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81.『宙道』(3)
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「あかね…だめだ!」
「もりと…お願い!」
飛び離れていくあかねに血が凍る想いをしたのはそらばかりではないだろう。あかねに刺されて崩れ落ちたそらを支えて、もりとが呼び止めた声はあかねを逆上させた。
『この道を開くためにはある段階の知恵がいる。単なる通り道ではなく、無数の中継点を備えていて、その扉を一つ一つ通り抜けて初めて繋がるようになっている』
あんな曖昧な説明ではなくて、もっとはっきり教えるべきだった。
けれど。
『んーと。つまりね、新しい世界には新しい世界にふさわしい命があるんじゃないかっていうこと』
まるで初めて思いついたかのような口調のあかねに、一瞬ことばを失ってしまったのは、そらばかりではなかった。もりともまた、なぜ今更そんなことを、と不安を抱いた。
なぜなら、『そんなこと』から全てが始まっていたのだから。
『宙道』は単なる通り道ではない、無数の中継点はゲートであって、問題がある者を通さない。
そのゲートはある段階の知恵を必要とする。
言い換えるなら、ある段階にまで成熟した存在にしか持てない感覚や認識を、通過するための条件としている仕組みになっている。
『大樹』は命の箱船だ。
だが、その命は外の世界を破壊してはならない。自らが生き延びるために、世界を変えてもいいと思うような命を放ってはならない。獣の楽園を眼下にした『うさぎ』にとって、それは語るまでもない大前提だった。
人類が消えてしまった世界に、再び過ちを繰り返す愚かなヒトを産み出してはならない。
だからこそのDNA淘汰、だからこそのもりとの存在だった。
もし万が一、この命の箱船が、人類を滅ぼした愚かな争いを産み出すような存在を、また再び造り出してしまうのならば、この命の箱船の知恵を悪用する者が産まれてしまうのならば、その存在を絶対に外へ出してはならない。
それはつまり、そらにしてももりとにしても、そしてあかねにしても、古い世代の命は誰一人、外の世界へ踏み出さないということを意味しているのは自明の理。
なぜなら彼らもまた、獣の楽園を造り出してしまった愚かな人類の一端だとわかっていたからだ。
だから、そのゲートの第一の法則は単純だ。
通過するためには己の命を犠牲にする。
「もり…と…」
血に塗れたそらが腕の中で呻く。
真っ青になって震えているだろう自分を、苦しげに見上げる。
「すま…ない…」
「なぜ…謝る…」
理由はわかっていたが、尋ねた。
「人選…を……誤った…」
「あかね…か…? あかねを『うさぎ』に置いてくるべきだったというのか?」
「ちが…う…」
そらは微笑む。
「お前を……『うさぎ』に…」
「……なんでだよ…」
声が幼くなるのがわかった。
「僕が『うさぎ』にいたら、『大樹』を誰がコントロールする!」
「お前を…『うさぎ』に……」
そらは掠れた声で繰り返した。
腹部を貫いた傷は肝臓を傷つけている。出血が止まらない。止血する術ももうない。終わりだとわかっていた、どちらとも。
「あかねも…『うさぎ』に……」
そらが夢見るように呟く。
「……そうした…ら……二人……『うさぎ』で…きっと…」
「…っ」
気づいていたのか、と血が引いた。
夢見たことはあった、あかねと二人、『うさぎ』でささやかな家庭を持って世界の終末まで一緒に暮らそうと。打ち明けたこともない恋心、選ばれた瞬間に諦めた願い。
「すまない…」
「そら…」
思わず力が抜けていく相手を抱え込む。
「僕達は…どこで間違ったんだろうな…っ」
あかねはここから出られない。腹に宿った命を守ろうとするが故に出られない。ゲートは命を惜しむ者を通さない。生き延びようとする意志をゲートは通さない。
「悪いのは…おれ…」
重さが消えた。
「そら…? ……そら……そら………そら!」
もし、あかねが外へ出られる可能性があったとしたら、お腹の子どもの命を代償にゲートを突破する方法だ。だがしかし、あかねの腹の子どもは、もりとの子どもの可能性もあったのだ。
あかねもお腹の子どもも守るためには、唯一、『大樹』の中で命がけで守るしかない、そうそらは思い定めていたはずだ。
「守らなくてもよかったんだ、君がそこまで背負うことはなかったんだ!」
君もまた、あかねを大事にしていたのだから。
管理者としての重責を堪える君の隙をついて、あかねにつけ込んだもりとのことまで背負う必要はなかったのに。
「僕まで守ってくれなくても、よかったんだああっ!」
あかねあかねあかね。
彼女が走っていくその先には、悪夢しか待っていなかった。
「もりと…お願い!」
飛び離れていくあかねに血が凍る想いをしたのはそらばかりではないだろう。あかねに刺されて崩れ落ちたそらを支えて、もりとが呼び止めた声はあかねを逆上させた。
『この道を開くためにはある段階の知恵がいる。単なる通り道ではなく、無数の中継点を備えていて、その扉を一つ一つ通り抜けて初めて繋がるようになっている』
あんな曖昧な説明ではなくて、もっとはっきり教えるべきだった。
けれど。
『んーと。つまりね、新しい世界には新しい世界にふさわしい命があるんじゃないかっていうこと』
まるで初めて思いついたかのような口調のあかねに、一瞬ことばを失ってしまったのは、そらばかりではなかった。もりともまた、なぜ今更そんなことを、と不安を抱いた。
なぜなら、『そんなこと』から全てが始まっていたのだから。
『宙道』は単なる通り道ではない、無数の中継点はゲートであって、問題がある者を通さない。
そのゲートはある段階の知恵を必要とする。
言い換えるなら、ある段階にまで成熟した存在にしか持てない感覚や認識を、通過するための条件としている仕組みになっている。
『大樹』は命の箱船だ。
だが、その命は外の世界を破壊してはならない。自らが生き延びるために、世界を変えてもいいと思うような命を放ってはならない。獣の楽園を眼下にした『うさぎ』にとって、それは語るまでもない大前提だった。
人類が消えてしまった世界に、再び過ちを繰り返す愚かなヒトを産み出してはならない。
だからこそのDNA淘汰、だからこそのもりとの存在だった。
もし万が一、この命の箱船が、人類を滅ぼした愚かな争いを産み出すような存在を、また再び造り出してしまうのならば、この命の箱船の知恵を悪用する者が産まれてしまうのならば、その存在を絶対に外へ出してはならない。
それはつまり、そらにしてももりとにしても、そしてあかねにしても、古い世代の命は誰一人、外の世界へ踏み出さないということを意味しているのは自明の理。
なぜなら彼らもまた、獣の楽園を造り出してしまった愚かな人類の一端だとわかっていたからだ。
だから、そのゲートの第一の法則は単純だ。
通過するためには己の命を犠牲にする。
「もり…と…」
血に塗れたそらが腕の中で呻く。
真っ青になって震えているだろう自分を、苦しげに見上げる。
「すま…ない…」
「なぜ…謝る…」
理由はわかっていたが、尋ねた。
「人選…を……誤った…」
「あかね…か…? あかねを『うさぎ』に置いてくるべきだったというのか?」
「ちが…う…」
そらは微笑む。
「お前を……『うさぎ』に…」
「……なんでだよ…」
声が幼くなるのがわかった。
「僕が『うさぎ』にいたら、『大樹』を誰がコントロールする!」
「お前を…『うさぎ』に……」
そらは掠れた声で繰り返した。
腹部を貫いた傷は肝臓を傷つけている。出血が止まらない。止血する術ももうない。終わりだとわかっていた、どちらとも。
「あかねも…『うさぎ』に……」
そらが夢見るように呟く。
「……そうした…ら……二人……『うさぎ』で…きっと…」
「…っ」
気づいていたのか、と血が引いた。
夢見たことはあった、あかねと二人、『うさぎ』でささやかな家庭を持って世界の終末まで一緒に暮らそうと。打ち明けたこともない恋心、選ばれた瞬間に諦めた願い。
「すまない…」
「そら…」
思わず力が抜けていく相手を抱え込む。
「僕達は…どこで間違ったんだろうな…っ」
あかねはここから出られない。腹に宿った命を守ろうとするが故に出られない。ゲートは命を惜しむ者を通さない。生き延びようとする意志をゲートは通さない。
「悪いのは…おれ…」
重さが消えた。
「そら…? ……そら……そら………そら!」
もし、あかねが外へ出られる可能性があったとしたら、お腹の子どもの命を代償にゲートを突破する方法だ。だがしかし、あかねの腹の子どもは、もりとの子どもの可能性もあったのだ。
あかねもお腹の子どもも守るためには、唯一、『大樹』の中で命がけで守るしかない、そうそらは思い定めていたはずだ。
「守らなくてもよかったんだ、君がそこまで背負うことはなかったんだ!」
君もまた、あかねを大事にしていたのだから。
管理者としての重責を堪える君の隙をついて、あかねにつけ込んだもりとのことまで背負う必要はなかったのに。
「僕まで守ってくれなくても、よかったんだああっ!」
あかねあかねあかね。
彼女が走っていくその先には、悪夢しか待っていなかった。
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