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99.『昔日を懐かしむなかれ』(3)
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どん、と蒼銀の針が記憶に刺さった。
『それを守りに置いてくよ』
忘れちゃったの、オウライカさん?
大きく開かれて微笑む黄金の瞳が笑う。
『俺、あんたが大事です』
涙が溢れた。
お前を死なせた。
違うよ。
『違うんだ、そら』
作り付けのテーブルにコーヒーを置きながらもりとが首を振った。
『全然違う』
『しかし』
そらは眉をしかめる。
もりとが『桜樹』ではない別のプロジェクトに興味を持っていたと聞かされたのは最近だ。
世界は不安定になりつつあった。不穏な衝突が国家間で繰り返され、十分な解決を見ないまま、次の問題を引き起こしていくのを誰も止められていなかった。
もりとが参加しようと考えていたのは、戦乱で荒らされた国々で傷ついた人々の治癒回復に繋がる研究だった。
『確かに興味はあった、それは認める』
もりとが甘いオレンジの香りをさせる紅茶を含む。最近『うさぎ』に加わったななくという男の好みだったが、そらはあまり好んでいない。
『ななくが誘ってくれていたのも確か。復興には人の回復が必要だと言う考えも変わってないよ、けど無理に「桜樹」に入ったわけじゃない』
コーヒーのカップを掴んで口に持っていく。もりとの淹れたコーヒーは美味い。ひょっとするとあかねよりも。そう考えかけて意識から気持ちを締め出す。
『僕なりによく考えて「桜樹」への参加を申し出たんだ。面白いし……何より君の考えを尊重する……大事にするべきだと思えたんだ』
『…ありがとう』
それほど友人が多いわけではなかった。統率力は認められているが、もりとほど周囲に好かれる人間ではないのは自覚している。
だからこそ、プロジェクトにもりとが必要だった。
『正直なところ、「SORA」が一部の人間に掌握されつつある気配が濃厚だしね。このままで行くと、遠からず始まってしまう気がする。早いほうがいいと思うんだ』
『…ななくは?』
『彼は参加しない。方向が違うと言ってた。けれど「うさぎ」には行ってもいいと言ってる』
『そうか』
月基地『うさぎ』は言わばバックアップのようなものだ。優秀な人間はできるだけ集めておきたい。地球上が『SORA』に穿たれるなら、見捨てるには惜しい人材だ。
『…どれほど残ると思う?』
『……5%は……いや各国の退避策がうまく進んでいれば、8%までは』
『……この間、「SORA」の情報漏洩があったって一つ潰されてたね』
『ここもぼちぼち出せなくなる』
見つめ合う目に緊張する。
『そら』
もりとが尋ねる。
『僕は必要?』
『ああ』
もりとを凝視する。
『必要だ。一緒に』
来てくれ、のことばは重なる唇の間に消える。
『もりと…』
『親愛の、キス』
にこりと相手は笑った。
『僕の国じゃよくあるんだけど?』
『俺のところはやらないな』
ごし、と口を手で擦ると、もりとは笑顔のままでごめん、と謝った。
『それを守りに置いてくよ』
忘れちゃったの、オウライカさん?
大きく開かれて微笑む黄金の瞳が笑う。
『俺、あんたが大事です』
涙が溢れた。
お前を死なせた。
違うよ。
『違うんだ、そら』
作り付けのテーブルにコーヒーを置きながらもりとが首を振った。
『全然違う』
『しかし』
そらは眉をしかめる。
もりとが『桜樹』ではない別のプロジェクトに興味を持っていたと聞かされたのは最近だ。
世界は不安定になりつつあった。不穏な衝突が国家間で繰り返され、十分な解決を見ないまま、次の問題を引き起こしていくのを誰も止められていなかった。
もりとが参加しようと考えていたのは、戦乱で荒らされた国々で傷ついた人々の治癒回復に繋がる研究だった。
『確かに興味はあった、それは認める』
もりとが甘いオレンジの香りをさせる紅茶を含む。最近『うさぎ』に加わったななくという男の好みだったが、そらはあまり好んでいない。
『ななくが誘ってくれていたのも確か。復興には人の回復が必要だと言う考えも変わってないよ、けど無理に「桜樹」に入ったわけじゃない』
コーヒーのカップを掴んで口に持っていく。もりとの淹れたコーヒーは美味い。ひょっとするとあかねよりも。そう考えかけて意識から気持ちを締め出す。
『僕なりによく考えて「桜樹」への参加を申し出たんだ。面白いし……何より君の考えを尊重する……大事にするべきだと思えたんだ』
『…ありがとう』
それほど友人が多いわけではなかった。統率力は認められているが、もりとほど周囲に好かれる人間ではないのは自覚している。
だからこそ、プロジェクトにもりとが必要だった。
『正直なところ、「SORA」が一部の人間に掌握されつつある気配が濃厚だしね。このままで行くと、遠からず始まってしまう気がする。早いほうがいいと思うんだ』
『…ななくは?』
『彼は参加しない。方向が違うと言ってた。けれど「うさぎ」には行ってもいいと言ってる』
『そうか』
月基地『うさぎ』は言わばバックアップのようなものだ。優秀な人間はできるだけ集めておきたい。地球上が『SORA』に穿たれるなら、見捨てるには惜しい人材だ。
『…どれほど残ると思う?』
『……5%は……いや各国の退避策がうまく進んでいれば、8%までは』
『……この間、「SORA」の情報漏洩があったって一つ潰されてたね』
『ここもぼちぼち出せなくなる』
見つめ合う目に緊張する。
『そら』
もりとが尋ねる。
『僕は必要?』
『ああ』
もりとを凝視する。
『必要だ。一緒に』
来てくれ、のことばは重なる唇の間に消える。
『もりと…』
『親愛の、キス』
にこりと相手は笑った。
『僕の国じゃよくあるんだけど?』
『俺のところはやらないな』
ごし、と口を手で擦ると、もりとは笑顔のままでごめん、と謝った。
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