『DRAGON NET』

segakiyui

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86.『治癒』(2)

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 落ちていく真下に二つの塊がぶつかりあっている。
 一方は白くて滑らかな人の体のように見えた。虚空に透明な床があり、そこに手足をついているような姿、立ち上がろうとしているというより、そうして身もがく自分にどっぷり浸ることに無我夢中になっているようだ。背後から腰を掴まれ貫かれ、細い肩の間に落とし込んだ首がゆさぶられてがくがく震えつつも、逃げようとはしないむしろ、背後の姿に我が身を押し付けて貪っていく。
 もう片方は銀色のロボットとしか見えなかった。目鼻も顔もなくのっぺりとした銀色の頭が苦しげに前後左右に揺れるがそれだけ。求めるように先の白い体を押えつけているがそれだけ。
 そして二体の塊は、その繋がる一点で、さきほどからがつがつと音を立ててぶつかりあっている。前後に動かされるピストン運動、愛情も欲情も感じられないその動きは、機械が人の営みを模しているとしか見えず、数分間に一度動きを止めて後響く音が、一層意味がなく虚しい。
 がつがつがつがつ、がつがつがつがつ、がつがつがつがつ、びしゃ。
 びしゃりと濡れた音をたてて吐き出されるのは、銀色の体の中央から突き出ている棒状の代物からだ。一物の形でさえないそれは、先端が釣り針のようにひっかかりのある数十本のとげで覆われており、その一本一本が蠢くような揺れるような動きをしている。
 中央に穴が開いているのだろう、抜き出された後でそこから飛び散るのは薄赤く濁ったとろみのある液体で、透明な床に跳ね散っては周囲を汚す。いっそ中に吐き出せばいいのにと思ったが、思った瞬間に意識に拡大されたその部分に納得した。突き込まれたその先は閉塞した空間で、幾度か突き入れたまま吐き出したのだろう、行き止まって吹き出し零れ、銀の体を醜く汚すだけなのだ。
 汚れるのを嫌がったのか。
 ライヤーは二体の真上から近づきつつ苦笑する。
 相手の領分を侵しながら、自らは変化すること、行った結果の飛沫を受けることさえ嫌がったのか。
 そんなことで交われはしない。
 がつがつがつがつ。びしゃ。がつがつがつがつ。びしゃ。
 果てしなく続けられる行為と吐瀉物のように吐き散らかされる液体と。
 ライヤーは二体の側に降り立った。
 ゆっくりと胡座を組んで座り込み、膝に肘をつき顎を支えて眺める。
 この二つの体が、ハイトとテールの成れの果てなのは明らかだ。ライヤーを汚し、カークを傷つけ、『塔京』を欲望のままに蹂躙し食い尽くそうとした二人の存在は、こんなすがすがしい虚空の中で、掴み合いながらごしごしがつがつと互いを摩耗し続けるだけになっている。
 既に銀色の棒状の先端が引き抜くたびに数本ずつが絞られ引き千切られるように細くなって抜け落ち、白い体の腰や穴の周囲はぶつかる衝撃に削られ擦り取られてささくれだち抉れていき、それでも体の中には何もないのだろう、同じ素材がぼろぼろと粉状になって落ちていく。
 きっと塵になるまで続けるのだろう。
 ライヤーは顎を支えた手はそのままで、もう一つの手を差し上げ、指を立てた。
 時を速める。
 晴れ渡っていた青空が見る見る暗くなり紺紫の闇になり、朧に霞む薄紅の明け方になり、きららかに眩い白い陽射しになり、再び午後夕暮れ前一瞬の高く爽快な蒼に戻る。
 風も吹かず香りもしない、動きの止まった空間に、光だけが明暗を繰り返し時を刻む。
 がつがつがつがつ。びしゃ。がつがつがつがつ。びしゃ。
 二体は別々の個体にはもう見えなかった。
 互いの体で互いを削り合い、互いの動きで互いを煽り合い、それらは連動を越えて組合わさった特別な動きとなり、複雑に絡み合った金属体が動き続ける、永久動力機関に似て。
 しかし何を産み出すのか。
 ライヤーは無表情に眺め続ける。
 これはライヤーとカークの間にあるものとは違う。
 またライヤーとオウライカの間にあったものとも違う。
 ライヤーが『塔京』の中央庁を駆け上がる中で絡み合ってきた、幾人との間にあったものとも全く違う。
 目的は何だろう。
 互いを傷つけることか。
 確かにその要因もある。
 しかしそれだけではない。
 互いを失わせることか。
 それだけではない。
 二人で何かを産み出そうとしているのではない。
 二人で何かに辿り着こうとしているのでもない。
 それぞれの意図を貫く中で、この形が一番適切だったというそれだけだが。
 瞬く間に過ぎる時の中で、ライヤーの目の前で二つの金属の塊は、次第に吐き出すための時間を作ることもなくなり、ただひたすらにがつがつとぶつかりあうだけの動きに変わっていった。
 がつがつがつがつ。がつがつがつがつ。
 ぶつかる音に微かにめき、とか、ぐしゃ、とか。そういった破壊音が混じり出している。
 ライヤーは目を閉じる。
 二体の『紋章』を探る。
 こんな塊に『紋章』などあるはずもないと考えていたのに、探った意識の触手に引っ掛かった光景に息を呑む。
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