『segakiyui短編集』

segakiyui

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『道化のつるぎ』

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 それは長く続いた戦争でした。
 あちらこちらの国と争い、攻めたり攻められたりしていましたが、たくさんの人が死に、ようやく戦争は終わりました。
 これでようやく王妃と幸せに暮らせる。
 そう王様は考えていましたが、王妃は重い病気になり、手当を尽くしたにも関わらず、とうとう死んでしまいました。
 王様はすっかり元気をなくし、一日中、じっと椅子に座ったままになりました。
 王様の道化は、王様のことをとても心配しました。どうにかして、元のように明るく立派な王様に戻したいと思いました。
「王様、ご覧下さい。商人が、こんな珍しい食べ物と美味しいお酒を持って来ましたよ」
「欲しくない」
「王様、まあ、あの庭の美しいこと、見事なこと。庭師が心を込めて手入れしました」
「見たくない」
「王様、明るく綺麗な曲をお聴きになりませんか。この楽器の音と言ったらどうです、天から降るように聞こえます」
「聴きたくない」
「王様、不思議な話を聴きました。可笑しくて為になる話も覚えております。何か一つ、お話ししましょうか。それとも、戦の手柄話をお聞かせ下さいませんか」
「話しとうない」
「お疲れなのですね、王様。それでは、お休み遊ばせ。ふかふかのベッド、いい匂いのする枕で」
「もうよい!」
 王様は泣き出してしまいました。
「もう、よい! 誰も要らぬ。何も要らぬ。珍しい食べ物を見れば、妃と食べたかったと思うのじゃ。美しい庭なら、妃と歩いてみたいのじゃ。華やかで明るい音楽を、妃はどれほど喜んでくれただろう。色々な話も、驚き微笑み泣いてくれた妃がおってこそ、楽しかったのじゃ。なのに、儂は戦に明け暮れて、妃と楽しく時を過ごすのさえ、忘れておった。なんと情けない男じゃろう。なんとつまらない男じゃろう。妃のことを思い出して、儂は夜も眠れんのじゃ。儂は悲しいのじゃ」
 道化は王様をじっと見つめていましたが、やがて低い声で言いました。
「では、王様。強い男になりなさい。立派な男になりなさい。新しい国を探して攻め立てなさい。王妃様のために、輝くような宮殿をお作りなさい。王子様達の力になり、新しい軍隊と共に、世界中を攻め立てるのです。そして、偉大なあなたの力を、正しさを、皆の者に示せばよいのです」
 なるほど、道化の言うことはもっともだと王様は思いました。
 そこで、国中の若い男を集めて訓練し、新しい軍隊を作りました。遠い国へ出かけて行ってそこを攻め、王様の物にして王子を残しました。国を広げた後は、中身を作りました。綺麗な宮殿、大きな道。荒れた土地を畑に変え、薄暗い森を草原にしました。王子達には子どもが生まれて、王様は孫達に囲まれました。たくさんのお金、たくさんの人、たくさんの国が手に入りました。
 道化は王様に従って、何処へでも出かけて行きました。休まずに動き回り、走り回る王様の側で、何も言わずにいました。
 ついに、王様は倒れました。
 長い戦争、王妃の死、忙しい毎日が続いて、すっかり疲れてしまったのです。
 王様は国に戻って、宮殿の奥深い部屋に籠ってしまいました。薄暗い静かな部屋で、夜も昼もじっとベッドに寝ています。横になっても眠れなくて、思い出すのは王妃のことばかりです。
 王様はだんだん痩せてきました。食べ物も食べず、わずかな水だけ飲んで、暗い部屋で目を開いて横になっています。
 王子達も心配してお見舞いにやって来ました。孫達を見せれば元気になるかも知れないと考えて、賑やかで明るいふりをしてやって来ましたが、王様は会うことすらできません。
 寝込んでしまった王様の近くで、道化はじっと座って様子を見ていました。
 もう、誰も、何も、王様を元気にすることはできないだろう。宮殿の中でも外でも、そんな話で一杯でした。
 ある夜のこと、それまで黙って座っていた道化は、ふいに立ち上がりました。部屋の壁に飾ってあったつるぎを取り、ゆっくり構えると、いきなりベッドの王様に斬りかかりました。
「何をする」
 王様はびっくりしました。必死に避けたものの、ベッドの枕がざっくりと避けて、中から白い羽根が舞い上がりました。
 道化は構わず、なおも王様に斬りかかります。王様はベッドから転がり落ちました。痩せた足がガクガクとして、這うように逃げました。その王様を、道化は厳しい顔のままで襲います。
「これ! 道化!」
 王様は叫びました。
「そなたは、儂を喜ばせ、楽しませてくれるものではなかったのか。妃を喪ったあの悲しみを、慰めてくれるものではなかったのか。それとも、嘘をついていて、王の椅子を狙っておったのか」
 道化は答えません。逃げ回る王様を追って、何度もつるぎを奮って来ます。王様の腕に傷がつきました。足にも傷がつきました。体のあちこちを打ちました。
「ええい、なんと言うこと!」
 王様は大きく叫びました。道化のつるぎの下を潜って、ようやく壁に辿り着き、そこにあるもう一本のつるぎを取ろうとします。道化はそうさせるまいと、王様の行く手を遮るように前に立ちます。王様は道化の横をすり抜けました。道化がなおもつるぎを振り下ろして来ます。
 どこにそんな力が残っていたのでしょう。
 王様は道化のつるぎをぎりぎりのところで避けました。強く踏み出した足で絨毯を蹴って、思い切り伸ばした右手でつるぎを掴みました。背中から斬りつけてくるつるぎを、とっさに振り返って自分のつるぎで受け止めると、つるぎは金の火を出しました。
「なぜじゃ、道化!
 その途端、道化はつるぎを離して、飛びすさりました。それから深く頭を下げて言いました。
「王様、ご病気は見事治りました。誠におめでとうございます。王妃様もさぞかし、ご安心なされたことでしょう」
「何」
 王様は気づきました。
 部屋中を逃げ回ったのに、体には不思議なほど力が溢れていました。道化に殺されそうになったのに、つるぎを持って防ぐことができました。何よりも、王妃が死んでから、いつ死んでも良いと思っていたはずなのに、死ぬ気にならなかったことに気づきました。
 道化は頭を下げたままです。
 王様はつるぎを納めました。
「妃が、安心すると言うのか」
「はい、確かに。王妃様は、王様のことをいつも大切に思われていましたゆえ」
「そうだな」
 王様はつるぎを鞘に納めたまま、静かに道化に差し出しました。
「これを取らせる、受け取るが良い」
「なぜでしょう」
「これからも、そなたは儂の道化を務めるのじゃ。このつるぎを腰につけ、必ず儂に付き従うのじゃ。しかし、このつるぎで儂を守るのではない。そなたは、いつでも、このつるぎで儂に斬りかかって良い。儂が妃を心配させるようなことをしたら、いつでもどこでも斬りかかって良いのじゃ」
 道化は顔を上げて、にっこり笑いました。
 こうして、この国では、王様の隣にはいつも、つるぎをつけた道化が従うことになりました。しかし、そのつるぎは、王様がついに死ぬまで、使われることはなかったということです。

                                      終わり
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