18 / 24
11.さらば友よ(3)
しおりを挟む
「『高王』……」
「お前が書く限り、俺は偽物だって思い知らされる……こんなに頑張ってるのに……こんなに必死に……小説を書いてるのに……」
「………済まん」
俺は謝った。
「……だが……俺にも書く事情があって、だな」
だが、これだけ真剣に小説と言うものに向き合っている人間が苦しんでいるのも理不尽だろう。
「……とりあえず、書こうと思ってる分は書く。けれど、お前は読まなくていいから」
「……死ねよ」
『高王』は蹲ったまま唸った。
「……俺に読ませない作品、どこへやる気だよ」
「……えーと……そこはまだ……考えてないな」
ぐすっ、と鼻を啜る音が響いた。
「…誰が読むんだ」
「……うーん…?」
俺は首を傾げる。どうだろう? 書き上げても誰も読まないなら、そもそも作家活動をしなくてもいいのではないか? となると、新しいバイトを考えなくちゃならないってことか? 生活費はいるもんな。まあ、お由宇と結婚もできないようなら、それはそれで焦って金も貯めなくていいのか。男1人なら何とか食べて行けるかもしれない。
「…Dr.ドナルドかなあ」
「はあああ????」
がばりと『高王』は顔を上げた。ぐしゃぐしゃになって赤くなっている顔をゴシゴシ擦りながら、
「バーガーショップで誰に読ませるんだ?」
「いや、読ませるんじゃなくて、アルバイトだ」
「アルバイト? 何で」
「いや、書いても誰も読まないだろうし、書き終わったら書くのを止めるから、次の仕事を探さなきゃならんし」
周一郎はアルバイト先を斡旋してくれたりするだろうか?
「あ!」
「何」
「周一郎に連絡入れないと! 無事かどうか心配してるぞ!」
「……ああ…うん、そうだろうな………けど」
『高王ヒカル』の目が曖昧に俺の背後に泳いだ。
「連絡入れる必要も、ないみたいだが」
「へ?」
振り返る滝の目に、開いたままのドアからゆっくり姿を見せる、あまりにもこの場に不似合いな真っ黒なスーツ姿の上品な青年が1人。目元にサングラス、外すこともなく冷ややかにこちらを眺めた視線は絶対零度に近い温度に感じた。
「マフィアかよ」
「おはようございます、滝さん」
にこやかな笑みと共に周一郎は呼びかけた。
「それから、『高王ヒカル』さん?」
「あ、違うぞ、こいつは俺の編集者で石路技って」
「滝さんはちょっと黙っていてもらえますか?」
あれ?
滝は思わず口を噤む。
何だ? 俺はまた何かヘマをしたのか? 周一郎が激怒している気がするんだが。
「僕、あなたのファンです」
笑顔のまま周一郎は慌てて立ち上がった石路技に近寄り、手を差し出した。黒革手袋、ますますマフィアっぽいし、周囲に広がる冷気が半端なく強い。
「あ、の」
手を握られて石路技が凍りつく。相変わらずにこやかに、周一郎が覗き込む。
「お近づきになれて嬉しいです。これからもよろしくお願いします」
サイン会があるようでしたら、是非お知らせ下さい。
「ああ、そっか」
滝はぽんと手を打った。
「お前、『高王』のサインが欲しかったんだな」
「…」
笑顔で石路技の手を握ったまま、周一郎は首だけこちらへ向けた。
「滝さん?」
「頼んどいてやるよ。迷惑かけたし」
それぐらいはしてくれるだろう、と石路技を見ると、なぜか必死にこくこくと首を頷かせている。
「それは…ありがとうございます」
ぱ、と周一郎は唐突に石路技の手を離した。およっ、とバランスを崩しかけた石路技を振り返りもせず、滝に近寄る。
「帰りましょうか」
「悪い、迎えにきてくれたんだな」
「怪我はしていないようですね」
「大丈夫だ。じゃあ、石路技さん、また…」
「…滝!」
周一郎に続いて事務所を出ようとすると、うろたえたように石路技が呼んだ。
「新作…寄越せよ」
「へ?」
「書き終わるまで……読んでやるから、新作書けたら、連絡しろ」
「……いいけど」
滝は首を傾げる。
読みたくないんじゃなかったのか? それともあれは、別の何か、ことばの綾とか言う奴か? でもまあ、と思い直した。
「わかった、その代わり」
「その代わり?」
身構えた石路技に笑って手を振る。
「一言でいいから、感想聞かせてくれ」
「…わかった!」
一瞬、一番欲しかったお菓子を与えられた子どものように、石路技は満面笑顔になった。
「お前が書く限り、俺は偽物だって思い知らされる……こんなに頑張ってるのに……こんなに必死に……小説を書いてるのに……」
「………済まん」
俺は謝った。
「……だが……俺にも書く事情があって、だな」
だが、これだけ真剣に小説と言うものに向き合っている人間が苦しんでいるのも理不尽だろう。
「……とりあえず、書こうと思ってる分は書く。けれど、お前は読まなくていいから」
「……死ねよ」
『高王』は蹲ったまま唸った。
「……俺に読ませない作品、どこへやる気だよ」
「……えーと……そこはまだ……考えてないな」
ぐすっ、と鼻を啜る音が響いた。
「…誰が読むんだ」
「……うーん…?」
俺は首を傾げる。どうだろう? 書き上げても誰も読まないなら、そもそも作家活動をしなくてもいいのではないか? となると、新しいバイトを考えなくちゃならないってことか? 生活費はいるもんな。まあ、お由宇と結婚もできないようなら、それはそれで焦って金も貯めなくていいのか。男1人なら何とか食べて行けるかもしれない。
「…Dr.ドナルドかなあ」
「はあああ????」
がばりと『高王』は顔を上げた。ぐしゃぐしゃになって赤くなっている顔をゴシゴシ擦りながら、
「バーガーショップで誰に読ませるんだ?」
「いや、読ませるんじゃなくて、アルバイトだ」
「アルバイト? 何で」
「いや、書いても誰も読まないだろうし、書き終わったら書くのを止めるから、次の仕事を探さなきゃならんし」
周一郎はアルバイト先を斡旋してくれたりするだろうか?
「あ!」
「何」
「周一郎に連絡入れないと! 無事かどうか心配してるぞ!」
「……ああ…うん、そうだろうな………けど」
『高王ヒカル』の目が曖昧に俺の背後に泳いだ。
「連絡入れる必要も、ないみたいだが」
「へ?」
振り返る滝の目に、開いたままのドアからゆっくり姿を見せる、あまりにもこの場に不似合いな真っ黒なスーツ姿の上品な青年が1人。目元にサングラス、外すこともなく冷ややかにこちらを眺めた視線は絶対零度に近い温度に感じた。
「マフィアかよ」
「おはようございます、滝さん」
にこやかな笑みと共に周一郎は呼びかけた。
「それから、『高王ヒカル』さん?」
「あ、違うぞ、こいつは俺の編集者で石路技って」
「滝さんはちょっと黙っていてもらえますか?」
あれ?
滝は思わず口を噤む。
何だ? 俺はまた何かヘマをしたのか? 周一郎が激怒している気がするんだが。
「僕、あなたのファンです」
笑顔のまま周一郎は慌てて立ち上がった石路技に近寄り、手を差し出した。黒革手袋、ますますマフィアっぽいし、周囲に広がる冷気が半端なく強い。
「あ、の」
手を握られて石路技が凍りつく。相変わらずにこやかに、周一郎が覗き込む。
「お近づきになれて嬉しいです。これからもよろしくお願いします」
サイン会があるようでしたら、是非お知らせ下さい。
「ああ、そっか」
滝はぽんと手を打った。
「お前、『高王』のサインが欲しかったんだな」
「…」
笑顔で石路技の手を握ったまま、周一郎は首だけこちらへ向けた。
「滝さん?」
「頼んどいてやるよ。迷惑かけたし」
それぐらいはしてくれるだろう、と石路技を見ると、なぜか必死にこくこくと首を頷かせている。
「それは…ありがとうございます」
ぱ、と周一郎は唐突に石路技の手を離した。およっ、とバランスを崩しかけた石路技を振り返りもせず、滝に近寄る。
「帰りましょうか」
「悪い、迎えにきてくれたんだな」
「怪我はしていないようですね」
「大丈夫だ。じゃあ、石路技さん、また…」
「…滝!」
周一郎に続いて事務所を出ようとすると、うろたえたように石路技が呼んだ。
「新作…寄越せよ」
「へ?」
「書き終わるまで……読んでやるから、新作書けたら、連絡しろ」
「……いいけど」
滝は首を傾げる。
読みたくないんじゃなかったのか? それともあれは、別の何か、ことばの綾とか言う奴か? でもまあ、と思い直した。
「わかった、その代わり」
「その代わり?」
身構えた石路技に笑って手を振る。
「一言でいいから、感想聞かせてくれ」
「…わかった!」
一瞬、一番欲しかったお菓子を与えられた子どものように、石路技は満面笑顔になった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
薔薇と少年
白亜凛
キャラ文芸
路地裏のレストランバー『執事のシャルール』に、非日常の夜が訪れた。
夕べ、店の近くで男が刺されたという。
警察官が示すふたつのキーワードは、薔薇と少年。
常連客のなかにはその条件にマッチする少年も、夕べ薔薇を手にしていた女性もいる。
ふたりの常連客は事件と関係があるのだろうか。
アルバイトのアキラとバーのマスターの亮一のふたりは、心を揺らしながら店を開ける。
事件の全容が見えた時、日付が変わり、別の秘密が顔を出した。
臓物爆裂残虐的女子スプラッターガール蛇
フブスグル湖の悪魔
キャラ文芸
体の6割強を蛭と触手と蟲と肉塊で構成されており出来た傷口から、赤と緑のストライプ柄の触手やら鎌を生やせたり体を改造させたりバットを取り出したりすることの出来るスプラッターガール(命名私)である、間宮蛭子こと、スプラッターガール蛇が非生産的に過ごす日々を荒れ気味な文章で書いた臓物炸裂スプラッタ系日常小説
Even[イーヴン]~楽園10~
志賀雅基
キャラ文芸
◆死んだアヒルになる気はないが/その瞬間すら愉しんで/俺は笑ってゆくだろう◆
惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart10[全40話]
刑事の職務中にシドとハイファのバディが見つけた死体は別室員だった。死体のバディは行方不明で、更には機密資料と兵器のサンプルを持ち出した為に手配が掛かり、二人に捕らえるよう別室任務が下る。逮捕に当たってはデッド・オア・アライヴ、その生死を問わず……容疑者はハイファの元バディであり、それ以上の関係にあった。
▼▼▼
【シリーズ中、何処からでもどうぞ】
【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】
【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】
身長48メートルの巨大少女ですけど普通のJKさせてもらっても良いんですか!?
穂鈴 えい
キャラ文芸
身長48mの女子高生春山月乃は、入学式の日に身長43mで身長コンプレックスの美少女白石小鈴と出会った。
みんなから巨女扱いされてきた小鈴は、自分よりも背の高い月乃が小柄扱いしてくれるおかげで次第に心を開いていき、やがて恋に落ちていく。月乃も同じ巨大娘として気楽に仲良くできる小鈴のことが大好きだった。
そんな2人の距離がお互いに近づいていくのだが、月乃に憧れている普通サイズの少女絵美莉に月乃が懐かれてしまい、小鈴にとって気が気ではない日が続いていくことに……。
月乃にとっても、小鈴が憧れているモデルのSAKIことお姫ちゃん先輩(身長51m)という恋のライバル(?)がいて日々不安に苛まれてしまうことに……。
巨大娘専用の校舎は全てのものが大きいから、巨大な月乃や小鈴でもサイズを意識せずに生活できる。
……はずなのだが、いじめがきっかけで苦手意識を持ってしまった普通サイズの人間が、虫と同等くらいの生物にしか見えなくなった2年生の詩葉先輩(48m)や、巨大化してしまって大好きなピアノが弾けなくなったストレスで街で暴れる身長50mの女子中学生琴音との出会いによって定期的に巨大さを意識させられてしまうことに。
はたして、身長48mの月乃は巨大娘たちに翻弄されずに普通の女子高生として学校生活を送ることができるのか……。
巨大娘要素以外は基本的には日常系百合作品です。(稀に街を壊したりしちゃいますが)
セブンスガール
氷神凉夜
キャラ文芸
主人公、藤堂終夜の家にある立ち入り禁止の部屋の箱を開けるところから始まる、主人公と人形達がくりなす恋愛小説
※二章以降各々ヒロイン視線の◯◯の章があります
理由と致しましてはこの物語の完結編が○○の章ヒロイン編と◯◯章の前半のフラグを元にメインストーリーが完結の際の内容が若干変化します。
ゲーム感覚でこの物語を読み進めていただければ幸いです。
Pair[ペア]~楽園22~
志賀雅基
キャラ文芸
◆大人になったら結婚できると思ってた/by.2chスレタイ◆
惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart22[全32話]
人質立て籠もり事件発生。刑事のシドとハイファも招集されシドが現場へ先行。シドは犯人らを制圧するもビームライフルで左手首を蒸発させられ、培養移植待ちの間に武器密輸を探れと別室任務が下った。同行を主張するシドをハイファは薬で眠らせて独り、内戦中の他星系へと発つ。
▼▼▼
【シリーズ中、何処からでもどうぞ】
【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】
【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】
『元』魔法少女デガラシ
SoftCareer
キャラ文芸
ごく普通のサラリーマン、田中良男の元にある日、昔魔法少女だったと言うかえでが転がり込んで来た。彼女は自分が魔法少女チームのマジノ・リベルテを卒業したマジノ・ダンケルクだと主張し、自分が失ってしまった大切な何かを探すのを手伝ってほしいと田中に頼んだ。最初は彼女を疑っていた田中であったが、子供の時からリベルテの信者だった事もあって、かえでと意気投合し、彼女を魔法少女のデガラシと呼び、その大切なもの探しを手伝う事となった。
そして、まずはリベルテの昔の仲間に会おうとするのですが・・・・・・はたして探し物は見つかるのか?
卒業した魔法少女達のアフターストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる