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30.『魂まで奪うなかれ』(1)
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「……ねえ」
「ん?」
くたっと布団に寝そべったままのカザルは、側で身支度を整えているオウライカを見上げた。
「もう帰んの?」
「ああ」
背中を向けたオウライカが少し手を止める。
「まだ夜中にもなってないのに」
「……急用を思い出した」
「……俺、抱いてくれてないじゃん」
「……そうだな」
押し倒されて口を貪られて、そのまま一気に扱きあげられてイかされて。慣れた手順、滑らかな動き、襦袢で丁寧に下半身を拭われて、そのまま隣室の布団に素裸で寝かされて。てっきりこのまま抱いてもらえるのだとばかり思っていたら、オウライカはカザルだけを横たえてぽんぽんと上掛けを叩いて立ち上がった。
そのままくるりと背中を向けて、乱れた着衣を整え出したオウライカに、ようやくカザルは、独り、またここに残されるのだと気がついた。
「……なんで…」
「ん」
「なんでさ……なんでもう…」
抱いてくんないの?
「俺」
嬉しくてせっかちに求め過ぎた?
感じ過ぎて誘えもしないで駆け上がった?
それとも。
「汚い?」
「そんなことはない」
ちら、と微かに振り返った黒い瞳は戸惑うように揺れている。そこに今まで見たこともないような不安な色を見て取って、カザルも落ち着かなくなった。体を起こそうとして、腕をつきかけ、
「あ、れ…」
へたりと力をなくして布団に落ちる。
「なんで……?」
全身に力が入らない。腕だけじゃない、腹にも脚にも重ったるい熱が籠って腫れあがっているように動けない。
こんなことは経験したことがなくて、瞳を瞬いて戸惑う。
「力……入らないや…」
ぴく、とオウライカがまた動きを止めて、今度は肩越しに振り返った。
「苦しいか?」
「ううん……けど……なんで…??」
散々酷く抱かれたこともあったし、拷問まがいのことも全く知らないわけじゃない、けれどもそのどれとも、この身動きできない感覚は違う。痛みや傷で動けないのではなくて、体を動かす気力も体力も残っていないような感じ、あえて言えば三日三晩抱かれ続ければ、こんな感じになるだろうか。頭の中にもねっとりとした霧がかかっているようで、高熱を出して寝ついたときと似ている。
「しばらく寝ていればよくなる。リヤンに世話を言い付けておく」
「ふぅん…」
オウライカがはっきり困った顔になったのを見つけて、カザルは目を細めた。微かな火花のような勘に口を開く。
「オウライカさん?」
「なんだ」
「なんで俺、動けないの?」
「………なぜ私に尋ねる」
「なんか知ってそうだから」
「……」
「図星?」
はぁ、とオウライカは深い溜め息をついた。
「………ちょっと奥まで入り過ぎた」
「……入ってくれてないじゃん」
「そっちじゃない」
ますます困った顔になったオウライカが諦めたように向きを変えて、カザルを覗き込んでくる。伸ばされた指が静かに火照った額に当てられ、綺麗な水がしみ通ってくるような気がして、うっとりと目を閉じる。
「……気持ちいい……」
「加減はしたんだがな……半分は君のせいだぞ」
「……俺…?」
「………そうだ」
「なんで」
「………すがりつかれるとは、思わなかった」
「あ……」
見開いた目に深々と見つめている瞳が飛び込んできて、一気に顔が熱くなった。
「……辛かったのか?」
「…う…」
だって。
だって。
だって。
「………来てくんなかった」
「……」
零れた声にオウライカも目を見開く。黒々と濡れた瞳が視界を満たす。あまりにも意外そうな顔がひどく悔しくて、カザルは唇をへの字に曲げた。
「俺、待ってたのに」
どうしたんだろう、とカザルはぼんやり思う。なんだか俺、子どもみたい。うんと素直にどんどん気持ちが話せてしまう。
「ずっとずっと待ってたのに」
「……すまない」
低く穏やかに謝られて、それがひどく卒なく響いて一層悔しくなる。
「すまないって何、すまないって」
絡んだ口調は自覚した、それでも。
「……」
「俺を『塔京』から連れてきたの、オウライカさんでしょ? 俺を抱いたの、オウライカさんでしょ? 俺をここに預けたの、オウライカさんでしょ?」
言ってることは支離滅裂だったけれど、今はとにかくオウライカに甘えてすがりたかった。
「俺がどんな気持ちで待ってたと思うの。どんな気持ちで毎日毎日あんたが来ないって表見てたと思うの」
こんなこと言っても絶対わかんないんだ、だってこの人、鈍感で『おたんちん』なんだもん。
「どんな気持ちであの蝶を……っ」
「ん?」
くたっと布団に寝そべったままのカザルは、側で身支度を整えているオウライカを見上げた。
「もう帰んの?」
「ああ」
背中を向けたオウライカが少し手を止める。
「まだ夜中にもなってないのに」
「……急用を思い出した」
「……俺、抱いてくれてないじゃん」
「……そうだな」
押し倒されて口を貪られて、そのまま一気に扱きあげられてイかされて。慣れた手順、滑らかな動き、襦袢で丁寧に下半身を拭われて、そのまま隣室の布団に素裸で寝かされて。てっきりこのまま抱いてもらえるのだとばかり思っていたら、オウライカはカザルだけを横たえてぽんぽんと上掛けを叩いて立ち上がった。
そのままくるりと背中を向けて、乱れた着衣を整え出したオウライカに、ようやくカザルは、独り、またここに残されるのだと気がついた。
「……なんで…」
「ん」
「なんでさ……なんでもう…」
抱いてくんないの?
「俺」
嬉しくてせっかちに求め過ぎた?
感じ過ぎて誘えもしないで駆け上がった?
それとも。
「汚い?」
「そんなことはない」
ちら、と微かに振り返った黒い瞳は戸惑うように揺れている。そこに今まで見たこともないような不安な色を見て取って、カザルも落ち着かなくなった。体を起こそうとして、腕をつきかけ、
「あ、れ…」
へたりと力をなくして布団に落ちる。
「なんで……?」
全身に力が入らない。腕だけじゃない、腹にも脚にも重ったるい熱が籠って腫れあがっているように動けない。
こんなことは経験したことがなくて、瞳を瞬いて戸惑う。
「力……入らないや…」
ぴく、とオウライカがまた動きを止めて、今度は肩越しに振り返った。
「苦しいか?」
「ううん……けど……なんで…??」
散々酷く抱かれたこともあったし、拷問まがいのことも全く知らないわけじゃない、けれどもそのどれとも、この身動きできない感覚は違う。痛みや傷で動けないのではなくて、体を動かす気力も体力も残っていないような感じ、あえて言えば三日三晩抱かれ続ければ、こんな感じになるだろうか。頭の中にもねっとりとした霧がかかっているようで、高熱を出して寝ついたときと似ている。
「しばらく寝ていればよくなる。リヤンに世話を言い付けておく」
「ふぅん…」
オウライカがはっきり困った顔になったのを見つけて、カザルは目を細めた。微かな火花のような勘に口を開く。
「オウライカさん?」
「なんだ」
「なんで俺、動けないの?」
「………なぜ私に尋ねる」
「なんか知ってそうだから」
「……」
「図星?」
はぁ、とオウライカは深い溜め息をついた。
「………ちょっと奥まで入り過ぎた」
「……入ってくれてないじゃん」
「そっちじゃない」
ますます困った顔になったオウライカが諦めたように向きを変えて、カザルを覗き込んでくる。伸ばされた指が静かに火照った額に当てられ、綺麗な水がしみ通ってくるような気がして、うっとりと目を閉じる。
「……気持ちいい……」
「加減はしたんだがな……半分は君のせいだぞ」
「……俺…?」
「………そうだ」
「なんで」
「………すがりつかれるとは、思わなかった」
「あ……」
見開いた目に深々と見つめている瞳が飛び込んできて、一気に顔が熱くなった。
「……辛かったのか?」
「…う…」
だって。
だって。
だって。
「………来てくんなかった」
「……」
零れた声にオウライカも目を見開く。黒々と濡れた瞳が視界を満たす。あまりにも意外そうな顔がひどく悔しくて、カザルは唇をへの字に曲げた。
「俺、待ってたのに」
どうしたんだろう、とカザルはぼんやり思う。なんだか俺、子どもみたい。うんと素直にどんどん気持ちが話せてしまう。
「ずっとずっと待ってたのに」
「……すまない」
低く穏やかに謝られて、それがひどく卒なく響いて一層悔しくなる。
「すまないって何、すまないって」
絡んだ口調は自覚した、それでも。
「……」
「俺を『塔京』から連れてきたの、オウライカさんでしょ? 俺を抱いたの、オウライカさんでしょ? 俺をここに預けたの、オウライカさんでしょ?」
言ってることは支離滅裂だったけれど、今はとにかくオウライカに甘えてすがりたかった。
「俺がどんな気持ちで待ってたと思うの。どんな気持ちで毎日毎日あんたが来ないって表見てたと思うの」
こんなこと言っても絶対わかんないんだ、だってこの人、鈍感で『おたんちん』なんだもん。
「どんな気持ちであの蝶を……っ」
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