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90.『虚空を歩むなかれ』(2)
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虚空に渡された一枚の布にしがみついてぶらさがる、そんなイメージを抱きつつ懸垂の逆の要領でゆっくりと裂け目から垂れ下がる。脚には何も触れない。体のどこにも何も触れない。限りなく深い水の中へ沈む気配、ただこの水は薄くて呼吸ができる。
「…暗いな……でも、照明弾は無理だ」
呟く声は闇に呑まれる。
「これが植物なら、燃えたら全部終る」
額から汗が滑り落ちる。しっかり握っているはずの掌にも汗が滲み、ぐしょぐしょに濡れた蔦の網が、今にも形を無くして崩れそうで緊張する。
目を閉じる。
何も触れない、どこにも何も、風さえもない。
この下に潜るためには、こうやってロープを伸ばして降りていくしかないのか。
しかし、底まではどれぐらいの深さがあり、底がどうなっているのか皆目わからない。ロープで足りるほどの高さではなかったとしたら、また再び全員落下の危険を冒しながら、始めの部分まで戻るしかないのか。
「……る」
「…?」
じっと吊り下がっていたカザルの耳に,微かな音が聴こえてはっとした。
トラスフィ達がカザルが戻らないのに業を煮やして呼びかけているのか。
「待って、トラスフィ! もう少し!」
「…ザル」
「だから、もう少し待ってって、トラスフィ!」
「カ…ザル…」
「あんたも結構せっかちだな、そんなことじゃ…」
「カザル…!」
「っっ!」
ふいに気づいてカザルは闇の中を振り返った。
違う。この声はトラスフィじゃない。しかも、上から聞こえてくるのでもない。
「マイル?」
「…カザル…」
「ちょっと…タグを渡しに来てくれたとか、そんなのいいから」
「…カ……ザル…」
掠れた声が弱々しく返してぞっとした。生身の人間の攻撃なら、どんなものでも凌げる自信があるが、見えないものは苦手だ。
「…そういうのはあんたの範囲でしょ…オウライカさん…」
「カザル…」
「マイル、ごめんって、タグ回収を望んでるなら、また絶対ここに来るから…………え…?」
無意味な弁解をしかけたカザルは目を凝らした。
「待てよ…」
少しずつ慣れてくる目に奇妙なものが浮かび上がる。闇の広大な空間を切り取って張り渡されている幾本もの糸。
「……トラスフィ!」
「…どうした、カザル!」
「照明弾! 早く! 小さいのでいいから!」
「ばかやろう、こんなとこにぶち込んだら、それこそ一環の終わり…」
「違う! 天井に向けて打って。でも天井を破壊しないように! 凄く小さいのでいいから!」
「天井? どんな意味が」
「いいから早く! 俺の腕が保つ間に!」
叫び返しながら、カザルは必死に瞬きし、目を凝らし続ける。間違いない。もしこの見えているものが正しければ、この網の下へ行く方法は。
「行くぞ!」
「了解!」
空気を裂く音に一瞬目を閉じ、皮膚で光を感じてからそろそろと目を開いた。
「…やっぱり……」
「カザル!」
今度ははっきりと、かなり遠くだが蔦に絡まれ宙づりになっているマイルが見えた。胸元から零れ落ちたタグがきらきらと光を反射している。網の目を通して降り注いだ照明弾の光が、息を呑む光景を浮かび上がらせる。
それはまるで、逆さまになったジャングルだった。
網を地面とし、互いの体をよじり合い這い降りあって、蔦が下へと伸びている。無数にたれ下がる蔦は絡まり合い、ところどころ非常に太く寄り集まりあって、薄闇に沈む下へ下へと伸びている。
緑色の牢獄のようだった。
だが、その牢獄は眼下に広がる闇の底に繋がる道筋でもある。
「トラスフィ?」
「何が見えた?」
「マイル」
「ええっ」
「それと……すんごく大きなジャングルジム」
「はあ?」
「一緒に遊ぼうよ、トラスフィ……ってか」
初めて気づいたよ。
カザルは小さく震えながら苦笑した。
「俺達って、ほんとちっぽけだ」
「…暗いな……でも、照明弾は無理だ」
呟く声は闇に呑まれる。
「これが植物なら、燃えたら全部終る」
額から汗が滑り落ちる。しっかり握っているはずの掌にも汗が滲み、ぐしょぐしょに濡れた蔦の網が、今にも形を無くして崩れそうで緊張する。
目を閉じる。
何も触れない、どこにも何も、風さえもない。
この下に潜るためには、こうやってロープを伸ばして降りていくしかないのか。
しかし、底まではどれぐらいの深さがあり、底がどうなっているのか皆目わからない。ロープで足りるほどの高さではなかったとしたら、また再び全員落下の危険を冒しながら、始めの部分まで戻るしかないのか。
「……る」
「…?」
じっと吊り下がっていたカザルの耳に,微かな音が聴こえてはっとした。
トラスフィ達がカザルが戻らないのに業を煮やして呼びかけているのか。
「待って、トラスフィ! もう少し!」
「…ザル」
「だから、もう少し待ってって、トラスフィ!」
「カ…ザル…」
「あんたも結構せっかちだな、そんなことじゃ…」
「カザル…!」
「っっ!」
ふいに気づいてカザルは闇の中を振り返った。
違う。この声はトラスフィじゃない。しかも、上から聞こえてくるのでもない。
「マイル?」
「…カザル…」
「ちょっと…タグを渡しに来てくれたとか、そんなのいいから」
「…カ……ザル…」
掠れた声が弱々しく返してぞっとした。生身の人間の攻撃なら、どんなものでも凌げる自信があるが、見えないものは苦手だ。
「…そういうのはあんたの範囲でしょ…オウライカさん…」
「カザル…」
「マイル、ごめんって、タグ回収を望んでるなら、また絶対ここに来るから…………え…?」
無意味な弁解をしかけたカザルは目を凝らした。
「待てよ…」
少しずつ慣れてくる目に奇妙なものが浮かび上がる。闇の広大な空間を切り取って張り渡されている幾本もの糸。
「……トラスフィ!」
「…どうした、カザル!」
「照明弾! 早く! 小さいのでいいから!」
「ばかやろう、こんなとこにぶち込んだら、それこそ一環の終わり…」
「違う! 天井に向けて打って。でも天井を破壊しないように! 凄く小さいのでいいから!」
「天井? どんな意味が」
「いいから早く! 俺の腕が保つ間に!」
叫び返しながら、カザルは必死に瞬きし、目を凝らし続ける。間違いない。もしこの見えているものが正しければ、この網の下へ行く方法は。
「行くぞ!」
「了解!」
空気を裂く音に一瞬目を閉じ、皮膚で光を感じてからそろそろと目を開いた。
「…やっぱり……」
「カザル!」
今度ははっきりと、かなり遠くだが蔦に絡まれ宙づりになっているマイルが見えた。胸元から零れ落ちたタグがきらきらと光を反射している。網の目を通して降り注いだ照明弾の光が、息を呑む光景を浮かび上がらせる。
それはまるで、逆さまになったジャングルだった。
網を地面とし、互いの体をよじり合い這い降りあって、蔦が下へと伸びている。無数にたれ下がる蔦は絡まり合い、ところどころ非常に太く寄り集まりあって、薄闇に沈む下へ下へと伸びている。
緑色の牢獄のようだった。
だが、その牢獄は眼下に広がる闇の底に繋がる道筋でもある。
「トラスフィ?」
「何が見えた?」
「マイル」
「ええっ」
「それと……すんごく大きなジャングルジム」
「はあ?」
「一緒に遊ぼうよ、トラスフィ……ってか」
初めて気づいたよ。
カザルは小さく震えながら苦笑した。
「俺達って、ほんとちっぽけだ」
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