『DRAGON NET』

segakiyui

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103.『月に至るなかれ』(1)

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 眼下に、時に彼方に、時に足元に捉えた円盤が近づいて来ていた。
「そうか、ここが『あの場所』だったのか」
 輿の上から覗き込み、オウライカは懐かしさと胸苦しさが交錯する思いで呟く。
 話には聞いたことがあった。すでに滅びた『獄京』『伽京』、そして今まさに滅びに喘ぐ『塔京』『斎京』をある法則で結ぶ位置に、その幻の都市はあるはずだと。
 彼方の天体へ人を打ち出す装置が作られ、それを管理する仕掛けが生み出され、今残っている『塔京』『斎京』合わせたよりも遥かに多くの人間が生活していたという『中央京』。
 その都市の記憶を元に、それぞれの都市を形作る理念を加えて構築されたのが、『斎京』の中央宮、『塔京』の中央庁であるとも言われる。
 だが、その都市の位置はどんな記録にももう残されていなかった。
 四つの都市が栄えるうんと前に繁栄して滅びた歴史の遺物。
 管理者が滅びた後は、その都市は閉ざされ、封じられ、地下深くにその存在を秘されたと聞く。
「もっと広大な場所だったような気がしたが」
 自分なのに自分でないような奇妙な感覚のまま、オウライカは呟く。
「彼方の時代には大陸だったとも言われております」
「ここだけが残されたのか」
「月より帰る道なれば、何かの約束が働いたのでしょう」
 先を行く一つ目の女もまた、眼下を見下ろし頷き、ゆっくりと上空を見上げた。
 真上にいつの間にか月が昇っている。
 静かに明るい光の円盤。
 地上の底と呼応するように輝きを増して目に沁みる。
『あああ』
 たった一度の過ちだった。
『やめ、やめて…っ、…っ』

 そらが地上に降下した時、必要なスタッフも器材もシステムも全て揃っていた。
 予測値はほとんど狂っておらず、数値を見て『うさぎ』のメンバーは成功を確信した。
「大丈夫だ、これなら行ける」
 そらの宣言に歓声が湧く。
 『うさぎ』から同時に行方不明になったとされるもりと、同じく少しずつ表舞台から姿を決して『桜樹』システムの『大樹』に潜伏していた仲間は、『SORA』の地上攻撃直前に全ての準備を整え、その時を待っていた。
 あとは最終調整を済ませた『うさぎ』からあかねと数人が降りてくれば、『桜樹』プロジェクトは動き出す。
 だが計算外のものがあった。
 人の傷、だ。
「…っ」
 『SORA』の攻撃が始まる。
 容赦なく全てを破壊し貫いていく光に、地上が灼かれて行く。
「……、」
 モニター室から一人が走り出して行く。トイレに駆け込んだのだろうか、遠くで呻きが聞こえる。ドスン、と壁際に座り込んだ者がいる。頭を覆い、口を押さえる。
「こんな…っ」
 掠れた囁きが悲鳴を宿す。
「…本当、に…っっ」
 予想していた。
 想像していた。
 画像も音声も、それまで作られた多種多様なジェノサイド系の、災害系の、ゾンビ系の、つまりはありとあらゆる破滅を描いたものより優ってはいなかっただろう、惨さにおいて。
 自分達が灼かれているのではない。自分達が刻まれているのではない。自分達が苦しみ悶えているのではない。だが。
 人間とは集団の生き物だと断じたのは、どの時代の生物学者だったか。
 ぶつっ。
 そらは映像を切った。音声を断った。
 振り向いた瞬間に、自分が致命的なミスを犯したことに気がついて、耳鳴りを感じた。
 見返すどの顔も死人のようだった。
 見開いた瞳、真っ青な頬、真っ白な唇、誰もが震え怯え引きつっている。
 口に出されない問いかけは明瞭だった。
 なぜ、俺たちは生きているのか?
「…計画通りだ」
 そらは形になっていない問いに答えた。
「問題はない。うまく行っている」
 誰も答えない。
 『うさぎ』から降下した時に迎えられた興奮も熱気も消え失せていた。
 一人一人を見渡すそらの脳裏に、月から地球へ近づいた時の視界が戻る。
 闇の中にキラキラと輝く地球へ近づくにつれ、感じたことのない心細さが募った。
 なんという巨大なもの。
 なのに、この星が消滅しても、宇宙に大きな問題は生じないことは証明されている。
 そこへ降りていくそらは、まるでまるで…………小さな雫、いや、霧一粒のようで。
 何をしようとしているのか、我々は。
 地上ではあれほど遠大で素晴らしく、かつてないほどの規模に思えた『桜樹』プロジェクトが、この空間においては全くの無意味にしか思えない。
「…何か不安はあるか?」
 無意識に首を振って、そらは尋ねる。
「僕にはないよ、そら」
 ふいともりとが口を開いた。
「…予想はしていた。僕達はそのために集まったんだろう?」
 静かに優しい声が響く。
「酷いことが起こっているけど、まだ僕達が生きている」
「あ……ああ、そうだな」
 別の人間が頷いた。
「まだ、そうだ、打つ手はあるよな」
「それが俺たちだよな」
「そのために、私達残ったんだもの、そうよね」
 一言ずつに明るむ声にそらは小さく息をついた。
 だが、傷みはそれで終わらない。
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