『segakiyui短編集』

segakiyui

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『何でもあります、雑貨屋』(1)

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 その小さな店の前には、いつも看板がかかっている。
『何でもあります、雑貨屋』
 僕は、絵を描くのに疲れると散歩に出るのだが、その店の前を通る度に、看板が気になって、そっと中を覗いてみる。
 店は本当に小さくて、石鹸だのタオルだの日用品が並べられている奥に、古ぼけた壺や壁掛けが申し訳程度に飾られているだけで、看板に書かれているように『何でもある』とはとても思えない。
 店の主人の、白い髪に茶色の毛糸の帽子を被ったおじいさんは、その一番奥に座って、にこにこ笑いながら通りを見ている。
 こんなに少ししか品物がなくて大丈夫なのかと心配して、僕は、おじいさんに尋ねたことがあった。
「本当に何でもあるんですか」
 おじいさんは一層にこにこして言った。
「いるものはありますよ」
「でも…」
 僕は店の中を見回した。
「例えば、僕は絵描きですが、絵の具が欲しいと思っても、ここには絵の具はありませんね」
 おじいさんは穏やかに尋ねた。
「今、あなたに、絵の具がいるんですか」
 僕は部屋の中を思い出した。必要な色も必要な道具も、全部部屋に揃っていた。
 僕がゆっくり首を振ると、おじいさんは頷いて、静かな口調で繰り返した。
「いるものはありますよ」
 それでも、僕は納得できなかった。
 今はたまたま何もかも揃っていたけど、ひょっとしたら、何か足りないと勘違いして、その品物を買おうとしたかも知れない。
 僕はそう言ったけど、おじいさんは静かに繰り返すだけだった。
「いるものはありますよ」
 そこへ一人の立派な背広を着た、恰幅のいい男の人がやって来た。
「壁掛けを見せてくれ」
「はい、どうぞ」
 おじいさんはにこにこして答えた。
 男はしばらく壁掛けを見ていたが、くるりと振り返って尋ねた。
「緑の壁掛けはないのかね」
「そこに掛かっているのが全てです」
「だが、看板には『何でもある』と書いてあるじゃないか」
「いるものはありますよ」
「わしの欲しいのは、緑の壁掛けなんじゃ。こんな、赤や黄の物じゃない。家の壁を塗り直しているので、それに合わせた壁掛けが欲しいのじゃ」
「いるものはありますよ」
「けしからん!」
 とうとう男は怒り出してしまった。
「店なら、客の『求め』に応じなくてはならんのだ。お前の所は、『何でもある』と看板を出している。それなら、わしの欲しいものもなくてはならん。ようし、一日、待ってやる。明日までに、緑の壁掛けを仕入れておけ!」
 男は怒鳴りつけると、ぷんぷんしながら店を出て行った。
 僕はおじいさんを呆れて見たが、おじいさんは知らぬ顔で出て行った男を見送っている。
「大丈夫ですか」
 僕が尋ねると、おじいさんは黙って笑った。
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