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73.『洞窟』
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「おせえんだよ、ばか」
「った」
ばこん、とファローズに頭を殴られて、ライヤーは顔をしかめた。
「乱暴だなあ」
「乱暴なのはてめえだろうが」
「乱暴なこと、またされたくなったんですか」
「あいつに言うぜ?」
「すみません、お詫びに何をしたらいいですか」
カークのことをほのめかされて、思わず下手に出てしまった自分がいささか信じられない気もするが、ファローズも同様だったのだろう、ちょっとびっくり目になっているのに微笑んで肩を抱き寄せた。
「言わないですよね?」
耳元で囁くと、あたりめえだろ、ばか、と返され、
「でもなあ、お前がそんだけ気にするってのは」
やっぱカークってのはいいのかよ、とちょっとふて腐れた顔になったファローズに苦笑する。
「いいというか」
歩き出すファローズに付いていきながら、
「至上最高っていうか?」
「そこまで言う? 言っちゃうんだ、俺の前で」
へーそりゃよかったねたいしたもんだめでてえめでてえ。
平板な声でぼやいたファローズが、畜生俺だってちゃあんと抱いてくれるやつがいるんだぞ、と妙な張り合いを見せる。
「もうお前の頼みは金輪際きかねえからな」
「今回聞いて下さっただけでも十分ですよ」
「まあ、な?」
あのカークが、お前の横で大人しくしてるなんて光景、生きてるうちに拝めるとは思ってなかったがよ。
「……そうでしょうね」
ライヤーは微笑む。
実はライヤー自身も密かに驚いてはいるのだ。
おどろおどろしい竜の夢からこっち、なるべくそれを意識しまいとしてはいるが、ちょっとした拍子にその気配でも漏れるのだろうか、カークが怯えた顔で身を引く瞬間があるのに気付いた。
ほんの微かな僅かな揺れで、他の者には気付かれていない。けれど、ここぞという瞬間にライヤーを無視することはなくなったし、何よりライヤーが準備する日常のあれこれに意外にきちんと従ってくれる。
それが見えない部分で竜の気配がカークを圧倒しているのか、それとも疑いつつでもライヤーにコントロールされることは快いと思っているのか、そこまではよくわからなかったが、カークが自身をライヤーに委ねてくれているのは確かなことで。
だからこそ、一層はっきりきちんと確かめておきたいことがあった。
「おい、この人だ」
「……」
ファローズが連れていった車はジープ、あちこち汚れて錆も浮いている凄まじいものだ。ちろりと運転席から目を上げてきたのは小柄な女、黒髪ストレートボブ、抉ってくるような視線がどうにも気味が悪いが、ライヤーはにっこり笑ってみせた。
「お願いします」
「……」
「挨拶ぐらいしろよ、トゥオン」
ファローズが溜め息まじりに促す。
「黙って睨んでても始まんねえだろ」
「本当に今回のラゴルの取り引きを不問にするのか」
「ええ、リィサダさん」
あなたは巻き込まれた方なんでしょう?
「相手の腸の代わりにラゴルを詰め込んだことが巻き込まれたという範疇ならな」
女性はにやりと笑った。白い小さな歯に矯正用の針金が光る。
「あなたは少なくともラゴルが好きじゃない」
「芸術的じゃない」
トゥオンは目を細めた。
「薬でトリップしたがるのは餓鬼の発想だ」
「ごもっとも」
ライヤーは笑みを深める。
「だからあなたはラゴルの取り引き現場に乗り込んで、そこに居た数人の男をメスで切り裂いて、それぞれの傷にラゴルを詰めてみせた、餓鬼の発想にふさわしく?」
「そうだ」
くすりと笑ったトゥオンはボブを揺らせてくすくす笑いを続けた。
「あいつら、楽しそうだった、痙攣して白眼剥いて舌突き出してじたばた跳ねて。何人死んだ?」
「全員だろ」
「何人だ?」
ファローズの応えにトゥオンは応じない。ライヤーは静かに応えた。
「6人ですよ」
「7人だとラッキーだった、お前が最後の1人になるなら乗せてってやる、洞窟まで」
「お、おい」
「いいですね」
ライヤーはジープの隣に滑り込み、ファローズを振り返った。
「ファローズさん、カークさんに帰るのが遅れるかもって伝えておいて下さい」
「ラ、ライヤーっ」
「行きましょうか、トゥオンさん」
「リィサダって呼べ」
あたしはあんたの恋人じゃない。
「はい、リィサダさん」
「ライヤー……っ、おい…大丈夫なのか、おい…っ!」
うろたえたファローズの声を置き去りに、ジープはけたたましい音をたてながら走り出した。
ジープはもう少ししたら壊れるんじゃないかという無気味な騒音をたてつつ、荒野を走る。いつかカークと見下ろした、こんなところが『塔京』にあるのかと言うような、茫漠とした大地の上を跳ね飛びながら。
振動に身を委ねてライヤーはじっと前方を見つめている。
そこにはあのどす黒く濁った廃虚群が次第に競り上がるように伸びてきている。
壊れ果てたビル群、ねじ曲がった街灯か標識、あちこちに地面が崩れた裂け目が見てとれる。周囲の荒涼とした大地はそれでもまだ生き物の気配があったが、近付くに従って地面は灰色と黒に染まり、生あるものはなくなった、草木のただ一本さえも。
「怖くないのか」
唐突にトゥオンが呟いた。
がたがたと激しく揺れるジープを操る細い腕は並々ならぬ力量で、進路をぴたりとずらさない。まっすぐに廃虚へ突っ込んでいく速度は、そのまま大地の裂け目に突っ込むかのようにさえ見える。
「怖いですよ」
ライヤーは微笑んだ。
「そう見えない」
「我慢してるんですよ」
「虚勢はすぐに剥がれる」
「そうですよね」
トゥオンのことばに苦笑する。
そうだ、僕は怖い。
ライヤーは胸の中で繰り返す。
だが、それはトゥオンの運転の無謀さでもなければ、カークと居ること、『塔京』の中で暮らすこと、ましてや、廃虚に入っていくことではない。
「白竜は居るんですか」
「さあ」
トゥオンはにべもなく応えた。
「見た者は戻ってない」
「なるほど」
通り過ぎたとたんに崩れ落ちた瓦礫の中から人のような人形のようなものが一緒に転がり落ちる。それを横目で見たトゥオンが唇を歪めて笑った。
「丈夫なものだ」
「人ですか」
「焼き払われたにしては強い」
「凄まじい破壊力ですね」
トゥオンが顎を上げた。
廃虚群の奥、重なりあって崩れたビルの下に、地下へ向かって開いている巨大な洞窟がある。
「あそこだ」
ライヤーは微かに体を竦める。
怖いのは、自分が何者であるか、薄々気付いているからかもしれない、と思った。
「った」
ばこん、とファローズに頭を殴られて、ライヤーは顔をしかめた。
「乱暴だなあ」
「乱暴なのはてめえだろうが」
「乱暴なこと、またされたくなったんですか」
「あいつに言うぜ?」
「すみません、お詫びに何をしたらいいですか」
カークのことをほのめかされて、思わず下手に出てしまった自分がいささか信じられない気もするが、ファローズも同様だったのだろう、ちょっとびっくり目になっているのに微笑んで肩を抱き寄せた。
「言わないですよね?」
耳元で囁くと、あたりめえだろ、ばか、と返され、
「でもなあ、お前がそんだけ気にするってのは」
やっぱカークってのはいいのかよ、とちょっとふて腐れた顔になったファローズに苦笑する。
「いいというか」
歩き出すファローズに付いていきながら、
「至上最高っていうか?」
「そこまで言う? 言っちゃうんだ、俺の前で」
へーそりゃよかったねたいしたもんだめでてえめでてえ。
平板な声でぼやいたファローズが、畜生俺だってちゃあんと抱いてくれるやつがいるんだぞ、と妙な張り合いを見せる。
「もうお前の頼みは金輪際きかねえからな」
「今回聞いて下さっただけでも十分ですよ」
「まあ、な?」
あのカークが、お前の横で大人しくしてるなんて光景、生きてるうちに拝めるとは思ってなかったがよ。
「……そうでしょうね」
ライヤーは微笑む。
実はライヤー自身も密かに驚いてはいるのだ。
おどろおどろしい竜の夢からこっち、なるべくそれを意識しまいとしてはいるが、ちょっとした拍子にその気配でも漏れるのだろうか、カークが怯えた顔で身を引く瞬間があるのに気付いた。
ほんの微かな僅かな揺れで、他の者には気付かれていない。けれど、ここぞという瞬間にライヤーを無視することはなくなったし、何よりライヤーが準備する日常のあれこれに意外にきちんと従ってくれる。
それが見えない部分で竜の気配がカークを圧倒しているのか、それとも疑いつつでもライヤーにコントロールされることは快いと思っているのか、そこまではよくわからなかったが、カークが自身をライヤーに委ねてくれているのは確かなことで。
だからこそ、一層はっきりきちんと確かめておきたいことがあった。
「おい、この人だ」
「……」
ファローズが連れていった車はジープ、あちこち汚れて錆も浮いている凄まじいものだ。ちろりと運転席から目を上げてきたのは小柄な女、黒髪ストレートボブ、抉ってくるような視線がどうにも気味が悪いが、ライヤーはにっこり笑ってみせた。
「お願いします」
「……」
「挨拶ぐらいしろよ、トゥオン」
ファローズが溜め息まじりに促す。
「黙って睨んでても始まんねえだろ」
「本当に今回のラゴルの取り引きを不問にするのか」
「ええ、リィサダさん」
あなたは巻き込まれた方なんでしょう?
「相手の腸の代わりにラゴルを詰め込んだことが巻き込まれたという範疇ならな」
女性はにやりと笑った。白い小さな歯に矯正用の針金が光る。
「あなたは少なくともラゴルが好きじゃない」
「芸術的じゃない」
トゥオンは目を細めた。
「薬でトリップしたがるのは餓鬼の発想だ」
「ごもっとも」
ライヤーは笑みを深める。
「だからあなたはラゴルの取り引き現場に乗り込んで、そこに居た数人の男をメスで切り裂いて、それぞれの傷にラゴルを詰めてみせた、餓鬼の発想にふさわしく?」
「そうだ」
くすりと笑ったトゥオンはボブを揺らせてくすくす笑いを続けた。
「あいつら、楽しそうだった、痙攣して白眼剥いて舌突き出してじたばた跳ねて。何人死んだ?」
「全員だろ」
「何人だ?」
ファローズの応えにトゥオンは応じない。ライヤーは静かに応えた。
「6人ですよ」
「7人だとラッキーだった、お前が最後の1人になるなら乗せてってやる、洞窟まで」
「お、おい」
「いいですね」
ライヤーはジープの隣に滑り込み、ファローズを振り返った。
「ファローズさん、カークさんに帰るのが遅れるかもって伝えておいて下さい」
「ラ、ライヤーっ」
「行きましょうか、トゥオンさん」
「リィサダって呼べ」
あたしはあんたの恋人じゃない。
「はい、リィサダさん」
「ライヤー……っ、おい…大丈夫なのか、おい…っ!」
うろたえたファローズの声を置き去りに、ジープはけたたましい音をたてながら走り出した。
ジープはもう少ししたら壊れるんじゃないかという無気味な騒音をたてつつ、荒野を走る。いつかカークと見下ろした、こんなところが『塔京』にあるのかと言うような、茫漠とした大地の上を跳ね飛びながら。
振動に身を委ねてライヤーはじっと前方を見つめている。
そこにはあのどす黒く濁った廃虚群が次第に競り上がるように伸びてきている。
壊れ果てたビル群、ねじ曲がった街灯か標識、あちこちに地面が崩れた裂け目が見てとれる。周囲の荒涼とした大地はそれでもまだ生き物の気配があったが、近付くに従って地面は灰色と黒に染まり、生あるものはなくなった、草木のただ一本さえも。
「怖くないのか」
唐突にトゥオンが呟いた。
がたがたと激しく揺れるジープを操る細い腕は並々ならぬ力量で、進路をぴたりとずらさない。まっすぐに廃虚へ突っ込んでいく速度は、そのまま大地の裂け目に突っ込むかのようにさえ見える。
「怖いですよ」
ライヤーは微笑んだ。
「そう見えない」
「我慢してるんですよ」
「虚勢はすぐに剥がれる」
「そうですよね」
トゥオンのことばに苦笑する。
そうだ、僕は怖い。
ライヤーは胸の中で繰り返す。
だが、それはトゥオンの運転の無謀さでもなければ、カークと居ること、『塔京』の中で暮らすこと、ましてや、廃虚に入っていくことではない。
「白竜は居るんですか」
「さあ」
トゥオンはにべもなく応えた。
「見た者は戻ってない」
「なるほど」
通り過ぎたとたんに崩れ落ちた瓦礫の中から人のような人形のようなものが一緒に転がり落ちる。それを横目で見たトゥオンが唇を歪めて笑った。
「丈夫なものだ」
「人ですか」
「焼き払われたにしては強い」
「凄まじい破壊力ですね」
トゥオンが顎を上げた。
廃虚群の奥、重なりあって崩れたビルの下に、地下へ向かって開いている巨大な洞窟がある。
「あそこだ」
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