『segakiyui短編集』

segakiyui

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『お話、聞きます』

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 たかこさんが家の前に看板を上げて、3日になります。なのに、お客さんはまだ1人もやってきません。
「やっぱり、この看板が変なのかしら」
 たかこさんは看板の前で、腕組みをして呟きました。
『お話、聞きます』
 看板にはそう書かれています。
 たかこさんには家族が居ません。ずっとずっと1人で暮らしています。
 若い頃はそうも思わなかったのですが、この頃時々、淋しくなります。誰かと、飽きるまで話をしてみたい。そう思うことがあるのです。
 でも、周りの人は、みんなとても忙しそうで、なかなか話ができません。
 だから、こう思ったのです。
 きっと、私だけでなくて、話がしたいのにできない人がいる筈だわ。その人の話し相手になれたなら、私もその人も楽しいでしょう。
「仕方ないわね。他の方法を考えましょう」
 たかこさんが、看板を下ろそうとした、その時です。
「すみません」
 小さなかわいらしい声がしました。
 振り返ると、おかっぱ頭で白いブラウス、赤いスカートを履いた女の子が1人、恥ずかしそうに立っています。
「あの、お話、聞いてくれるってほんとですか」
「ええ、どうぞ」
 たかこさんはにこにこして、女の子を家に招き入れました。

「お母さんが帰って来ないの」
 女の子は、テーブルに座ると、すぐに話し始めました。テーブルの上のクッキーにも紅茶にも、手を伸ばそうとしないで、俯いて続けます。
「急に出て行ったの。お買い物かごを持ってたから、帰って来ないなんて思わなかったの」
「どうしてかしら」
「わかんない………でも、お父さんといっぱい喧嘩をしていたの。私、怖くて、じっと見てただけだった。私が止められなかったから、きっとお母さん、出て行ったんだわ。私のせいなの」
「そんなこと、ないわ」
 たかこさんは急いで言いました。
「お母さんは、子どものせいで出て行くなんてことしない。きっと帰りたいと思っているわ。でも、何かで帰れないのよ」
「そうかしら」
「絶対そうよ」
「じゃあ、帰れる方法が見つかれば、お母さん帰って来てくれるかしら」
「絶対帰って来るわ。おばさんが保証する」
 たかこさんは言い切りました。
 女の子は頬をぽっと赤らめて、いそいそ席を立ちました。
「じゃあ、私、急いで帰るわ。お母さん、もう帰って来るかも知れない」
「それがいいわ。あら、お菓子はいいの?」
「うん、お母さんが買って来てくれるかも知れないもん!」

 女の子を送り出して、たかこさんはちょっと溜息をつきました。
 帰って来ないお母さん。
 保証するなんて言ったけど、本当に帰って来てくれるかしら。ううん、きっと帰って来るわ。あんな可愛い子どもを残して、帰って来ない親なんていない。
 家の中に戻ろうとすると、また、後ろから声がかかりました。
「あの、すみません」
 今度は長い髪の毛の、ピンクのブラウスの女の人です。腕に買い物かごを提げています。
「話を聞いて頂きたいんです」
「はい、どうぞ」
 家に入ろうとすると、女の人は首を振りました。
「いえ、急いでいるので、どうぞ、ここで。実は家に帰りたいんです。子どもを残して飛び出して来たんです。おかっぱ頭で、笑うとえくぼができるんです。でも、どうして帰ればいいのか、わからないんです」
 たかこさんははっとしました。
「ひょっとして、白いブラウスを着て、赤いスカートを履いた、しっかりした女の子ではありませんか」
「ええ、そうです。でも、どうしてご存知なんですか」
 女の人は不思議そうに尋ねました。
「よおく知っているんです。そうだ、少し待っててね」
 たかこさんは家に駆け込みました。
 テーブルの上のクッキーを、全部白い袋に入れて、金のリボンで結びました。
 表では、女の人がまだしょんぼりと立っていました。その買い物かごへ、たかこさんはクッキーの袋を入れました。
「さあ、これを持ってお帰りなさい。それから、お子さんにね、こう言うんです。『とってもおいしいクッキーがあると聞いたから、探しに出かけたの。売り切れたら困るし急いでいて、うんと遠くの街まで行ったから、うんと帰りが遅くなったの。心配したでしょ、ごめんなさいね』って」
「ああ、そうですね」
 女の人はほっとしたように笑いました。女の子そっくりの頬を、やっぱりぽっと赤くして、ぺこりと頭を下げました。
「これで帰れます、ありがとう」

 女の子と同じ方向に、弾むように歩いて行く女の人を見ながら、たかこさんは看板を撫でました。
 それから、紅茶を飲むために、家の中に入って行きました。

                  終わり
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