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4.天使死す

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 バランスの取れた十分な朝食がすむと、俺は玲奈に誘われ、城の上に上がった。
 周一郎は部屋で仕事があると言って来ていない。
「……と…」
 吹きつけた風にジャンパーの裾がはためく。この旅行のためにわざわざ買った代物だ。
 敏人が殺され、犯人が見つからないままに三日。
 俺と周一郎は捜査上の足止めというやつを食らっていた。遺体は司法解剖に回され、後頭部から数回の殴打による頭蓋陥没によって絶命したことがわかった。凶器は遺体近くに転がっていた青銅製のローレライの置物で、指紋は出ていない。
 犯人として怪しいのは俺と朋子が見た黒づくめの奴だが、アリバイがないという点では、城に居た誰もがほとんど同じ、ただ俺と朋子は何とかお互いにアリバイを証明できそうだ。
 もっとも、どうしてあの時、俺が朋子の部屋に居て、加えて彼女にしがみつかれていたのかについては有り難迷惑な誤解があったみたいだが。
「…なさいね」
「え?」
 ふいに話しかけられて玲奈を振り返る。栗色の髪が風に舞うのを片手で押さえ、俺に聞こえなかったと気づいたのだろう、玲奈はもう一度繰り返した。
「ごめんなさいね」
「何が、ですか?」
 きょとんとする。今のところ、玲奈に突き飛ばされた覚えも足を引っかけられた覚えも、残念なことに色恋沙汰をしかけられた覚えもない。
「せっかくの旅行なのに……嫌な旅行になりましたね」
「え…ああ」
 どう応じていいかわからないまま、頭を掻いた。出逢った時より血の気が失せた瞼の蒼白さ、うっすらと浮かぶ隈が気になる。
「玲奈さんこそ、大変でしょう、これから」
「……」
 玲奈は淋しげに笑った。
「あ、そりゃもちろん、海部運輸の方は大丈夫だろうけど…、っと」
 つい口を滑らせて慌てて押さえた。頬を叩かれたような顔で玲奈が俺を見返し、やがて緩やかに目を細める。
「朝倉さんから聞かれたのね?」
「あ、ええ、その、まあ」
「……悪い女だと思っていらっしゃるんでしょうね」
 再び見開いた玲奈の茶色の瞳が潤んでいた。どきりとして目を逸らせる。
 全く今回はどうしたって言うんだろう。出逢う女性出逢う女性が涙ぐむなんて、天変地異だ、大化の改新だ。
「今さら、どんな言い訳もしませんわ」
 玲奈は眼下に広がる光景に目を向け、静かに呟いた。きれいだとしか言いようのない彫刻じみた整った顔立ちが虚ろな表情をたたえ、しばらく空を見つめて思い出に浸っている。
 俺もまた、手近のざらざらした黄褐色の石に手をつき、目の前に広がる自然の絵画を眺めた。空には白い雲が水彩画のように散り、その下に柔らかく盛り上がる緑は、夏へ向かって眩く輝いている。
 高台にあるレモタント・ローゼ城の頂から見下ろすと、俺達を運んできた道路は細くうねうねと曲がって緑の中に消えていく小さな流れだ。流れていく彼方にはがっしりとした建物がある。幾つか重なりあう城壁に、鋭利に天を刺す尖塔ととずどんと突き立った筒のような塔が見える。ブルク・カッツ城、ねこ城だ。
 同じ方向には有名なローレライの岩があるはずだったが、乱れ重なりあう山の緑は、どれがどれやらわからなくしている。急斜面の薄灰色、灰緑色の畑、やや濃い緑のブドウ畑を辿って下へ降りた視線は、空の青さと山の緑を跳ねる水面を滑る。
 ライン川は日本で考えていたよりもうんと広い川だ。ゆったりとした景色、風は微かに甘い薫りを届け、美しさに声もなく、俺はその風景に魅入られる。
「ドイツが好きですの」
 風に紛れるようにアルトの声が耳に響いた。振り向くと玲奈はローレライの岩の方をうっとりと見つめている。
「人を迷わせたというローレライの伝説が息づく、ここが好きですの」
 と、いきなり、そのことばを際立たせるように歌声が上がった。高く澄んだ声、俺でも知っている調べ、『ローレライ』だ。
 玲奈はびくんと肩を強張らせて我に返り、じっと見つめている俺に気づいて眼下の道を指差した。
「マリーネですわ。ここで働いている者の一人ですけど、あの唄が好きで、いつも歌っているんです」
 俺は、玲奈の白い指先に従って再び見下ろした。
 どちらかというとやせすぎのように見える小柄な少女が、質素な服を翻らせて裏手へ歩いていく。日の光が鮮やかに茶色のおさげに跳ねている。まだ十四、五歳に見える。
「……そう、伝説と言えば」
 少女の姿が消えると、玲奈は唐突に明るく切り出した。さっきまでの、人生の疲れに倦んだ女性の顔は既になく、自信と気品と優雅さに満ちた、海部敏人亡き今となっては、その肩に海部運輸という事業を背負う秘書の顔になっている。
「このレモタント・ローゼ城にも伝説があるんですのよ」
 雲が陽を遮ったのか、周囲は淡い光に包まれた。
「レモタント・ローゼ、というのは、ご存知かしら、二度咲きの薔薇のことですわ。この二度咲き、ということばに特別な意味があるんですの」
 薄く微笑む。
「初代城主がこのレモタント・ローゼ城に入って数年たってから、城主はある娘を娶りました。それは美しく賢い娘で、城主は妻のことを大層気に入っていたのですが、ある日、この妻が『私はもともとここに住んでいた者だ』と言い出したそうです」
 少し息を継いで、声音を改めた。
「『あなたはとてもいい人だから、この城を建て、ここに住むのを許したが、あなたが明日の戦いで死んだ後はもう誰にも住まわせたくない。ついては、あなた亡き後、城の全てを私に譲るように手配してほしい』と」
 その声が、玲奈が居る所より遥か遠くの場所から響いてきたように聞こえて、ごくりと唾を呑む。
「もちろん城主は取り合わず、妻の懇願を聞き入れないまま居たところ、繰り返し繰り返し言い募られて、あまりのしつこさについには剣を振り上げ、斬って捨ててしまったそうです。次の日、城主は思ってもいなかった攻撃を受け、命からがら城に逃げ帰りはしたものの、矢折れ刀尽き敵に追い詰められ、ついには広間で斬り殺されました。ところがその死の寸前に見たのは、死んだはずの妻の顔、意識も朦朧として来た中に、確かに妻の声が耳に届くのです、『殿、今こそ、この城を頂けましょうか』」
 聞こえる声は低い、黄泉の国から響くように。
「苦しい息の下から、城主が妻は何者かと問うと、高く嗤った女が言うことには、『確かに私はあなたの妻、しかしその心を辿れば、この城のあるべき主、不死の女城主と呼ばれておりました』と…」
「っ…」
 突然、荒々しい風が俺を取り巻き、我に返った。ともすれば、その女城主と玲奈が重なりかけるのに抵抗する。翳った光、絵画のような世界、翻り舞う髪の毛に包まれて、怪奇な話を語る美女、このまま物語の中へ呑み込まれるかと思った瞬間、唐突に雲が切れ、天の救いのように陽の光が戻る。
「…それで」
 続いた声音は、さっきまでのおどろおどろしたものではない。微笑を含ませて柔らかな声が、
「生き返った女城主にちなんで、レモタント・ローゼと呼ばれるそうです。今でも、その女城主の肖像画が残っているそうですけれど」
 俺の狼狽に、玲奈の綺麗な唇が綻んだ。
「どうかなさったの?」
「いや、あんまり、その……話が上手かったので」
 怖くて怖くて、とはさすがに言えずにことばを濁す。まあ、と一瞬目を開いてみせた玲奈は、くすくす楽しげに笑いながら続けた。
「笑ったりしてごめんなさい。でも滝さんは真剣に話を聞いて下さる方なのね」
「あ、えーと………単純なんで」
 真剣にも何も、雰囲気ありすぎだろ、萎縮するだろ、俺でなくても!
「そんなことはないわ。あなたはとても……いい人よ」
 うわ。
 玲奈が仕切り直すように奇妙な甘さで囁いてひやりとした。背骨の根っこが縮むような不安感。何かよくないものに目をつけられた、因縁をつけられ絡まれ始めた、そんな感覚。
「お、俺がいい人なら」
 巻き込まれまいと、思わず予防線を張る。
「かえるだってむかでだっていい人ですよ! みみずだってもぐらだって」
 後はあめんぼだったか? いや、これって『みんな友達』ってことになっちまうんじゃなかったか? それはまずいだろ。
「ら、ラーメン作ってくれる人がいい人なぐらい、俺よりうんといい人が居ますよ!」
 日本でラーメンを作れる人口はどれぐらい居るんだろう。製造業とかも入るだろうか。原材料はどうだ。いやそもそも、インスタントラーメンがあるから、一般家庭全て、ガスを扱える年齢以降は全部いい人なはずだ、うんたぶん、あああ、今はIHというのもあるか!
「ま」
 玲奈が吹き出す。物憂げな哀しみを秘めた気配が一気に消え去り、笑う瞳も唇も眩いほどに明るくなる。陽の光が栗色の髪に躍り、雲間から光が差し込む光が天使の後光のように目を射る。
 とてつもなく、綺麗だ。
「…そろそろお昼ですわね」
 見惚れる一方の俺に飽きたのか、玲奈は軽く顔を背けた。
「え、もう、そんなじかっ」
 舌を噛んだ。涙目で見返すと玲奈は振り返り、小さな子どもに言い聞かせるように笑う。
「ええ、そんな時間ですわ」
 さあ行きましょう。
 いたたた、と口を押さえる俺を促して、玲奈は城内に戻り始めた。


「玲奈さんが?!」
 周一郎のことばにぎょっとして振り返る。警察、マスコミ、事業関係者と騒がしい城の一郭の部屋、昼飯を済ませた後だった。
「そうです」
 周一郎は軽く頷き、ゆったりと座ったソファで組んだ脚を組み替えた。目元にはやはり黒々としたサングラス、少年の表情はわからない。
「どうして玲奈さんが疑われる?」
「早過ぎた、というのが警察の見解です」
「早過ぎた? 何が」
「現場に駆けつけるのが」
「いや、だって、誰だって必死になれば火事場の何とやらって」
「敏人の倒れていたのは城の端、書斎にあてている部屋の前の廊下でした。ところが本来、玲奈の部屋は城のもう一方の端です。たとえ悲鳴を聞きつけて走ってきたとしても十分近くかかるはずですが、玲奈は朋子が悲鳴が上がってから五分もかからずに来ている」
 周一郎は静かな声で付け加える。
「悲鳴が聞こえていなかった確率、こっちの方が遥かに高いのですが、そうだったとしてどんなに急いでやってきても二十分はかかるでしょうね、知らせを受けてから、ということだろうから」
「で、でも」
「玲奈にはもう一つ二つ、面倒な問題があります」
 周一郎は淡々と続けた。
「一つは、あのローレライの置物を使えば、女性の力でも十分敏人を殺せたということ。犯人は敏人がまさかと思って背中を向ける相手であったということ…傷の状態から不意打ちではなさそうだということです。もう一つは、敏人の個人名義の財産が、彼が死ねば、どんな理由があっても玲奈に贈られる手続きがされていたこと……」
 周一郎は目を細めた。
「そして、玲奈は早急に金が必要だった」
「は?」
「……『SENS』に始まる違法ドラッグを楽しんでいたようですね」
「……」
 思わず目を見開いた。ドイツが好きですの、と歌うように呟いた玲奈の横顔が脳裏に浮かぶ。気怠さが閃く瞼が蒼白かった。
 じゃあ、玲奈が、麻薬につぎ込む金欲しさに殺人を犯したということか? けれど、そんなことは調べればすぐにわかることだろう。あからさまに怪しいと思われる条件で、そんな危うい橋を渡るほど愚かな女性には見えなかった。
 ふと気づく。
 周一郎は自分の意見を一言も言ってないんじゃないか?
「お前は?」
「…」
 冷ややかな視線が返ってくる。
「お前はどう思ってるんだ、周一郎」
 少年は沈黙している。他に誰か、思い当たる人物でもいるんだろうか。
 やがて、周一郎は薄い唇を開いた。
「僕は、滝さんが見た黒づくめの人間、に引っ掛かっています」
「そ、そうだ! そうだよ!」
 俺は慌てて訴えた。
「悟がいるじゃないか!」
 悟なら敏人への恨みもある、隙を狙っていたそうだから、敏人を殺す可能性は玲奈よりうんと高いはずだ。だが、周一郎はさらりといなした。
「もちろん、玲奈が出来ないというわけじゃありません」
「え?」
「黒づくめの服を着て逃げて、ガウンを羽織って戻って来てもいいんですから」
「あ…」
 確かに、あの時は誰も玲奈のガウンをひっぺがそうなんて考えつかなかった。
「ただ」
「ただ?」
「そうすると、僕には玲奈の意図がわからなくなる…」
 不審気な周一郎のことばに瞬きする。
「何でだ? 玲奈さんは、悟に罪を着せようとしたってことになるんだろ?」
「そうです」
 周一郎はサングラスの奥から、ひた、と俺を見つめた。
「そこが僕にはわからない」
「は?」
 それはよくある話じゃないか。恨みを持っていて、犯人の可能性が高い相手に偽装する、小説でもTVでもよく使われているネタだろう?
「もし…」
「滝さん!」
 いきなりドアが開いて朋子が飛び込んできて、どきっとした。
「ここだって聞いたから!!」
 周一郎が一緒に居るのに気づいて露骨に嫌そうな顔になったが、跳ね飛ぶように俺の側へやってきてきゅっと腕を抱え込む。
「あの、え、あれ?」
「朝は玲奈さんに付き合ったんでしょ。昼はあたしと付き合って!」
 物怖じしない態度、いやむしろ、周一郎を挑発するように、と言うべきか。
「で、でも」
「もう充分話したでしょ、いいじゃない、行こ!」
 俺の腕を抱え込んでぐいぐい引っ張り上げながら、側の周一郎を完全に無視して朋子は笑った。足下にやってきたカッツェも、俺のズボンを銜えて引っ張っていく。絶妙のチームワークだ。
「おい周一郎」
「行って来たらどうです? 話は『充分』済みましたよ?」
 周一郎は素っ気なく言い捨てた。
「お前も来いよ!」
「嫌っ!」
 周一郎が答えるより早く、朋子が喚いた。少年は動じた様子もなく、憎まれるのには慣れていますからね、と言いたげに肩を竦める。
「どうぞ。それに僕は客を待っていますから」
「客?」
「ええ。連絡はついてますから、もうそろそろ来るでしょう」
「誰…ぎゃあっ!」
「滝、さ、ん!」
 いいから来るの。
 俺は、朋子に嫌というほど腕をつねられて吠えた。
「いってらっしゃい」
 周一郎は微笑し、引きずり出されていく俺を見送った。


「嫌いなんだから!」
 まるで腕に這い回る毒虫を見つけたように、朋子は吐き捨てる。
「あの人、ますます嫌いっ!」
 振り返って舌を出し、世界で一番不愉快な場所から逃げるように、どんどん俺の腕を抱えて歩いていく。
「あたしの前であんなふうに笑ったことなんて、一度もないし!」
「えーと」
「周一郎よ!」
 唇を曲げて言い放つ。
「そりゃさ、初めて会った時、かっこいいとは思ったわよ? たった十四で朝倉家を動かしてる天才だって聞いたし、見かけもいいし? …だけど、実際会ってみたらどう? 冷たいしにこりともしないし」
 きゅ、と唇を噛み締める。
「やっと笑ったかと思ったら、嫌ぁな笑い方しかしないし…何かこっちを見透かしてるみたいだし」
 朋子はずんずんと幾つ目かの角を曲がった。
 俺にはもう城のどのあたりにいるのかわからなくなってきていた。帰りは是非、朋子と一緒に帰ろう。置いてけぼりにされてしまうと、道に迷って餓死しそうだ。そもそも、こういうバカだだっ広い家にはそれぞれの角に標識とかつけておいてほしい。こっちが食堂とかこっちが洗面所とか。例えば、もし急にトイレに行きたくなったら、一体どうするんだ……。
「う」
 考えた途端、ぞくりとする。やばい。マジに行きたいかもしれない。
「なのにさっきの顔見た? あんな顔して笑って!」
「あの」
 話し続ける朋子にトイレの場所を尋ねようとするが、相手は俺の声が耳に入ってないようだ。
「あのさ、朋子ちゃ」
「にこ? そうよにこっ、よ! 何よあれは一体! 反則でしょ!」
「あのね」
「ほんと、信じられない!」
「ちょっとあのさ!」
「何よもう!」
 ぎらっと目を光らせて振り向いた相手に、おどおどと尋ねる。
「トイレ、どこ?」
「とい……っ」
 朋子はいきなり吹き出した。
「滝さんも信じらんない!」
 いや信じてくれなくてもいいからとにかくトイレに連れてってくれないと、もっと信じられない事態が出現するぞ、と冷や汗を流している俺を、けらけら笑いながら朋子はトイレに案内してくれた。
「ふ、う……っ」
「…終わった?」
「はいすみました、ありがとう」
 外で待っていた朋子にぺこりと頭を下げる。その俺の仕草がおかしいと、また朋子は笑い転げ、何とか機嫌は直ったようだ。
「これ、今までの城主なんだって」
 トイレから離れていきながら、肖像画のかかる回廊を通り抜けた。
「へえ」
「若い人もいるし、おじいさんも居る。女の人はあまりいないね」
「そうだな…」
 さっさと先を歩いていく朋子にせかせかと付いていきながら、肖像画を覗き込む。
 どれもこれも立派な金縁の額に入り、豪奢な衣服で正装している姿は華々しい。こちらを見つめる目の色は違うが、強い意志をたたえる視線は共通していて、暗い背景をバックに、視線のビームで圧倒される気がする。
「滝さん!」
「あ、はいはい」
 少し先で苛ついた顔で腰に手を当てて待っている朋子に、俺はへこへこと走り寄った。今の状況では、彼女の機嫌を損ねたら最後、俺はこの城の中でサバイバルごっこをすることになるのだ、たぶん。
「何見てたの? 面白い?」
「あ、うん」
「よくわからないな……でも、もっと面白いものがあるわよ、ここには」
 朋子はふいに何を思いついたのか、悪戯っぽく瞳を輝かせた。色白の肌が僅かに紅潮する。
「たとえば、ね」
 つい、と側の柱のレリーフに手を触れる。女神の像のようなレリーフ、その手にある時計の振り子のような部分を数㎜、右へずらせてみせる。
 レリーフが動くだけでもびっくりだが、どこか遠い所からきしる音が響いて、がたんっ、と戸が外れるような音がした。それを待っていたように、朋子が柱の隣の壁を押す。そこがゆっくりと背後に沈み、俺は瞬きした。
「ふふっ」
 嬉しそうに朋子が笑う。
「通路?」
 壁の凝った造形に埋もれてわからなかったが、よく見ると確かに小さなドアが作られている。
「こっちよ」
 朋子はそのドアを開けて俺を呼び、平然と中に入っていく。俺はおそるおそる彼女に続いた。
 中には暗く重い闇が沈んでいる。かび臭い匂いと、得体の知れない妙な空気の流れ。肌寒いのは気温が低いだけじゃないよな、きっと?
 ぼうっといきなり灯がともった。片手に小さな光、ランプのようなものを掲げた朋子が浮かび上がる。次の瞬間、ドシーンと重い音をたてて空間が閉じられ、ランプの光以外は、どちらを向いても原始の闇が広がっている場所に閉じ込められた。
「な、なに?」
 だらしないと思うなら勝手に笑ってくれ。怖いものに対して平然としていられるほど図太くない。いくら可愛い女の子の前でも、怖いものは怖い。
「わ、わっ」
 俺は無言で歩き始めた朋子を慌てて追った。
 光がゆらゆらと様々な影を投げかけ、さながら影の舞踏会……と気取ってみたものの、どうもこう、見えてる以外は真っ暗ってのは始末が悪い。落ち着かない。
 こういうことなら、もう少しのんびりとトイレに居座っておくんだったと後悔しても後の祭り、慣れた様子で歩を進める朋子にぼそぼそと問いかける。
「ここ…一体、どこなんだ?」
「この城の不思議なところ、というか、仕掛けの一つね。この城には、普通の部屋以外にこういう小部屋が幾つも隠されてて…」
 朋子の声が少し途切れた。手探りしていたらしいドアを探し当て、ノブを回すと、キイィィッ、といやったらしい音をたてて木製のドアが開き、ふうっと微かな風が吹いてきた。
 かび臭い匂いが強くなる。
「小部屋と小部屋の間にはこういう通路があるの。昔、敵が攻めてきた時の避難所として使われたって言うけど、どうかな」
 通路は大人の男がやっと通れるぐらい、その中で朋子は不意に立ち止まり、ランプを差し上げて、ある一点を指差した。
「?」
 ランプの光に照らされて、真紅の彩色を施された濃い陰影を宿す薔薇のレリーフが浮かび上がる。中心に暗く虚ろな穴がある。促されて、そこに目を当てた俺はぎょっとした。
 目の前に誰かの寝室が大きく拡大されている。と、正面のドアを開けて一人の女性が入ってきた。濃いワイン・レッドのツーピース、玲奈の姿だ。憂いをたたえた顔が嫌になるほどきれいで、気怠げにこちらへ近づいてくると泣きそうな幼い表情を浮かべて椅子に座り込んだ。が、気を取り直したように立ち上がり、服に手をかけ、ボタンを…。
「どわっ!」
 俺は思わず飛び退いた。
「ね? どう見たって、避難所だけじゃないみたいでしょ」
 朋子が魔的な笑い方をして囁き、先を進んで次の小部屋にランプを差し入れる。人一人ぐらいは寝転べそうなソファに、数百年はそのままだったと言いたげに女もののショールが敷かれている。何に使ったのか、妄想するには充分な場所と暗さだ。
「さ、先行こう、先!」
 俺は慌てて朋子の肩を押した。
 なんつー教育上よろしくないところだ。が、朋子は平気な顔をしていて、慌てている俺がおかしいんじゃない、そういう顔だ。
「こんな通路は城中にあるわけ?」
「うん、大体はね。でも、あたしも全部知ってるわけじゃないけど」
 それじゃあ、と俺は考えた。もし、玲奈がこの通路を知っていたとしたら、普通の経路よりうんと早く来ることもできただろう。
「ひょっとして、さ、玲奈さんの部屋から書斎の方までも…」
「あるわよ」
 朋子はこともなげに頷いた。
「通路使えば半分の時間もかかんないかな。玲奈さんならよく知ってるはずだし、ね」
 にやりと大人びた笑みを浮かべて、一息に続けた。
「おとうさんの愛人だから」
 ごくり、と思わず唾を呑み込んでしまう。
「ううん、だったから、って言うべきだわね。おとうさん死んじゃったんだし」
 朋子は微かに声音を曇らせた。
「あ、と、あの、周一郎の事、知りたがってたんじゃないのかな」
 沈んでくる空気に慌てて話題を変える。こういう薄暗い所で、おもむろに泣き出されでもしたら、非常に困る。幽霊とか物の怪とか、そういうものを呼び込んだらどうするんだ。
「うん………あのね」
 俯いた朋子は、気を取り直したように歩き始めた。
「どうして滝さんみたいな人が、あの周一郎と一緒に居るのかなって思って」
「どうして、って、言われても…なあ」
 あの周一郎。言いたいことはわかる気もするが、まさかこんな難問が戻ってくるとは思わなかった。
「だって、周一郎って、冷たくて生意気で、すごく腹が立つ人間じゃない」
 朋子はばっさり切り捨てる。
「まあ確かに、そういうところもあるけど…わりといい奴なんだぞ」
「どこが?」
「どこがって言われるとなあ」
 首を傾げて唸ってしまう。そんな簡単に説明できるようなものであれば、俺もあいつと付き合うのに苦労なんかしない。
「うん……たぶん、周一郎のそういう面は、一つの仮面なんだと思うな。人との付き合い方がへたって言うのか」
「上手いわよ」
 容赦ない口調。
「自分の感情なんて、これっぽっちも見せずに付き合えるんだから」
「そうじゃなくて、えーと、その、こう、そのまま生で付き合うのがへたって言うか」
 言い澱む。
 周一郎がどんな奴だというのは、俺には何となくわかっているのだが、それを人に説明することばに置き換えるのは難しい。わかりすぎていて言いにくいと言うべきか、それとも、実はまだわからない部分が多過ぎてうまく言えないと言うべきか。……つまりは、周一郎って何なんだ、そういうことなんだろうが。
 今までのことを懐かしい気持ちで思い出す。アルバイトで出会って、子どものくせに気を張り続けているのが痛々しくて、何とか力になってやりたくて、心を開けよ、俺は大丈夫だと手を差し伸べ続けて……そしてようやく引き出せた台詞、『滝さん、一緒に来ませんか?』
 あれはつまり、ようやくあいつの隣には立てたという事なんだろう。
 思わずにまりと笑ってしまう。
「何よ、一人で笑って」
「あ、悪い悪い」
「周一郎も変だけど、滝さんもおかしな人ね。あんな人と付き合って、どこが面白いんだろ」
 朋子は肩を竦めて、妙に光る眼で俺を見つめ返し、唐突にぷいっと顔を背けた。くるりと向きを変え、歩くのを速める。
 何か怒らせるようなことを言ったか? それとも周一郎の端正秀麗な美少年ぶりは万人に有効じゃないってことか? それはそれで心温まる話だよな。
 ちょっとほっとしたとたん、朋子が掲げたランプがみるみる遠ざかっていくのに気がついて慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 俺のことばが聞こえた様子もなく、朋子はますます足を速めていく。うろたえて走り出しかけて、何かに躓きぶっ倒れた。
「ぶ!」
 埃の積った床にもろにのめり、思わず息を吸い込んでむせ返り、盛大に咳き込みながら見上げると、ランプの光は既に小さな点となり、それもやがて、バタンという音とともドアの向こうに消えるのが見えた。
「おい!」
 沈黙。
「朋子ちゃん!」
 なおも沈黙。
「何だってんだよ!」
 ようよう体を起こして喚く。
 何で俺がこんな所でぶっ転んで、置き去りにされねばならんのだ。
「一体俺が何をしたって……したって……」
 ぶつぶつ言いつつ、足首に未だに引っ掛かっているものに手を伸ばし、それに触れた。
 何だろう、細長くて固いもの……わりと軽いけど、何かこう、ぐしゃぐしゃと絡んで、あちこち繋がってるような繋がってないような、しかも布みたいなものも巻き付いてる……?
 手にしたものをそろそろと引き寄せたとたん、ぱっといきなり灯が差し出され、手元のものとご対面する。
「ほねーっ!!」
 真正面から見据える虚ろな眼窩、叫んだ衝撃で揺さぶられ、かくんと顎が外れて開き、しかもぶらーりと垂れた部分に何やらもぞもぞと動くものが…。
「ひえええいっ!」
 絶叫して放り投げると、細く高い声が叫んだ。
「Achtung!」
 同時に腕を強く引っ張られ、別方向へ倒れ込んだとたん、間近に積み上げられていたのだろうか、一気にがらがら崩れてきた箱の下敷きになるのを、かろうじてまぬがれる。
「だ、ダンケシェーン」
 唯一思い出せたドイツ語、べったり尻餅をついた状態ですぐ側に突き出された顔を振り返る。
 顔の両側で三つ編みのお下げが揺れている。驚きに見張った瞳が、箱と、続いて俺を上から下まで眺め、瞬きした。
「Bitte Schön.……Was fehlt Ihnen?」
「え、えっと……どうしたのか、って聞いてくれてるのかな」
 ドイツ語だろうなたぶん。けれど意味がわからない。戸惑いつつ首を傾げる。周一郎でも居てくれると助かるのだが、肝心の時にはいやしねえ! わたわたしている俺を見つめていた少女は、少し考え込んでから、そっと口を開いた。
「ダイ…ジョウ……ブ…?」
 お、日本語!
「あ、と、大丈夫! 大丈夫!」
 急いで立ち上がろうとして、ずきりと痛んだ左脚に顔をしかめる。おい、また左脚を捻ったのか?
「っ、ったく、俺が何をしたってんだ!」
 天の高みでサイコロ遊びに興じている奴を怒鳴りつける。
「?」
「あ、いや、君の事じゃない、違う違う」
 きょとんと目を見張った少女に慌てて弁解しながら、ふと、相手の顔をどこかで見たような気がした。顔立ちというか、雰囲気というか、何か、うん、どこかで見た顔だぞこれは?
 少女は俺の視線の意味を勘違いしたらしい。自分を指差してにっこり笑う。
「マ、リー、ネ」
 ゆっくりと日本語風に発音してくれた。
「あ、ああ、君がマリーネなのか。『ローレライ』のうまい」
 少女は『ローレライ』という単語だけがわかったらしい。再びにっこり笑うと、小さな声で『ローレライ』を歌い出した。澄んで透明な甘い声……と、いきなり、反対側のドアが開いた。
「滝さん!」
「?!」
 軽く息を切らせた朋子が立っている。埃だらけの俺がマリーネに支えられているのを見ると、わっと泣きながら俺にしがみついてくる。
「ご、ごめんなさい、滝さん!」
「うあっ」
 首に激しくしがみつかれてもう一度ひっくり返りそうになった。
「あたし、置いてけぼりにする気じゃなくて……ちょっと、腹が立って…」
 泣き泣き訴えられるのに、返っておろおろした。何だって今回はこんなにあっちやこっちやで泣きつかれるんだ?
「大丈夫だったから! な! ほら、たいしたことないから!」
「だって…だって……滝さん、周一郎のこと、嬉しそうに話すんだもん……っ」
「はぁ?」
 いや俺の心配じゃなくて、そこ?
 どうやら、朋子は自分が嫌いな周一郎の事を、俺がへらへら楽しそうに語るのにぶち切れたらしい。いやもう、女の子というのはほんとによくわからない。
「ごめんね、ごめんなさいっ」
「ああ、もういいって、ほら」
 暗闇に置き去りにはしたものの、そのうちやってくるだろうと思っていた俺がいつまでたってもやってこない、迷って引き返したりどこかへ行ってしまったんじゃないかと不安になって戻って来たのだと言う。
「こんなとこ、出よ、ね、滝さん!」
 側で呆気にとられているマリーネには目もくれず、朋子は俺の腕を抱え込み、引っ張り上げ、引きずり始めた。そもそも連れ込んだのが君だろ、とか、彼女にお礼はいいのかよ、とか、俺の文句は朋子の勢いに呑み込まれてしまう。必死に振り返り、灯を掲げたマリーネに叫ぶ。
「あ、っと、あの、ダンケ・シェーン、マリーネ!」
「Bitte.」
 お下げの少女は、不思議に大人びた笑みで俺達を見送った。


 その後も、結局夕食まで、朋子にしっかり引っ張り回され、俺はくたくたになって食事の席に着いた。既に食事を始めていた周一郎が、埃だらけの俺と朋子に一瞬目を向け、ちらりと表情を揺らせて食事に意識を戻す。
 ここに来た時、それなりに賑やかだった食卓は、周一郎と警察の人間らしい男の二人が着いているだけだった。
「あ…と、どうも」
 薄汚れた感じの俺に軽く眉を潜めながらも、給仕は黙々と働いてくれた。
「この人と一緒なら、あたし食べないわ。部屋へ持ってきて」
 周一郎の姿を見つけるや否や、朋子は態度を硬くした。これまでも、周一郎と同席するのを好んではいなかったが、最近特に風当たりがきつい。言い捨てて振り向くこともなく、部屋を出て行ってしまう。
 慌てて給仕が付き従っていく………あれ?
「日本語で通じてる?」
「簡単な指示や命令ならば、日本語でできるそうですよ」
 ぽかんとする俺に、周一郎が淡々と教えてくれた。
「へえ…」
 振り回されて腹が減ったのと疲れたので、とにかく目の前の料理に飛びつく。
「ところで、玲奈、さんは」
 もぐもぐと口を動かす合間に尋ねると、
「事情聴取中です」
「また?」
 俺はごっくんと口の中のものを呑み込んだ。
「同じ事を何度聞いたって、同じ答えしか返らないだろうに」
「警察の見解は違うようですね」
 周一郎は皮肉な笑みを押し上げた。何を考えているのか、サングラスを外しているのに表情が読めない。
「あ、そう言えば、お前の客は?」
「部屋で待ってますよ」
「へ?」
 きょとんとした。食べ物もしっかり腹に入ってきたし、やっと頭がまともに回転してきた感じだ。部屋で待ってるって、犬や猫じゃあるまいし、そう思った途端に気がついた。
「まさか、客って」
 ばたん、と激しい音が響いた。勢いよく閉まった扉、そちらを振り向いた俺の視界に疲れた顔の玲奈が飛び込む。
「……滝さん、周一郎さん……申し訳ありません、ご一緒できなくて」
「そんなこと」
「別に結構です」
 大丈夫ですよ、と労りかけた俺を、周一郎が遮るように立ち上がり、じっと玲奈を見つめる。黒い怜悧な瞳が玲奈を捉えると、なぜか彼女が目を逸らせた。
「今度も黙ったままでいるつもりですか?」
「周一郎さん!」
 顔を背けたまま叫び返し、すぐさま、叫んだのを恥じるように、玲奈は緩やかに目をあげて周一郎を見返した。
「あなたって人は」
 嘲るような声音だ。
「本当に『氷の貴公子』なのね。知ってるんでしょ。知ってるくせに、いつも黙っていて……大悟の時もそうだったわ。一言も言わずに、そのくせ…」
 膨れ上がってくる涙の粒を堪えようとするように、軽く首を横に振った。
「そのくせ……人が追い詰められるのを見て、喜んで!」
「……僕には話せないでしょうが」
 それとわかるほどの淋しい笑みに一瞬唇を歪めて、俺を見つめる周一郎の目は自嘲を浮かべている。
 ほら、僕ってのはこういうふうに見えるんです。
 淡々とした立ち姿に、肩を竦めてみせる周一郎が二重写しになって、そんな事ないぞ、と思わず口に出しかけた、が、一瞬早く、周一郎がことばを継いだ。
「滝さんになら、話せるのではありませんか?」
「滝…さん?」
 玲奈は俺を見つめた。
「はい?」
 ついのせられて、引き攣った笑みを返すと、綺麗な微笑が玲奈の唇に滲んだ。
「滝さん……本当に、信じて下さる?」
 相次ぐ事情聴取で疲れ切っているのか、幼い少女のような尋ね方だ。
「え、ええ」
 どぎまぎする俺を、あの茶色の瞳で見つめる玲奈に、周一郎が背中を向け無言で部屋を出て行く。それを待っていたように、玲奈が口を開いた。
「悟さんが、あんなことができたわけはないんです」
「あんなことって…」
 俺はテーブルについている男をちらりと見た。だが、相手は俺と玲奈の会話を単なるラブ・シーンとしか思っていないらしく、見てみないふりをしているようだ。
「海部さんを殺したこと?」
「ええ」
「でも、あの時確かに、僕らは黒ずくめの服の男を」
「いいえ、いいえ!」
 玲奈は激しく首を振った。思い詰めた表情で俺を見上げる。
「だって、悟さんは」
「悟さんは?」
「………だめ…。…滝さん、ちょっと待っていて下さい」
 玲奈はふらりと俺の側を離れた。よろめくような危うい足取りで部屋を横切り、入って来たドアの外へ出て行ってしまう。取り残された俺は妙に不安な気持ちを持て余して、突っ立っているばかりだ。
 一体、玲奈は何を言おうとしてるんだろう。まさか、敏人殺しを告白する、とか? いやまさか、冗談じゃない、どうして玲奈が敏人を殺さなくちゃならないんだ。朋子の話によれば、玲奈は敏人の愛人だったはずだし……そりゃ、確かに金が必要だったかも知れないけど、あんなきれいな人が人殺しをするなら、世の中の美人という美人はみんな要注意人物だってことにならないか?
 ふと思い出した格言がショッキングピンクで点滅する。『綺麗な薔薇には棘がある』。ええいくそ、誰だ、こんなことばを考え出したのは。
「あうっ!!」「わ!」
 突然響いた悲鳴と同時に聞こえたどさりという物音を耳にして、俺は飛び上がった。今玲奈が出て行ったばかりのドアの外から聞こえたようだ。左脚をひきずりながら走ってドアを押し開け、倒れている人物に愕然とする。
「玲奈さん!!」
 栗色の髪がべっとりと血に塗れて床に散っていた。青白い、妙に安らかな横顔に鮮やかな真紅の筋……俺の後ろから飛び出して来た食堂に居たもう一人の男が、何事か叫んで俺を押しのけて玲奈に屈み込んだが、すぐに重々しく首を振った。
「そんな…」
 ぼんやり顔を上げた俺の目に、廊下の曲がり角に消えようとする黒ずくめの服の男が映る。
「あーっ!!」「!!」
 俺のわめき声に刑事風の男も顔を上げ、すぐに廊下を走り出した。だが、黒服の男は追手より遥かに足が速いらしく、みるみる姿を消す。
「…なんてこった」
(玲奈さんまで殺されちまった)
 俺は茫然と物言わぬ骸と化した玲奈の側に立ち竦む。
「一体…どうして…」
 救いを求めた視線の先に、赤く血を浴びたローレライの置物が転がっていた。
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