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62.『代償を支払うなかれ』
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「カザルさん…」
「何よ、連れてきちゃったの」
奥まった部屋の座敷の襖を開けると、リーンとリヤンが弾かれたように振り返った。
「あっちに置いとけって言ったのに」
「しかたねえだろ、殺されかけたんだからな、俺ぁ」
「そんなよたよたの男に?」
「オウライカ……さん…っ」
険しい顔でトラスフィに文句を言うリヤン、その向こうに布団を敷き延べて横たわる、オウライカの静かな横顔がある。
トラスフィに支えられてよろよろ歩いてきたカザルは、それを見たとたん、自分の中の一番冷たい部分が壊れたような気がした。
「オウライカさんっ……オウライカさ…んっ」
「おっと…」
トラスフィを突き飛ばすように離れ、急いで身を引くリヤンとリーンの間を割って入って、オウライカの枕元に這い寄る。
「なんで……っ…なんで戻ってきてないの…っ」
「……ここは任せようか」
リヤンが溜め息をついて立ち上がった。
「おい、任せるっても、こいつも半病人」
「でも、あたし達にできることなんてないわよ」
「そう…ですね」
リヤンに続いてリーンも部屋を出る。
「カザルくん」
「……」
溢れる涙を止められないまま振り返ると、リヤンが少し眉を緩めた。
「ここへ布団と御飯を運ばせるから。この男に」
「俺っ?」
よせやい、何させんだよ、俺ぁ、『斎京』遠征隊率いる男だぜ、と嘆くトラスフィを気にとめた様子もなく、リヤンがきっぱりと命じる。
「あんたはしっかり食べて寝る」
「だって……だって、オウライカさんが」
「だから」
びしりと冷たい声でリヤンが続ける。
「せっかくオウライカさんが引き戻してきたものを、無駄にしたくないの。こっちだって、『斎京』の命運がかかってるんですからね」
言い放たれてカザルははっとした。
確かにオウライカがこのまま戻ってこないなら、『斎京』の竜を誰が食い止めるかということになる。レシンやブライアンやルワンの顔が目の前の三人に重なって揺れる。慣れ親しんだ『華街』も小間物町も崩れ落ちる。
そんなの、嫌だ。
カザルの中に意味が通ったのを見て、リヤンが淡々と言った。
「いざとなったら、あんたに喰われてもらうから」
「おいおい」
「だって、あんた『龍』の紋章持ってるんでしょ」
「っ」
トラスフィが気まずそうに視線を逸らせる。
リヤンはお構いなしにカザルを睨んだ。
「できない人に求めてんじゃないの。あんたができるなら、あんたを助けるためにオウライカさんが投げた命、しっかり受け止めてって言ってんの、それだけ」
ぷい、と顔を背けて衣音激しく立ち去っていく、そのリヤンがどれほどオウライカのことを案じていたのか、ようやくカザルも理解した。
やがてトラスフィとリーンが布団と箱膳を運んできた。
これはオウライカさんの分、そう言われて置かれた二つ目の箱もやはり温かくて、突き放しているように見えるリヤンや他の人間も、やはりオウライカの覚醒をひたすら願っているのだとわかる。
「……オウライカさん……聞こえる……?」
オウライカのすぐ側に敷いてもらった布団に寝転び、カザルはそっと相手の布団に手を差し入れた。
「冷たい…」
まっすぐ伸ばされたオウライカの掌は冷えて固くて、まるで死人のようだ。
「っ」
思わず滲みかけた目を瞬いて、ぎゅっと唇を引き締め、のろのろと起き上がって箱膳を開く。
「いただきます」
しっかり食べて、元気になって。
オウライカが戻ってきた時に、ねぼすけだなあって笑えるように。
「く」
潤んだ目をごしごし擦って、里芋の煮物を口に運ぶ。
「あ、うまーい、リーンさん、相変わらずうまいなー」
振り返ってオウライカに話し掛ける。
「オウライカさん、これ凄くおいしいから。早く起きないと、俺全部食べちゃうから」
好きなのか、なら食べてもいいぞ。
そういう声が聞こえないかとじっと待つ。
けれどオウライカは応えずに、ただ静かに眠り続けているだけだ。
「ほんとに全部、食べちゃうから」
首を傾げて繰り返してみる。
「……リーンさんの御飯……おいしいんだから……」
オウライカさん、なんで起きないの。もう少しで四日目来ちゃう。
カザルは体が痛いのを押し殺して必死に飯を口に運ぶ。
俺頑張って戻ってきたのに。
今も頑張って御飯食べてるのに。
「俺……俺…っ」
オウライカさん。
「……こんなことなら……俺が向こうに居たままで…よかったのに……」
ぼろぼろ零れ出した涙にカザルは茶碗を抱えて俯いた。
「俺なんかより……あんたのほうが……大事だったのに…」
「……違う」
「……っ!」
微かな声が聞こえてカザルは振り向いた。
「私は……君の方が……大事だ」
柔らかく微笑む顔が見返してくる。
「オウライカさんっ!」
放り出した茶碗ががしゃん、と音をたてた。
「何よ、連れてきちゃったの」
奥まった部屋の座敷の襖を開けると、リーンとリヤンが弾かれたように振り返った。
「あっちに置いとけって言ったのに」
「しかたねえだろ、殺されかけたんだからな、俺ぁ」
「そんなよたよたの男に?」
「オウライカ……さん…っ」
険しい顔でトラスフィに文句を言うリヤン、その向こうに布団を敷き延べて横たわる、オウライカの静かな横顔がある。
トラスフィに支えられてよろよろ歩いてきたカザルは、それを見たとたん、自分の中の一番冷たい部分が壊れたような気がした。
「オウライカさんっ……オウライカさ…んっ」
「おっと…」
トラスフィを突き飛ばすように離れ、急いで身を引くリヤンとリーンの間を割って入って、オウライカの枕元に這い寄る。
「なんで……っ…なんで戻ってきてないの…っ」
「……ここは任せようか」
リヤンが溜め息をついて立ち上がった。
「おい、任せるっても、こいつも半病人」
「でも、あたし達にできることなんてないわよ」
「そう…ですね」
リヤンに続いてリーンも部屋を出る。
「カザルくん」
「……」
溢れる涙を止められないまま振り返ると、リヤンが少し眉を緩めた。
「ここへ布団と御飯を運ばせるから。この男に」
「俺っ?」
よせやい、何させんだよ、俺ぁ、『斎京』遠征隊率いる男だぜ、と嘆くトラスフィを気にとめた様子もなく、リヤンがきっぱりと命じる。
「あんたはしっかり食べて寝る」
「だって……だって、オウライカさんが」
「だから」
びしりと冷たい声でリヤンが続ける。
「せっかくオウライカさんが引き戻してきたものを、無駄にしたくないの。こっちだって、『斎京』の命運がかかってるんですからね」
言い放たれてカザルははっとした。
確かにオウライカがこのまま戻ってこないなら、『斎京』の竜を誰が食い止めるかということになる。レシンやブライアンやルワンの顔が目の前の三人に重なって揺れる。慣れ親しんだ『華街』も小間物町も崩れ落ちる。
そんなの、嫌だ。
カザルの中に意味が通ったのを見て、リヤンが淡々と言った。
「いざとなったら、あんたに喰われてもらうから」
「おいおい」
「だって、あんた『龍』の紋章持ってるんでしょ」
「っ」
トラスフィが気まずそうに視線を逸らせる。
リヤンはお構いなしにカザルを睨んだ。
「できない人に求めてんじゃないの。あんたができるなら、あんたを助けるためにオウライカさんが投げた命、しっかり受け止めてって言ってんの、それだけ」
ぷい、と顔を背けて衣音激しく立ち去っていく、そのリヤンがどれほどオウライカのことを案じていたのか、ようやくカザルも理解した。
やがてトラスフィとリーンが布団と箱膳を運んできた。
これはオウライカさんの分、そう言われて置かれた二つ目の箱もやはり温かくて、突き放しているように見えるリヤンや他の人間も、やはりオウライカの覚醒をひたすら願っているのだとわかる。
「……オウライカさん……聞こえる……?」
オウライカのすぐ側に敷いてもらった布団に寝転び、カザルはそっと相手の布団に手を差し入れた。
「冷たい…」
まっすぐ伸ばされたオウライカの掌は冷えて固くて、まるで死人のようだ。
「っ」
思わず滲みかけた目を瞬いて、ぎゅっと唇を引き締め、のろのろと起き上がって箱膳を開く。
「いただきます」
しっかり食べて、元気になって。
オウライカが戻ってきた時に、ねぼすけだなあって笑えるように。
「く」
潤んだ目をごしごし擦って、里芋の煮物を口に運ぶ。
「あ、うまーい、リーンさん、相変わらずうまいなー」
振り返ってオウライカに話し掛ける。
「オウライカさん、これ凄くおいしいから。早く起きないと、俺全部食べちゃうから」
好きなのか、なら食べてもいいぞ。
そういう声が聞こえないかとじっと待つ。
けれどオウライカは応えずに、ただ静かに眠り続けているだけだ。
「ほんとに全部、食べちゃうから」
首を傾げて繰り返してみる。
「……リーンさんの御飯……おいしいんだから……」
オウライカさん、なんで起きないの。もう少しで四日目来ちゃう。
カザルは体が痛いのを押し殺して必死に飯を口に運ぶ。
俺頑張って戻ってきたのに。
今も頑張って御飯食べてるのに。
「俺……俺…っ」
オウライカさん。
「……こんなことなら……俺が向こうに居たままで…よかったのに……」
ぼろぼろ零れ出した涙にカザルは茶碗を抱えて俯いた。
「俺なんかより……あんたのほうが……大事だったのに…」
「……違う」
「……っ!」
微かな声が聞こえてカザルは振り向いた。
「私は……君の方が……大事だ」
柔らかく微笑む顔が見返してくる。
「オウライカさんっ!」
放り出した茶碗ががしゃん、と音をたてた。
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