『segakiyui短編集』

segakiyui

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『一番のビリ』

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 誰よりも速く走りたい。
 僕が今考えているのは、そのことだけだ。
 クラスで一番遅くて、ひょっとすると1年生でも一番遅いかも知れない。3月生まれだって、体が小さいからって、そんなこと関係ない。先生が、1番2番とつけるのをやめたって、みんなの後ろから走っていくのは変わらない。あつしはペンペン、とお尻を叩いてからかうし、よしおはベーっと舌を出す。ひさしなんか「のろま、のろま」って言いながら、どんどん先を走ってく。
 あいつらを抜かして、うんと先へ、誰も追いつけないほど速く走っていきたい。
 いつもなら、それは夢でしかない。
 けれども、今日は違う。
 町外れの、あんまり外には出てこない、一人暮らしのおばあちゃんにもらった秘密の薬が、体操服のポケットに入っている。
「そっとね、飲むのさ、見つからないようにね。見つかっちゃあいけない、魔法は終わりだ。飲んで三つ、数えるんだ。それから、思いっきり走り出す。町も広場もあっという間だよ。誰より速いはずさ、うまくやればね」
 おばあちゃんは皺だらけの口をすぼめて、そう言った。
 問題は飲む瞬間だ。
 用意、と掛け声をかける先生にも、ぐうっと前へ出ていく隣の奴にも、見られないように、そっと、そっと。片手でポケットからハンカチを出す。ハンカチの中には薬が1粒入ってる。
「暑いや」
 そう言って顔を拭いて、口を拭く。それから、ハンカチの薬をごくん。うまくいった!
「用意」
 先生の声が響く。1つ、2つ、3つ。
「どん!」
 それいけ!
 思いっきり走り出せ!
 ああ、すごい!
 びゅんっ、と周りがすっ飛んだ。
 あつしもよしおもひさしだって、とっくに後ろに行っちゃった。
 でも、大変だ。
 止まらない。
 止まらないまま、ゴールのテープを切って、運動場を駆け抜けて、町も広場も、海だって駆け抜けた。
 地球一周、あっという間。2度目のゴールを駆け抜ける。
「へえ、速くなったじゃんか」
 待っていたひさしが笑っていた。

      
                         終わり
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