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47.『砂漠』(1)
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この扱いって、ずっと昔、『塔京』で追い詰められた時と似てるよねえ。
ライヤーは背後からレンに突かれて、開いたドアからゆっくりと部屋の中に進んだ。
「……ライヤー、さん?」
「えーと、こんばんは? エバンスくん」
訝しそうに窓際から振り返ったエバンスが、金糸の髪に差し込む夕日を跳ねさせて、眼鏡の奥で目を細める。
「どうも」
「……どういうことです、レンさん」
エバンスはテーブルの向こうから回ってこないまま、ライヤーの後ろのレンを睨みつける。隠そうともしないはっきりとした敵意に、あれ、と思ったとたん、背後でレンが僅かに会釈した。
「当てはできましたか」
「何のことです」
「なんなら、こっちから一人、分けようかと」
「……その人を?」
エバンスがまた目をより細めた。
「ええ、この人を」
なかなか使い勝手がいいし、かなり有能ですよ。
レンが背後で口上を並べる。
人の心情に訴えるのも上手ですしね。
「あ、レンさん、それギャグ?」
「は?」
「あ、違った、しゃれ、だじゃれですよね」
ライヤーはにこにこ笑って口を挟む。
何を言い出すんだとエバンスもレンも双方覗き込んでくるのに、えへへと笑って、
「ほら、心情、上手、じょうじゅ、ですもんね! あれ? 今イチかな」
「…………こいつを?」」
無表情になったエバンスが冷然とレンを振り向く。
「はあ、まあ」
レンが苦笑しながらぐい、とライヤーの背中を突いて、痛た、あんまり突かないで、とライヤーは眉をしかめた。
「まあ、普段はこんなですが」
うっとうしそうな声でレンが続ける。
「情報処理、データ解析能力は十分です。度胸も座ってるし、あっちの方もかなり使えますよ」
ほら、この口上のされ方が似てるよね。
ライヤーは心の底で蠢いた懐かしい記憶を撫でてみる。
『塔京』の下層も下層、溝泥を這いずり回るような生活の中では、人と関わるというのは道具になるということだ。暴力と快楽への欲望を一度に満たすためには、すぐに壊れる女より、丈夫でなかなか快感に慣れない男の方が都合がいい。
それも、できればいつまでたっても懐かず慣れない、まっすぐなキャラクターが好まれる。
そういう意味ではライヤーはいささか微妙だった。
噂に聞いたカザルが、何度抱かれてもそのたびに純な振る舞いを見せるくせに、乱れ方の妖しさ激しさは一際と言われ、一度ぐらいは抱いてみたいと囁かれ、抱いたら最後心身ともに天国だろう、そんな羨望とも畏怖ともつかぬものを託されるのと一線を画し、ライヤー達のような屑は抱き捨てられるために饗される。
何度無理しても丈夫ですぜ、堪えやしません、鈍いやつで。
そう下卑た笑いとともに押し出される床は大抵汚れて黒ずんでいた。
無駄な抵抗はしない。時間のかかるためらいもなし。命じられたことは淡々と受け入れやり遂げる。
確かに反応もいいし悪くはないが、何だか抱くと疲れるねえ、そういう客が増えていって、お前はどこまでいっても使いものにならねえなあと放り出した男は、ライヤーが本当はタチだと最後まで気付かなかった。
冷えた心を救ってくれたのはオウライカだ。
オウライカに拾われてしばらくは、ただよくできた機械のように仕事を覚えこなしていき、周囲もオウライカも仮面の上で通り過ぎたと思った矢先、ライヤーは『夢喰い』に捕まった。
そういうものがあるとは知らされていたが、まさか自分がそんなものに捕われるほど傷みを抱えているとは気付いてなくて、気付いた時には夢の中で喰われていた。
暗い路地、肩を、腕を、背中を脚を、何か黒くて重いものにしゃぶられ噛みつかれて、鮮血を散らしながら逃げ回る。終わらない苦痛。終わらない恐怖。終わらない絶望。
ばらばらになる寸前、オウライカが夢に滑り込んできた。
ライヤーは背後からレンに突かれて、開いたドアからゆっくりと部屋の中に進んだ。
「……ライヤー、さん?」
「えーと、こんばんは? エバンスくん」
訝しそうに窓際から振り返ったエバンスが、金糸の髪に差し込む夕日を跳ねさせて、眼鏡の奥で目を細める。
「どうも」
「……どういうことです、レンさん」
エバンスはテーブルの向こうから回ってこないまま、ライヤーの後ろのレンを睨みつける。隠そうともしないはっきりとした敵意に、あれ、と思ったとたん、背後でレンが僅かに会釈した。
「当てはできましたか」
「何のことです」
「なんなら、こっちから一人、分けようかと」
「……その人を?」
エバンスがまた目をより細めた。
「ええ、この人を」
なかなか使い勝手がいいし、かなり有能ですよ。
レンが背後で口上を並べる。
人の心情に訴えるのも上手ですしね。
「あ、レンさん、それギャグ?」
「は?」
「あ、違った、しゃれ、だじゃれですよね」
ライヤーはにこにこ笑って口を挟む。
何を言い出すんだとエバンスもレンも双方覗き込んでくるのに、えへへと笑って、
「ほら、心情、上手、じょうじゅ、ですもんね! あれ? 今イチかな」
「…………こいつを?」」
無表情になったエバンスが冷然とレンを振り向く。
「はあ、まあ」
レンが苦笑しながらぐい、とライヤーの背中を突いて、痛た、あんまり突かないで、とライヤーは眉をしかめた。
「まあ、普段はこんなですが」
うっとうしそうな声でレンが続ける。
「情報処理、データ解析能力は十分です。度胸も座ってるし、あっちの方もかなり使えますよ」
ほら、この口上のされ方が似てるよね。
ライヤーは心の底で蠢いた懐かしい記憶を撫でてみる。
『塔京』の下層も下層、溝泥を這いずり回るような生活の中では、人と関わるというのは道具になるということだ。暴力と快楽への欲望を一度に満たすためには、すぐに壊れる女より、丈夫でなかなか快感に慣れない男の方が都合がいい。
それも、できればいつまでたっても懐かず慣れない、まっすぐなキャラクターが好まれる。
そういう意味ではライヤーはいささか微妙だった。
噂に聞いたカザルが、何度抱かれてもそのたびに純な振る舞いを見せるくせに、乱れ方の妖しさ激しさは一際と言われ、一度ぐらいは抱いてみたいと囁かれ、抱いたら最後心身ともに天国だろう、そんな羨望とも畏怖ともつかぬものを託されるのと一線を画し、ライヤー達のような屑は抱き捨てられるために饗される。
何度無理しても丈夫ですぜ、堪えやしません、鈍いやつで。
そう下卑た笑いとともに押し出される床は大抵汚れて黒ずんでいた。
無駄な抵抗はしない。時間のかかるためらいもなし。命じられたことは淡々と受け入れやり遂げる。
確かに反応もいいし悪くはないが、何だか抱くと疲れるねえ、そういう客が増えていって、お前はどこまでいっても使いものにならねえなあと放り出した男は、ライヤーが本当はタチだと最後まで気付かなかった。
冷えた心を救ってくれたのはオウライカだ。
オウライカに拾われてしばらくは、ただよくできた機械のように仕事を覚えこなしていき、周囲もオウライカも仮面の上で通り過ぎたと思った矢先、ライヤーは『夢喰い』に捕まった。
そういうものがあるとは知らされていたが、まさか自分がそんなものに捕われるほど傷みを抱えているとは気付いてなくて、気付いた時には夢の中で喰われていた。
暗い路地、肩を、腕を、背中を脚を、何か黒くて重いものにしゃぶられ噛みつかれて、鮮血を散らしながら逃げ回る。終わらない苦痛。終わらない恐怖。終わらない絶望。
ばらばらになる寸前、オウライカが夢に滑り込んできた。
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