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『海へ帰る日』
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神社の方から太鼓の音が響いて来ました。
始めは小さな音だけど、少しずつ大きく、少しずつ速く、鳴り響く音。
お祭りの始まる合図です。
「ちか。おばあちゃんを起こして来てよ」
窓を開けて太鼓の音を聞いていたちかに、お母さんが言いました。
「おばあちゃん、また、寝てるの」
「たぶんね」
お母さんはエプロンを外しながら、忙しそうに部屋を抜けて行きました。
「このところ、よく寝てるから。祭り囃子が聞こえてるのに、出てこないんだもの、寝てるのよ。起こして来てよ、ちか。お祭りですよ、支度をしましょうって。お母さん、たっくん見てくるから」
「たっくん、今年が初めてだもんね」
「うん」
お母さんの声が廊下から聞こえます。
「きっとわんわん泣くわよ。あんただって、そうだった。そんなの怖くてできないよって、大声で」
「だって、だってさ!」
ちかは言い返しました。
「学校の他の子は、こんなお祭りしないんだよ!」
お母さんの返事は聞こえません。
ちかはちょっと口を尖らせて、おばあちゃんを起こしに来ました。
「おばあちゃん、起きてよ。おばあちゃんってば」
ちかはおばあちゃんの体を揺さぶりました。お母さんの言った通り、おばあちゃんはやっぱり寝ていたのです。
「はいはい、ちかちゃんかい?」
椅子にもたれて目を閉じていたおばあちゃんが、ゆっくり呟きました。
「お祭りですよ、支度をしましょうって」
「お祭り…お祭りねえ」
おばあちゃんはまだ目を開けません。
「なんだかねえ、近頃、お祭りが怖くなってねえ、あのまま帰ってこれないような、気がするんだよ」
「なんで? いつもちゃんと帰ってこれるでしょ。水神様にお参りして、あたりをぐるっと泳いで来て、それで終わり。おばあちゃんも、何回もお祭りしたんでしょ」
「そうだよ。5つからだから、ああ、もう90回はしてるかねえ」
「私、まだ2回よ。いいな、おばあちゃん。じゃ、起きてね、先、行くよ」
「お母さんは?」
「たっくん見てる。初めてだから」
「そうか、そうだね」
1度目を開けたおばあちゃんは、ちかが走って行くのに、また目を閉じました。そのまま、着物の前をはだけて、胸の少し下にある透き通ったチャックをするする下ろし始めました。
「脱げた? ちか」
透明な服を脱ぐように、胸の下のチャックを下ろして、お母さんはするりと体の外側を脱ぎました。真珠色に光っている内側の体を、ゆっくり見回して、嬉しそうに言いました。
「やっぱりすっきりするわよねえ。これで、海の中をすいすいっと泳ぐ。1年に1回のお祭りだわねえ」
「よいしょっと」
ちかもするする脱ぎました。
「たっくんは?」
「お父さんが連れて行ってくれたの」
「泣いた?」
「びっくりしたのね、大泣きしたわ。脱いだらさっぱりしたみたいだけど」
「おばあちゃん、来ないね」
「呼びに行こうか」
2人がおばあちゃんの部屋に入った時、おばあちゃんはほとんど外側を脱いでいました。でも、その内側の体が、みるみる細かい霧になって消えて行きます。
「おばあちゃん!」
2人は叫んだまま、息を飲んでじっと見つめていました。やがて、おばあちゃんの内側の体はすっくり消えてしまいました。
「お母さん、おばあちゃんが!」
「うん、うん」
お母さんは頷きながら、部屋に入っておばあちゃんの外側の体を丁寧に畳みました。
「お祭りに持って行こう。もう、おばあちゃんは帰って来ないよ」
お母さんはそっとそれを抱きしめました。
終わり
始めは小さな音だけど、少しずつ大きく、少しずつ速く、鳴り響く音。
お祭りの始まる合図です。
「ちか。おばあちゃんを起こして来てよ」
窓を開けて太鼓の音を聞いていたちかに、お母さんが言いました。
「おばあちゃん、また、寝てるの」
「たぶんね」
お母さんはエプロンを外しながら、忙しそうに部屋を抜けて行きました。
「このところ、よく寝てるから。祭り囃子が聞こえてるのに、出てこないんだもの、寝てるのよ。起こして来てよ、ちか。お祭りですよ、支度をしましょうって。お母さん、たっくん見てくるから」
「たっくん、今年が初めてだもんね」
「うん」
お母さんの声が廊下から聞こえます。
「きっとわんわん泣くわよ。あんただって、そうだった。そんなの怖くてできないよって、大声で」
「だって、だってさ!」
ちかは言い返しました。
「学校の他の子は、こんなお祭りしないんだよ!」
お母さんの返事は聞こえません。
ちかはちょっと口を尖らせて、おばあちゃんを起こしに来ました。
「おばあちゃん、起きてよ。おばあちゃんってば」
ちかはおばあちゃんの体を揺さぶりました。お母さんの言った通り、おばあちゃんはやっぱり寝ていたのです。
「はいはい、ちかちゃんかい?」
椅子にもたれて目を閉じていたおばあちゃんが、ゆっくり呟きました。
「お祭りですよ、支度をしましょうって」
「お祭り…お祭りねえ」
おばあちゃんはまだ目を開けません。
「なんだかねえ、近頃、お祭りが怖くなってねえ、あのまま帰ってこれないような、気がするんだよ」
「なんで? いつもちゃんと帰ってこれるでしょ。水神様にお参りして、あたりをぐるっと泳いで来て、それで終わり。おばあちゃんも、何回もお祭りしたんでしょ」
「そうだよ。5つからだから、ああ、もう90回はしてるかねえ」
「私、まだ2回よ。いいな、おばあちゃん。じゃ、起きてね、先、行くよ」
「お母さんは?」
「たっくん見てる。初めてだから」
「そうか、そうだね」
1度目を開けたおばあちゃんは、ちかが走って行くのに、また目を閉じました。そのまま、着物の前をはだけて、胸の少し下にある透き通ったチャックをするする下ろし始めました。
「脱げた? ちか」
透明な服を脱ぐように、胸の下のチャックを下ろして、お母さんはするりと体の外側を脱ぎました。真珠色に光っている内側の体を、ゆっくり見回して、嬉しそうに言いました。
「やっぱりすっきりするわよねえ。これで、海の中をすいすいっと泳ぐ。1年に1回のお祭りだわねえ」
「よいしょっと」
ちかもするする脱ぎました。
「たっくんは?」
「お父さんが連れて行ってくれたの」
「泣いた?」
「びっくりしたのね、大泣きしたわ。脱いだらさっぱりしたみたいだけど」
「おばあちゃん、来ないね」
「呼びに行こうか」
2人がおばあちゃんの部屋に入った時、おばあちゃんはほとんど外側を脱いでいました。でも、その内側の体が、みるみる細かい霧になって消えて行きます。
「おばあちゃん!」
2人は叫んだまま、息を飲んでじっと見つめていました。やがて、おばあちゃんの内側の体はすっくり消えてしまいました。
「お母さん、おばあちゃんが!」
「うん、うん」
お母さんは頷きながら、部屋に入っておばあちゃんの外側の体を丁寧に畳みました。
「お祭りに持って行こう。もう、おばあちゃんは帰って来ないよ」
お母さんはそっとそれを抱きしめました。
終わり
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