78 / 119
『遅刻した星』
しおりを挟む
その日、いつも遊んでいる公園に行くと、見たことのない奴が砂場にいた。
僕が風邪で三日間来られなかった間に、そいつはすっかり仲間になってて、あつしやひろきと楽しそうに遊んでいる。
僕はなんとなく入りにくくて、滑り台を何度も滑りながら、そいつを眺めた。
お天気続きで真っ黒に日焼けしたあつし達に比べて、真っ白な顔をしている。ひろきより倍ほど大きいきらきらした目をして、笑うと前歯が一本抜けていた。
まるで初めて公園に来たみたいに、夢中で砂を掘っている。
僕は滑り台に飽きて、ぶらぶらと砂場に近づいて行った。
「だからさ、さそりの奴はあわてもんなんだ」
そいつが話している声が聞こえて来た。
「いい加減にしとけって言うのにアキレスを追っかけてる。時々うっかり追い抜かしたりするんだ」
「嘘だあ」
あつしが砂を掘るのを止めて、眉をしかめた。
「星座がそんなに入れ替わったりするもんか。星っていうのは、地球とおんなじで、決まった所を決まった時間に動くんだって、お母さんが」
「へええ、一晩中見てたの?」
そいつはからかうように言った。
「だって……なあ」
「うん」
あつしがひろきを振り返り、ひろきも頷いた。
「学校でも、星が勝手に動くなんて言わなかったよ、せんせえは」
「じゃあ、お母さんも『せんせえ』も知らないんだよ」
そいつはくすくす楽しそうに笑った。
「僕はよおく知ってるよ。いつもじっと見てるからね」
「でもなあ……あ、かずし」
ひろきが僕に気づいてくれた。
「風邪引いたんだって? もういいのか」
「うん…」
僕はちらりと、あつしと座っている奴を見た。ひろきが振り返って、
「ああ、あいつ、かずしは知らないよね。つかさっていうんだってさ。ほしのつかさ」
「つかさ…」
「うん。星のこととか月のこととかよく知ってるんだ。この前なんか、なあ、あつし」
「ええ? ああ、そうだ。この前、夜中に流れ星が出るってつかさが言ったら、ほんとに出たんだ。けどな、オレはやっぱり、星は勝手に動かないと思う」
あつしはちょっと僕を見たけど、すぐにつかさと話し始めた。ひろきも一緒に話し出す。
僕は仲間はずれになってしまった。もう帰ろうかなと思い始めた時、つかさが急に大声を上げて立ち上がった。
「しまった!」
「どうしたの」「どうしたんだ」
「遅刻しちゃった」
「何に?」「塾?」
「ううん、じゃあね、またね、バイバイ!」
僕らに構わず、つかさは跳ね飛ぶように駆け出した。そんなつもりはなかったけど、気がつくと、僕はつかさを追っかけていた。
辺りはどんどん暗くなる。つかさは町外れに駆けて行く。
こっちに家なんてあったかな、工場しかなかったのにな。
そう思った時、つかさがひょいと工場の隅へ入って行った。慌てて後を追ったけど、その辺りは真っ暗で、何があるのかもわからない。
怖くなって後ずさりした僕は、くるくる辺りを見回した。
「あ、つかさ」
工場の煙突の一本につかさが登って行く。シャツやズボンから出ている手足の白さが、暗い中で光っている。光った小さな体が、煙突の上へ上へと登って行く。
とうとう天辺まで登り着いた。でも、つかさはひょいと手を伸ばし、今までと同じようにどんどん上へ登って行った。小さな体がもっともっと小さくなり、見ている間に点になった。いつの間にか、空いっぱいの星の中、つかさの体がぽちりと光る。
ああ、あいつなら見たことがある。
僕は一人呟いた。
つかさは北極星だったのだ。
終わり
僕が風邪で三日間来られなかった間に、そいつはすっかり仲間になってて、あつしやひろきと楽しそうに遊んでいる。
僕はなんとなく入りにくくて、滑り台を何度も滑りながら、そいつを眺めた。
お天気続きで真っ黒に日焼けしたあつし達に比べて、真っ白な顔をしている。ひろきより倍ほど大きいきらきらした目をして、笑うと前歯が一本抜けていた。
まるで初めて公園に来たみたいに、夢中で砂を掘っている。
僕は滑り台に飽きて、ぶらぶらと砂場に近づいて行った。
「だからさ、さそりの奴はあわてもんなんだ」
そいつが話している声が聞こえて来た。
「いい加減にしとけって言うのにアキレスを追っかけてる。時々うっかり追い抜かしたりするんだ」
「嘘だあ」
あつしが砂を掘るのを止めて、眉をしかめた。
「星座がそんなに入れ替わったりするもんか。星っていうのは、地球とおんなじで、決まった所を決まった時間に動くんだって、お母さんが」
「へええ、一晩中見てたの?」
そいつはからかうように言った。
「だって……なあ」
「うん」
あつしがひろきを振り返り、ひろきも頷いた。
「学校でも、星が勝手に動くなんて言わなかったよ、せんせえは」
「じゃあ、お母さんも『せんせえ』も知らないんだよ」
そいつはくすくす楽しそうに笑った。
「僕はよおく知ってるよ。いつもじっと見てるからね」
「でもなあ……あ、かずし」
ひろきが僕に気づいてくれた。
「風邪引いたんだって? もういいのか」
「うん…」
僕はちらりと、あつしと座っている奴を見た。ひろきが振り返って、
「ああ、あいつ、かずしは知らないよね。つかさっていうんだってさ。ほしのつかさ」
「つかさ…」
「うん。星のこととか月のこととかよく知ってるんだ。この前なんか、なあ、あつし」
「ええ? ああ、そうだ。この前、夜中に流れ星が出るってつかさが言ったら、ほんとに出たんだ。けどな、オレはやっぱり、星は勝手に動かないと思う」
あつしはちょっと僕を見たけど、すぐにつかさと話し始めた。ひろきも一緒に話し出す。
僕は仲間はずれになってしまった。もう帰ろうかなと思い始めた時、つかさが急に大声を上げて立ち上がった。
「しまった!」
「どうしたの」「どうしたんだ」
「遅刻しちゃった」
「何に?」「塾?」
「ううん、じゃあね、またね、バイバイ!」
僕らに構わず、つかさは跳ね飛ぶように駆け出した。そんなつもりはなかったけど、気がつくと、僕はつかさを追っかけていた。
辺りはどんどん暗くなる。つかさは町外れに駆けて行く。
こっちに家なんてあったかな、工場しかなかったのにな。
そう思った時、つかさがひょいと工場の隅へ入って行った。慌てて後を追ったけど、その辺りは真っ暗で、何があるのかもわからない。
怖くなって後ずさりした僕は、くるくる辺りを見回した。
「あ、つかさ」
工場の煙突の一本につかさが登って行く。シャツやズボンから出ている手足の白さが、暗い中で光っている。光った小さな体が、煙突の上へ上へと登って行く。
とうとう天辺まで登り着いた。でも、つかさはひょいと手を伸ばし、今までと同じようにどんどん上へ登って行った。小さな体がもっともっと小さくなり、見ている間に点になった。いつの間にか、空いっぱいの星の中、つかさの体がぽちりと光る。
ああ、あいつなら見たことがある。
僕は一人呟いた。
つかさは北極星だったのだ。
終わり
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる