『segakiyui短編集』

segakiyui

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『びとびと』

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 深夜勤務は始まる前の大崎さんの話から。
「いつだったかほら2時の巡回で亡くなっててねえそりゃ大変だったのよ、入った瞬間、ナース服掴まれて、何やってんのこの人はと思った時はアレストで、当直呼んでも駄目だったのが恨めしいのか今も時々ぎゅっとやるわね」。
 その病室はと聞くと、にやりと笑って教えてあげないと含み笑いで帰っていく。
「いつもああですね」
「そうだね新人からかって楽しんでんのよ」
「そういうもんですか」
「そういうもんよ」
「じゃああれ嘘ですか」
「ううんほんと」
 業平さんは生真面目に応じてカルテを記入し「さて巡回」と立った。
 廊下はぴかぴかリノリウム、きゅきゅと鳴る靴を殺して爪先立ちで急ぐけれど、幽霊より怖いのは突然死、その足下に懐中電灯の光を落としてぴたりと止まった。
「業平さん」
「はい」
「ここんとこ何か濡れてます」
「やあね誰が何零したんだか」
「それがその黒いんですが」
「よしてよ粗相なの」
「じゃなくてこれはたぶん」
 光に浮かぶ水溜まりは病室のドアの下からびとびと広がってくる。
「ああまずいわね」
「まずいですね」
「CCUじゃない」
「今空室ですが」
「なのにこれはやっぱりあれじゃ」
「ですよね困った」
「とにかく始末しときましょう」
 業平さんはモップで廊下を拭くけど室内はないことにするらしい。先輩のすることは正しいはずでそのまま朝を迎えて、申し送りはさくさく進む。もちろんCCUには問題なし、ただその日の急患は出血が止まらなくてもたなかった。
 送り出すまで日勤につきあい休憩室に上がっていくと、ドアの下から今度は明らかに赤い溜まりがびとびと。
「モップですかやっぱり」
「違うわよこういうときは」
「般若心経」
「お経唱えてすっきりするとでも? 大崎さん起きて!」
 業平さんは容赦なく準夜勤務から制服のままソファに寝そべっていた大崎さんを怒鳴りつけ、ひっくり返している夜食のキムチラーメンを片付けた。

                              おわり
     
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