『DRAGON NET』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
192 / 213

105.『決意を翻すなかれ』(1)

しおりを挟む
 一瞬光が視界を奪い、目が灼かれたのかと思った。
 激痛走る両眼をこぶしで覆い、それはまるで幼子が道に迷って泣くような様であると気づいて、のろのろと手を降ろし、目を開ける。
 赤竜の洞窟は膨大な熱量と底知れぬ輝きに満ちたものだった。
 ならばこの空間は何と表現すれば良いのだろう。
 きらきらと。
 きらきらきらと。
 音にならない微かな音色が響き渡っている。
「ここは…」
 我が住処。
 うわぁん、と内側から細胞を震わせるように届く声。
「誰だ」
 知っているはず。
「私が?」
 誰もがここを知っているし、誰もが我を知っている。
「誰もが?」
 訝しむオウライカを、声の主はからからと笑った。
 ここから生まれここに戻る、命の道と言えば思い出そうか。
「いのちの、みち」
 聴こえた声を繰り返した途端、きらきら眩いだけだった世界に陰影が生まれた。空中に文字を描くように踊ったのは黒蝶、再び封じ込められるのかと体を強張らせた次の瞬間には寄り集まりみるみる遠ざかって周囲の黄金色を削る影となる。遠く近く濃淡が刻まれて見えたきたのは。
「……金の滝、か」
 周囲を取り囲むように黄金の流れが遥か高空より降り落ちてきて、彼方の下方へ吸い込まれて行く。見上げても見下ろしても、降り落ちる場所吸い込まれる場所は光の消失点となり霞んでいる。
「凄い量の水だな」
 水ではない。よく見てみろ。
 促されて目を凝らすと、時が歩みを緩めたのか、落ちて行く一粒一粒が見えた。
「…砂…?」
 よく知っているだろう。
「ああ…ライヤーの『紋章』に見た…」
 いや、もっと昔、あの星で。
「星…?」
 それはつどつど蘇る記憶の、頭上の月の光景か、と尋ねかけた瞬間に皮膚が粟立った。
「いや…違う…」
 違うことなどあるものか。
「そんな、風には」
 見ていなかった、とでも?
「私は…」
 呼吸が速くなる。
 生存するものは5%、うまく行けば8%。
「俺は…」
 脳裏によぎる『桜樹』の計画、人類存続の切り札を考えていた、唯一無二の救いの計画だとばかり。
 周囲に雪崩れ落ちていた、黒蝶に縁取られた黄金の砂粒の一粒が、突然流れから飛び出し目の前に迫る。
 その一粒が、遠方に見えていたからこその砂であって、近づいてくるに従って人の形を取り目鼻がはっきりしてくるのに歯の根が合わなくなる。
「俺、は」
 そら。
 車椅子に乗っている。四肢は拘縮し、食事はスープのようなものを介助されて数口。生きること全てに人の手がいる、小さな老婆。それでも艶やかに澄む黒い瞳に自分が映っていると気づいて、目をそらせた。
『そら』
『問題ない』
『彼女は救助対象に入っていない』
『必要がない』
『しかし』
『彼女の遺伝子は俺が保持している』
『そら』
『救うわけにはいかない、だって「SORA」の設計者はこいつなんだぞ!』
 突き刺す指を止められなかったのは、非情な運命に抗いたかったから。
『あんな人殺しの道具に息子の名前を使うような親を救う必要なんてない!』
 世界が破滅して行くのを見守るしかなかった、圧倒的な破壊力の前に屈するしかなかった、その名前を嘆きと恐怖で呼ばれるたびに、どれほど心は傷つけられたか。
 まるで己が滅亡の鍵であるかのように。
「…なぜだ…」
 オウライカは喘いだ。
「なぜ、あんなことを……あんなものを…考えて…」
 母親と同じ遺伝子が、別の形で人類を消滅させることを望んだのか。
 『SORA』と『桜樹』に何の違いがあったのか。
 あかねを放つわけにはいかなかった、自らの遺伝子こそが害悪ならば、新しい世界に残すわけにはいかなかった、断じて。
 だから、もりとを…?
「違う……違う……違う……」
 違う違う違う。
 オウライカは老婆の前に崩れ落ち座り込む。
 何が違う、どこが違う、どうして違う。
 運命を背負っている顔をして、救いの手を差し伸べているつもりで、自分こそが望んでいたのではないか。
 人よ滅べ。
 世界よ消えてなくなれ。
 こんなに醜くこんなに無様な姿ならば、残す意味などないはずだ。
 そうして誰よりも自分を憎んでいた。
 誰よりも自分を殺したかった。
 けれど自分では選ぶことなどできなかった、そんなに愚かな自分でも、愛しくて。
 だから、誰かに望まれたかった、生きていて欲しいと、ただそれだけを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

永遠の快楽

桜小路勇人/舘石奈々
BL
万引きをしたのが見つかってしまい脅された「僕」がされた事は・・・・・ ※タイトル変更しました※ 全11話毎日22時に続話更新予定です

旦那様、お仕置き、監禁

夜ト
BL
愛玩ペット販売店はなんと、孤児院だった。 まだ幼い子供が快感に耐えながら、ご主人様に・・・・。 色々な話あり、一話完結ぽく見てください 18禁です、18歳より下はみないでね。

ご主人様に調教される僕

猫又ササ
BL
借金のカタに買われた男の子がご主人様に調教されます。 調教 玩具 排泄管理 射精管理 等 なんでも許せる人向け

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

【R18】黒曜帝の甘い檻

古森きり
BL
巨大な帝国があった。 そしてヒオリは、その帝国の一部となった小国辺境伯の子息。 本来ならば『人質』としての価値が著しく低いヒオリのもとに、皇帝は毎夜通う。 それはどんな意味なのか。 そして、どうして最後までヒオリを抱いていかないのか。 その檻はどんどん甘く、蕩けるようにヒオリを捕らえて離さなくなっていく。 小説家になろう様【ムーンライトノベルズ(BL)】に先行掲載(ただし読み直しはしてない。アルファポリス版は一応確認と改稿してあります)

処理中です...