67 / 119
『何でもあります、雑貨屋』(1)
しおりを挟む
その小さな店の前には、いつも看板がかかっている。
『何でもあります、雑貨屋』
僕は、絵を描くのに疲れると散歩に出るのだが、その店の前を通る度に、看板が気になって、そっと中を覗いてみる。
店は本当に小さくて、石鹸だのタオルだの日用品が並べられている奥に、古ぼけた壺や壁掛けが申し訳程度に飾られているだけで、看板に書かれているように『何でもある』とはとても思えない。
店の主人の、白い髪に茶色の毛糸の帽子を被ったおじいさんは、その一番奥に座って、にこにこ笑いながら通りを見ている。
こんなに少ししか品物がなくて大丈夫なのかと心配して、僕は、おじいさんに尋ねたことがあった。
「本当に何でもあるんですか」
おじいさんは一層にこにこして言った。
「いるものはありますよ」
「でも…」
僕は店の中を見回した。
「例えば、僕は絵描きですが、絵の具が欲しいと思っても、ここには絵の具はありませんね」
おじいさんは穏やかに尋ねた。
「今、あなたに、絵の具がいるんですか」
僕は部屋の中を思い出した。必要な色も必要な道具も、全部部屋に揃っていた。
僕がゆっくり首を振ると、おじいさんは頷いて、静かな口調で繰り返した。
「いるものはありますよ」
それでも、僕は納得できなかった。
今はたまたま何もかも揃っていたけど、ひょっとしたら、何か足りないと勘違いして、その品物を買おうとしたかも知れない。
僕はそう言ったけど、おじいさんは静かに繰り返すだけだった。
「いるものはありますよ」
そこへ一人の立派な背広を着た、恰幅のいい男の人がやって来た。
「壁掛けを見せてくれ」
「はい、どうぞ」
おじいさんはにこにこして答えた。
男はしばらく壁掛けを見ていたが、くるりと振り返って尋ねた。
「緑の壁掛けはないのかね」
「そこに掛かっているのが全てです」
「だが、看板には『何でもある』と書いてあるじゃないか」
「いるものはありますよ」
「わしの欲しいのは、緑の壁掛けなんじゃ。こんな、赤や黄の物じゃない。家の壁を塗り直しているので、それに合わせた壁掛けが欲しいのじゃ」
「いるものはありますよ」
「けしからん!」
とうとう男は怒り出してしまった。
「店なら、客の『求め』に応じなくてはならんのだ。お前の所は、『何でもある』と看板を出している。それなら、わしの欲しいものもなくてはならん。ようし、一日、待ってやる。明日までに、緑の壁掛けを仕入れておけ!」
男は怒鳴りつけると、ぷんぷんしながら店を出て行った。
僕はおじいさんを呆れて見たが、おじいさんは知らぬ顔で出て行った男を見送っている。
「大丈夫ですか」
僕が尋ねると、おじいさんは黙って笑った。
『何でもあります、雑貨屋』
僕は、絵を描くのに疲れると散歩に出るのだが、その店の前を通る度に、看板が気になって、そっと中を覗いてみる。
店は本当に小さくて、石鹸だのタオルだの日用品が並べられている奥に、古ぼけた壺や壁掛けが申し訳程度に飾られているだけで、看板に書かれているように『何でもある』とはとても思えない。
店の主人の、白い髪に茶色の毛糸の帽子を被ったおじいさんは、その一番奥に座って、にこにこ笑いながら通りを見ている。
こんなに少ししか品物がなくて大丈夫なのかと心配して、僕は、おじいさんに尋ねたことがあった。
「本当に何でもあるんですか」
おじいさんは一層にこにこして言った。
「いるものはありますよ」
「でも…」
僕は店の中を見回した。
「例えば、僕は絵描きですが、絵の具が欲しいと思っても、ここには絵の具はありませんね」
おじいさんは穏やかに尋ねた。
「今、あなたに、絵の具がいるんですか」
僕は部屋の中を思い出した。必要な色も必要な道具も、全部部屋に揃っていた。
僕がゆっくり首を振ると、おじいさんは頷いて、静かな口調で繰り返した。
「いるものはありますよ」
それでも、僕は納得できなかった。
今はたまたま何もかも揃っていたけど、ひょっとしたら、何か足りないと勘違いして、その品物を買おうとしたかも知れない。
僕はそう言ったけど、おじいさんは静かに繰り返すだけだった。
「いるものはありますよ」
そこへ一人の立派な背広を着た、恰幅のいい男の人がやって来た。
「壁掛けを見せてくれ」
「はい、どうぞ」
おじいさんはにこにこして答えた。
男はしばらく壁掛けを見ていたが、くるりと振り返って尋ねた。
「緑の壁掛けはないのかね」
「そこに掛かっているのが全てです」
「だが、看板には『何でもある』と書いてあるじゃないか」
「いるものはありますよ」
「わしの欲しいのは、緑の壁掛けなんじゃ。こんな、赤や黄の物じゃない。家の壁を塗り直しているので、それに合わせた壁掛けが欲しいのじゃ」
「いるものはありますよ」
「けしからん!」
とうとう男は怒り出してしまった。
「店なら、客の『求め』に応じなくてはならんのだ。お前の所は、『何でもある』と看板を出している。それなら、わしの欲しいものもなくてはならん。ようし、一日、待ってやる。明日までに、緑の壁掛けを仕入れておけ!」
男は怒鳴りつけると、ぷんぷんしながら店を出て行った。
僕はおじいさんを呆れて見たが、おじいさんは知らぬ顔で出て行った男を見送っている。
「大丈夫ですか」
僕が尋ねると、おじいさんは黙って笑った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる