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33.『美姫』(2)
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しかし、ならば一層『隊長』のカークに対する勘働きは信じていいもの、かなり確実なものだということになる。なまじ側に居ないから、カークの変化をはっきり感じ取ったとも言えるかも知れない。
「……ずいぶん……綺麗ですね」
『隊長』の意識から読み取ったカークの紋章イメージは、鮮紅色に染まったガラスの鎖だ。今にも切れそうな繊細な造りなのに、ところどころにぎちりと黒光りする金属の飾りが嵌まっている。
昔『塔京』で出会ったカークは真っ黒で隙なく硬質な金属の細工物のようだったのに、と思い出してみて、あ、違う、と気付いた。
この鮮紅色のガラスは硬質な金属の中にあったものだ。囲まれ守られてきちんとまとまっていたはずのものが、今はなぜか外気に晒され引き延ばされて、しかもあちこち緩んでいる。
あえて比較すれば、この儚さは風に舞うオウライカの『蝶』に似ているかもしれないが、オウライカの『蝶』は変態と無限の転生を含み魔性の空間を軽々翔び抜ける底知れなさが怖い。それを思うと、『隊長』の中にあるこのカークのガラスの鎖は指先で絡めれば一気に砕け落ちそうだ。おまけに、
「…あ」
「何だよ、さっきから」
「……まさか……ひょっとして」
読み取った紋章を追い掛けていたライヤーは、含まれた甘い悲鳴に気付いて丁寧に拾い上げた。それはまぎれもなく、いつかの夢に聞いた声の響きを持っている。
『いいよ、いって』
『…あ……ぁあ……っっ』
許可を与えたのに応じ、堪え切れないように悦びの喘ぎを漏らして仰け反った身体。
「繋がった、のかな」
けれど、まだ顔も合わせていないのにどうして。ずっと昔『塔京』に忍び込もうとして打ち据えられたときに一瞬絡んだ視線だけでは、それほどの繋ぎはつけられないだろうに。
僅かに眉を寄せるライヤーに、『隊長』はぼそぼそと呟いた。
「ま、いいけどよ。俺でもちょっとやばい時にはやばいから、カークの間近でうろうろしてる奴はクルだろうな、あれは。けど、そんな男じゃなかったんだ。そんな男なら『塔京』を仕切れていねえはずだ」
「ふぅん」
そんなに危うげになっている、とは。オウライカの懸念も満更外れていないということか。
「けどよ、あれは手ぇ出すもんじゃねえと思うな」
ふぅ、と『隊長』がコップを煽って息を吐き、結論するように言い切った。
「色っぽいとか権力とかじゃなくてよ」
「……どうして?」
「あれに手を出すと、こっちの領分を侵される」
『隊長』は冷えた目の色になった。
「魔王じゃねえよ、今のあいつはまんま魔界の入り口みてえだ」
手を出したら最後、一気に飲み込まれて破滅するまで逃れられねえ。
『隊長』が殺気立って呟いた低い声音には、微かだが男の欲望が動いた気配がある。ふいとそれが不愉快になった。
「いいんですか、そんなこと言って」
「あん?」
「ファローズさんはずいぶん可愛かったけど」
「っ」
睨みつける『隊長』をしらっと見返して、
「一度だけ、追い詰めたときにいい声で呼んだ名前があるんですけど」
「なに」
ちょいちょい、と手招きする。『隊長』が不快そうな顔をずいと近付けてくる、その耳にこっそりとその名前を囁いてやった。
「…っっ! まっ、まじっ?」
「呼んだとたんに我に返って、真っ青になって口止めされちゃいましたけど、ほら、僕は酷い男だし、今夜は酒の席だし、相手は『隊長』さんだし、ね」
「いやっ、待てっ、待てっ、ってことは、えっ、何っ、ユン、実は俺……っ」
「ファローズさんは、ほんとは僕が欲しいんじゃないと思いますよ?」
にっこり笑ってとどめを刺すと、真っ赤になった『隊長』はいきなりがたりと椅子を立った。
「?」
奥からビールジョッキと『流れ盛』を一升下げて戻ってくる。
「あの…」
「飲め」
「はぁっ?」
どぼどぼとジョッキに酒を注ぎ込み、縁までなみなみと満たしてから、『隊長』はそれをライヤーの前に押し出した。
「別れの盃だ」
「ジョッキですけど」
「もう二度と戻って来るな」
「水盃っていいませんか」
「俺のおごりだ、一気にいけ」
「え、そんなのとても………仕事中ですし」
「俺の酒が飲めねえってのか」
「……飲みます」
深く溜め息をついてジョッキを抱えたライヤーに、『隊長』はそうだそうだ、きれいに飲んで二度と帰ってくんな、なんならカークにさっさと食われて地獄の底まで落ちてこい、と大笑いした。
「……ずいぶん……綺麗ですね」
『隊長』の意識から読み取ったカークの紋章イメージは、鮮紅色に染まったガラスの鎖だ。今にも切れそうな繊細な造りなのに、ところどころにぎちりと黒光りする金属の飾りが嵌まっている。
昔『塔京』で出会ったカークは真っ黒で隙なく硬質な金属の細工物のようだったのに、と思い出してみて、あ、違う、と気付いた。
この鮮紅色のガラスは硬質な金属の中にあったものだ。囲まれ守られてきちんとまとまっていたはずのものが、今はなぜか外気に晒され引き延ばされて、しかもあちこち緩んでいる。
あえて比較すれば、この儚さは風に舞うオウライカの『蝶』に似ているかもしれないが、オウライカの『蝶』は変態と無限の転生を含み魔性の空間を軽々翔び抜ける底知れなさが怖い。それを思うと、『隊長』の中にあるこのカークのガラスの鎖は指先で絡めれば一気に砕け落ちそうだ。おまけに、
「…あ」
「何だよ、さっきから」
「……まさか……ひょっとして」
読み取った紋章を追い掛けていたライヤーは、含まれた甘い悲鳴に気付いて丁寧に拾い上げた。それはまぎれもなく、いつかの夢に聞いた声の響きを持っている。
『いいよ、いって』
『…あ……ぁあ……っっ』
許可を与えたのに応じ、堪え切れないように悦びの喘ぎを漏らして仰け反った身体。
「繋がった、のかな」
けれど、まだ顔も合わせていないのにどうして。ずっと昔『塔京』に忍び込もうとして打ち据えられたときに一瞬絡んだ視線だけでは、それほどの繋ぎはつけられないだろうに。
僅かに眉を寄せるライヤーに、『隊長』はぼそぼそと呟いた。
「ま、いいけどよ。俺でもちょっとやばい時にはやばいから、カークの間近でうろうろしてる奴はクルだろうな、あれは。けど、そんな男じゃなかったんだ。そんな男なら『塔京』を仕切れていねえはずだ」
「ふぅん」
そんなに危うげになっている、とは。オウライカの懸念も満更外れていないということか。
「けどよ、あれは手ぇ出すもんじゃねえと思うな」
ふぅ、と『隊長』がコップを煽って息を吐き、結論するように言い切った。
「色っぽいとか権力とかじゃなくてよ」
「……どうして?」
「あれに手を出すと、こっちの領分を侵される」
『隊長』は冷えた目の色になった。
「魔王じゃねえよ、今のあいつはまんま魔界の入り口みてえだ」
手を出したら最後、一気に飲み込まれて破滅するまで逃れられねえ。
『隊長』が殺気立って呟いた低い声音には、微かだが男の欲望が動いた気配がある。ふいとそれが不愉快になった。
「いいんですか、そんなこと言って」
「あん?」
「ファローズさんはずいぶん可愛かったけど」
「っ」
睨みつける『隊長』をしらっと見返して、
「一度だけ、追い詰めたときにいい声で呼んだ名前があるんですけど」
「なに」
ちょいちょい、と手招きする。『隊長』が不快そうな顔をずいと近付けてくる、その耳にこっそりとその名前を囁いてやった。
「…っっ! まっ、まじっ?」
「呼んだとたんに我に返って、真っ青になって口止めされちゃいましたけど、ほら、僕は酷い男だし、今夜は酒の席だし、相手は『隊長』さんだし、ね」
「いやっ、待てっ、待てっ、ってことは、えっ、何っ、ユン、実は俺……っ」
「ファローズさんは、ほんとは僕が欲しいんじゃないと思いますよ?」
にっこり笑ってとどめを刺すと、真っ赤になった『隊長』はいきなりがたりと椅子を立った。
「?」
奥からビールジョッキと『流れ盛』を一升下げて戻ってくる。
「あの…」
「飲め」
「はぁっ?」
どぼどぼとジョッキに酒を注ぎ込み、縁までなみなみと満たしてから、『隊長』はそれをライヤーの前に押し出した。
「別れの盃だ」
「ジョッキですけど」
「もう二度と戻って来るな」
「水盃っていいませんか」
「俺のおごりだ、一気にいけ」
「え、そんなのとても………仕事中ですし」
「俺の酒が飲めねえってのか」
「……飲みます」
深く溜め息をついてジョッキを抱えたライヤーに、『隊長』はそうだそうだ、きれいに飲んで二度と帰ってくんな、なんならカークにさっさと食われて地獄の底まで落ちてこい、と大笑いした。
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