『segakiyui短編集』

segakiyui

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『おはなし箱』

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 マサキのお母さんは3つの『おはなし箱』を持っています。
 1つは漆で塗ったつやつやした箱で、蓋に朱色の竹が描いてあります。
 もう1つは、寄木細工で作られた細かい模様がいっぱいある木の箱です。
 最後の一つは、真珠のようにふんわりと光る膜で包まれた軽い箱。
 マサキと妹のユウキが寝る前に、お母さんは3つの箱を取り出します。にこにこ笑いながら、
「今日はどぉれ?」
「うーん」
 マサキは腕組みをして考えます。
 お母さんの『おはなし箱』には、3つの中身が詰まっています。
 1つは楽しくて面白い話。1つは怖くて悲しい話。そして一つは、ハズレ。
 ハズレの箱を選んだ時は、お母さんの話はおやすみなさい、で終わってしまうので、マサキもユウキも一所懸命選びます。
「あのね、あたしね…」
「今日はぼくの番!」
 言いかけたユウキに、マサキは慌てて言いました。
「だって、お兄ちゃん、この前『ハズレ』だったよ」
「ユウキだって、この前の前の前、『ハズレ』だったじゃないか」
 マサキは唇を尖らせました。
 ぷっと膨れたユウキが、ごそごそと布団の中に潜り込んでから、
「怖い話も『ハズレ』もやだな」
「決めた!」
 マサキの声に、ユウキは急いで布団から出て来ました。
「今日はこれ!」
「えーっ」
 マサキが選んだのは、寄木細工の箱。
「あたし、この箱いやだな」
「今日はぼくの番だったら!」
 マサキはむきになりました。
「これ。お母さん、これ!」
「はい、これね」
 お母さんは、2人の見守る前で、そっと自分に向けて蓋を開けました。しばらくじっと箱の中を覗き込んでから、ちょっと首を傾げます。
「うーん、今日は『ハズレ』でした」
「あー、やっぱり!」
 ユウキが叫んで、マサキは唇を噛みました。
 本当は、少しだけ迷ったのです。
 真珠色の箱の方がいいかなって、迷ったのです。
「じゃ、おやすみなさい」
 お母さんは3つの箱を片付けました。それから、灯を小さくして、そっと部屋から出て行きました。
 マサキも仕方なしに、布団の中へ潜り込みました。2回も『ハズレ』なんて、初めてです。
「お兄ちゃんのばか」
 暗くなった部屋の中で、ユウキがぽつりと言いました。
「明日、あたしが選ぶもん」
 マサキは答えませんでした。

 次の日、大変なことが起こりました。マサキとユウキのおばあちゃんが倒れたのです。
 お医者様の話では、しばらく寝ていなくてはいけないと言うことで、お母さんが一晩、おばあちゃんの家に行くことになりました。
「遅くなるけど、お父さんは帰って来るから、マサキもユウキも寝ていなさい。留守の間、困ったことがあったら、隣のようこおばちゃんに言いなさいね」
 お母さんはそう言って、忙しく出て行きました。マサキとユウキだけで晩御飯を食べて、布団の中へ入ろうとした時、ユウキがぽつんと言いました。
「お兄ちゃんのばか」
 マサキが振り返ると、ユウキは目に一杯涙を溜めています。
「お母さんのお話、今日も『ハズレ』になっちゃった。お兄ちゃんが『ハズレ』選んだから」
「仕方ないだろ」
 マサキはぶっきらぼうに言いました。
「おばあちゃんの具合が悪いんだから」
「でも、今日、あたし、選ぶんだったのに」
 マサキが唇を噛みました。拳を握りしめて、お母さんが『おはなし箱』を入れてあるタンスを見ました。
「あたし、『おはなし箱』選びたかったのに」
 ユウキはとうとう泣き出しました。
 マサキは小さく溜息をつきました。布団から出て、タンスを開けます。
 3つの『おはなし箱』は、タンスの中に、きちんと並べてありました。
 マサキはそれを3つとも取り上げ、両手に乗せて、布団の所へ持って来ました。
 何をするのかとマサキを見ているユウキの前へ両手を突き出し、尋ねました。
「どぉれだ」
「選んでいいの?」
「うん。どぉれだ」
 ユウキは少し考えてから、やっぱり真珠色の箱を指差しました。
「これ」
「これか」
「これ」
「これでいいんだな」
「うん」
「かえっこ、なしだぞ」
「うん」
 マサキは漆の箱と木の箱を下に置きました。真珠色の箱を自分に向け、お母さんがするように、そっと蓋を開けました。
「ああ」
 どうしよう、とマサキは思いました。
 箱の中は空っぽです。ユウキも『ハズレ』を引いてしまったのです。
「お兄ちゃん、何が入ってた?」
 ユウキは目をキラキラさせて、マサキを見ています。『ハズレ』なんて言ったら、大泣きして寝ないに決まっています。
 マサキはごくんと唾を飲み、そろそろと箱の蓋を閉めました。
 それから、精一杯考えて、
「面白い話です」
「わあっ」
 ユウキが笑いました。手を叩いて喜んでいます。
「話して、話して、お兄ちゃん」
「えーと、それは、えーと、とっても大きな木の話です。大きな木はとても大きくて、てっぺんは、えーと、空の上にありました」
 マサキはようやく言いました。ユウキがふんふんと頷きます。
「だから、根っこは、土のうーんと下です」
「どれぐらい?」
「えーと、えーと、地球の裏ぐらい」
「じゃあ、根っこ、土の中にいないねえ」
「えーと、だから、大きな木には根っこがありません。てっぺんが2つありました」
 ユウキに聞かれて思わず答えたマサキは、根っこがなくて、てっぺんが2つある大きな木ってすごいぞ、と思いました。
「てっぺんには葉っぱがいっぱいで、てっぺんが2つあるから、大きな木は葉っぱだらけです」
 うんうん、とユウキ。
「葉っぱにはいろんな色があって、赤や緑や……えーと、金色の葉っぱもありました。だから、世界中の人が葉っぱを取りに来ました。葉っぱは、いろんな薬になったのです。えーと、だから、だから…」
「あ!」
 ユウキがわかった、と言いました。
「お母さん、おばあちゃんの所へ、葉っぱを取って持って行くんだ!」
「そうです、そうです。それで、おばあちゃんは元気になって、お母さんが帰って来ました、おしまい」
 マサキがほっとして、そう続けた途端、
「ただいま」
 玄関からお父さんの声がしました。
「あ、お父さんだ! お父さん、お母さん、もう、葉っぱ持って行ったあ?」
 ユウキが布団の中から飛び出して、玄関に駆けて行きました。
 マサキも玄関に行こうとして、3つの『おはなし箱』を出したままになっているのに気がつきました。
 漆の黒い箱と寄木細工の箱はまだ開けていません。
 マサキは箱を拾い上げ、見つめました。
 それから、1つ1つ、タンスの元の場所に丁寧に片付けました。
 もし今度、お母さんの『おはなし箱』が『ハズレ』の時があったなら、ぼくが大きな木の話をしてもいいな。
 マサキはそう思いました。

                     終わり
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