子を見る。
「そんな、かほ子……!」
「言ったじゃない! あの夜!」
突然現れた母親をいぶかしむほどかほ子に余裕はなかったようだ。泣き出しそうな顔で、
「あたしがいなけりゃ、パートに出られた、今ごろ、ローンに苦しまずに済んだのに、って…!」
「あ……あなた……あのとき…」
母親が体を強ばらせてうめくように言った。
「起きてたの…」
「お母さんだけじゃない、お父さんも言った!」
一度切れたかほ子の堰は何もとどめなくなった。
「お兄ちゃんは手がかからない、でも、かほ子はどうしようもないって! もう少し頭がいい子を産んどけばよかったんだって。学費が助かったのに、って!」
「かほ子……」
父親も絶句する。
二人とも自分達が抱えていた問題が改めて突き付けられて、それがあまりにも思いがけないところからの糾弾だったのに、ことばをなくしている。
かほ子はなおも叫び続けた。
「ディスコに誘われたから行ったのに、みんな、あたしが来るとは思わなかったって言うんだ。冗談だったのに、って。お父さんが言ったのも冗談? お母さんは? 冗談じゃない、冗談なんかじゃない! あたしが居て困るなら、どうして誘ったの! どうして産んだの! どうして、いまさらそんなこと言うのよ! 誘わなきゃいいじゃない! 産まなきゃいいない! 育てなきゃいいじゃないの! あたしがご飯食べなくても、放っておけばいいじゃないか!」
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