83 / 213
46.『偽りを紡ぐなかれ』(2)
しおりを挟む
いや、今は侍ってるのは私だぞ、と生真面目に振仰ぐと、トラスフィはすこぶる機嫌が悪いまま、苛立たしそうにサングラスの奥から睨みつけてきた。
「人を馬鹿にしやがって!」
「なんだ、一体」
「ルワンが動いてるじゃねえか!」
「ああ」
「ああ、じゃねえ、ああじゃっ!」
トラスフィは噛みつくように唸って、どうぞ、とシューラが差し出した濡れ手ぬぐいを、おう、すまねえ、と受け取った。ぐるぐる顔や首を拭きながら、
「あの糞餓鬼ゃ、人の鼻先でこっちがネフェルんとことやりあってんのいいことに、薄笑いして『塔京』に滑り込みやがった!」
「……トラスフィ」
それはな、実は、と言いかけたのを、
「待った、わかってる、もうルワンに聞いた、ハイトを探るんだろ」
「そうだ」
「なら、こっちに知らせるか、俺にやらせりゃよかっただろうが!」
こっちはあんたのやりたいことはちゃあんといつも呑み込んできたはずだぜ。
舌打ちしながら吐き捨てられてオウライカは苦笑した。
「黙ってこっちを陽動に使うってのは、どうせルワンの発想だろ、いけすかねえやつだ」
「…すまない」
「……あんたを責めてんじゃねえよ」
オウライカが改めてぺこりと頭を下げると、トラスフィが口ごもった。
「けど、俺だってあんたの役には立てるだろが?」
何もあんなねずみ野郎を使わなくてもよ。
いまいまし気にぼやくトラスフィに、とにかく膳を持ってきてやってくれ、とミコトに言い付け、オウライカは笑みを深めてトラスフィに向き直った。
「君は目立つんだ」
「あん?」
「大人しくしていられないだろう?」
「あんたに言われたかねえよ…」
トラスフィが鼻白んで、ふとようやく布団で横になっているカザルに気付いた。
「どうしたんだよ、こいつ」
「『夢喰い』に持っていかれたようだ」
「はぁ?」
「『夢喰い』っ?」
戻ってきたミコトがトラスフィの前に膳を置いて素頓狂な声をあげる。
「やだ、どうしてカザルくんが……あっ」
「……たぶん、そうだ」
オウライカはミコトに頷いた。
「そっか……カザルくん、オウライカさん恋しいって泣いてばっかりだったから」
「んだ、まだ抱いてねえのか」
「トラスフィ」
「そうなのよ、このおたんちんはこういうところは気が利くんだけど」
ミコトが玄関に放り出してきた五色最中の二箱目を開きながら呆れる。
「人の気持ちには、ほんと鈍感で」
「抱いてねえのに、囲ってんのか、そりゃ廓じゃ通らねえだろう」
「…トラスフィ」
「でしょ? カザルくんだってやっぱり世間体ってものがあんのに」
「そりゃそうだ、オウライカ、これはあんたが悪い」
「……君はどっちの味方なんだ」
さっそく盛ってもらった白飯と漬け物をかき込みながら箸でオウライカを指すトラスフィを、じろりと睨んだ。
「俺? 俺は、ほら、そういうのは苦手だからよ?」
だからいつも女に口説かれたら断らねえんだよ、としらっと言い逃れたが、一転厳しい顔になって、
「けど、どうする気だ? 『夢喰い』に持ってかれてんなら」
そうそう無事に戻ってこれねえだろうが。
「……取り戻す」
オウライカは上着を脱いでベストのボタンを外した。ネクタイを緩め、シャツも緩める。それから、カザルの枕元に座って、白い両頬を包み込み、うっすら汗に濡れた額に頭を押しつけた。
「おいおい、おいおい」
トラスフィが焦ったように背後で唸る。
「一人で『飛び込む』気かよ、戻ってこれねえぜ」
誰か補佐はつけねえのか、おい、ブライアンは何してんだよ。
「大丈夫だ」
騒ぐトラスフィを後目にオウライカは目を閉じる。カザルの身体がかなりひんやりしていて、一刻の猶予もなかった。
「慣れてる」
「慣れてるって、おい、オウライカっ」
「ああ、ライヤーくんでもやったわね」
「ライヤーぁ? そんなこと聞いてねえぞ、オウライカっ!」
ミコトのことばにトラスフィがうろたえた声で喚くのを、静かにしろ、と制した。
「ここに居るなら黙っててくれ。見てられないなら出ていってほしい」
「………俺ぁ、まだ飯の途中なんだよ」
ぼそりと唸ったトラスフィが、後でちゃあんと話聞かせてもらうぜ、と小さな声で凄んだ。
「人を馬鹿にしやがって!」
「なんだ、一体」
「ルワンが動いてるじゃねえか!」
「ああ」
「ああ、じゃねえ、ああじゃっ!」
トラスフィは噛みつくように唸って、どうぞ、とシューラが差し出した濡れ手ぬぐいを、おう、すまねえ、と受け取った。ぐるぐる顔や首を拭きながら、
「あの糞餓鬼ゃ、人の鼻先でこっちがネフェルんとことやりあってんのいいことに、薄笑いして『塔京』に滑り込みやがった!」
「……トラスフィ」
それはな、実は、と言いかけたのを、
「待った、わかってる、もうルワンに聞いた、ハイトを探るんだろ」
「そうだ」
「なら、こっちに知らせるか、俺にやらせりゃよかっただろうが!」
こっちはあんたのやりたいことはちゃあんといつも呑み込んできたはずだぜ。
舌打ちしながら吐き捨てられてオウライカは苦笑した。
「黙ってこっちを陽動に使うってのは、どうせルワンの発想だろ、いけすかねえやつだ」
「…すまない」
「……あんたを責めてんじゃねえよ」
オウライカが改めてぺこりと頭を下げると、トラスフィが口ごもった。
「けど、俺だってあんたの役には立てるだろが?」
何もあんなねずみ野郎を使わなくてもよ。
いまいまし気にぼやくトラスフィに、とにかく膳を持ってきてやってくれ、とミコトに言い付け、オウライカは笑みを深めてトラスフィに向き直った。
「君は目立つんだ」
「あん?」
「大人しくしていられないだろう?」
「あんたに言われたかねえよ…」
トラスフィが鼻白んで、ふとようやく布団で横になっているカザルに気付いた。
「どうしたんだよ、こいつ」
「『夢喰い』に持っていかれたようだ」
「はぁ?」
「『夢喰い』っ?」
戻ってきたミコトがトラスフィの前に膳を置いて素頓狂な声をあげる。
「やだ、どうしてカザルくんが……あっ」
「……たぶん、そうだ」
オウライカはミコトに頷いた。
「そっか……カザルくん、オウライカさん恋しいって泣いてばっかりだったから」
「んだ、まだ抱いてねえのか」
「トラスフィ」
「そうなのよ、このおたんちんはこういうところは気が利くんだけど」
ミコトが玄関に放り出してきた五色最中の二箱目を開きながら呆れる。
「人の気持ちには、ほんと鈍感で」
「抱いてねえのに、囲ってんのか、そりゃ廓じゃ通らねえだろう」
「…トラスフィ」
「でしょ? カザルくんだってやっぱり世間体ってものがあんのに」
「そりゃそうだ、オウライカ、これはあんたが悪い」
「……君はどっちの味方なんだ」
さっそく盛ってもらった白飯と漬け物をかき込みながら箸でオウライカを指すトラスフィを、じろりと睨んだ。
「俺? 俺は、ほら、そういうのは苦手だからよ?」
だからいつも女に口説かれたら断らねえんだよ、としらっと言い逃れたが、一転厳しい顔になって、
「けど、どうする気だ? 『夢喰い』に持ってかれてんなら」
そうそう無事に戻ってこれねえだろうが。
「……取り戻す」
オウライカは上着を脱いでベストのボタンを外した。ネクタイを緩め、シャツも緩める。それから、カザルの枕元に座って、白い両頬を包み込み、うっすら汗に濡れた額に頭を押しつけた。
「おいおい、おいおい」
トラスフィが焦ったように背後で唸る。
「一人で『飛び込む』気かよ、戻ってこれねえぜ」
誰か補佐はつけねえのか、おい、ブライアンは何してんだよ。
「大丈夫だ」
騒ぐトラスフィを後目にオウライカは目を閉じる。カザルの身体がかなりひんやりしていて、一刻の猶予もなかった。
「慣れてる」
「慣れてるって、おい、オウライカっ」
「ああ、ライヤーくんでもやったわね」
「ライヤーぁ? そんなこと聞いてねえぞ、オウライカっ!」
ミコトのことばにトラスフィがうろたえた声で喚くのを、静かにしろ、と制した。
「ここに居るなら黙っててくれ。見てられないなら出ていってほしい」
「………俺ぁ、まだ飯の途中なんだよ」
ぼそりと唸ったトラスフィが、後でちゃあんと話聞かせてもらうぜ、と小さな声で凄んだ。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】
海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。
発情期はあるのに妊娠ができない。
番を作ることさえ叶わない。
そんなΩとして生まれた少年の生活は
荒んだものでした。
親には疎まれ味方なんて居ない。
「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」
少年達はそう言って玩具にしました。
誰も救えない
誰も救ってくれない
いっそ消えてしまった方が楽だ。
旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは
「噂の玩具君だろ?」
陽キャの三年生でした。
【R18】奴隷に堕ちた騎士
蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。
※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。
誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。
※無事に完結しました!
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる