『闇から見る眼』

segakiyui

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第5章

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 決心がついた。
 ハルは断言した。
「源内?」
「わかった、止めん。と言うか、止めても無駄だろ、これまで通り」
 もう何度目かになる溜め息を重ね、コーヒーを飲み、腕時計を見る。
「そろそろ出よう、我慢のできない奴らが騒ぎ出す」
「わかった」
「ハルくん」
 立ち上がったハルと源内を伊吹が呼び止める。
「何を出すの?」
 止める間もなくすうっとハルが顔を下ろす。頬にキスするような近さで何事か囁く。
「え」「え」
 警戒した京介の声と瞬きした伊吹の声が重なった。
「本当?」
「うん」
 驚いた顔で振り向く伊吹はハルの近さに気づいていない。
 その一瞬、ひどく悲しげな優しげな笑みがハルの瞳に滲んだ。老成した高齢の男が小さな子どもを見る目だと京介が思った瞬間、ハルと目が合う。
 鋭く貫くような怒りが届いた。
 望んだ相手は決して自分の手には入らない。なのに目の前に、それを事も無げに攫っていく存在がいる。完膚なきまでに叩きのめしてやりたいが、愛しい相手はその存在を命に代えても守ろうとする。
 できることはただ一つ。
「京介」
 ゆっくり体を起こしたハルが呼び捨てた。
「はい」
 思わず立ち上がる。
 罵倒されてもいい殴られてもいい、けれどこの場所は生涯誰にも譲らない。叩き落とされても蹴り飛ばされても、伊吹が許してくれるなら、何度でもここに戻ってくる。
「遠くにいる」
 静かな声で言い放った。
「予定」
 意味が取れない。
「連絡」
「あ」
 源内もまた首を傾げ、けれど伊吹ははっとしたように体を強張らせた。
「招待」
「……」
 まっすぐに京介を見つめて来た黒い瞳に理解が落ちた。続くことばに自分だったらと思うと、京介は胸が詰まる。
「結婚式」
 見届けさせろと訴えられている。大事な女性が必ず幸福になるのだと確信させろと命じられている。
「はい、是非」
 約束すると、ハルは頷き、くるりと向きを変えたが、
「美並?」
「はい?」
 第2会議室から出て行きながら、ハルは背中を向けたまま言い放った。
「そいつ、女に襲われてるから」
「えっ」「あ」
 京介は引き攣った。
「阿倍野とか言うのに、果物ナイフで昨日刺されかけたらしい。怪我してないって言ってるけど?」
「ハルくんっ」
 思わず呼んでしまった。
「いじめられろ」
 ぼそりと唸ったハルは振り返りもせず、部屋を出て行く。すまん、と片手で源内が謝ってくれたが、それを見送って立っている伊吹は無言のままだ。
「あの、伊吹さん…」
「…どう言うことですか」
 くるりと伊吹が振り返る。静かな目が怖い。
「今夜詳細を聞かせてください」
「う、うん」

「…っ、あっ」
 堪え切れなくて、京介は声を上げる。
「いぶ…き…」
 視界が霞む。息が弾んで頭が朦朧とする。
「う、んふ…うっ」
 ぺろりと舌が落とされたのは尖り切った胸の先、駆け上がった感覚に必死に耐える先から、濡れた舌先で撫で擦られ絡められて腰が動く。
「も…」
「だめです」
 ひんやりとした伊吹の声にぞくりと体が竦んだ。強く締まった感覚に涙が滲む。
「まだ確かめてません」
「だい……じょ……ぶ……だった……って……あ、ああっ」
「んっ」
 握り締めていて、と命じられた通り戒めているけれど、限界が来て緩めかけた途端、薄い小さな掌で重ねるように 力を加えられ仰け反った。
「はっ……はっ……」
 荒い呼吸は弾けることを許されなかったのに内側を疾った快感のせいだ。
 どうにかなりそう。
「ん…うう」
 また伊吹の小さな舌が体を這っていって京介は歯を食いしばる。
 容赦なく高まっていく体が辛い。
 伊吹がきちんと京介の弱い部分を知っていて、気持ち良くなる方法も熟知している。それが何度も重ねた逢瀬を証するとわかるから、蘇る記憶がなお快感を跳ね上げていく。
「は……ぁ…っ」
 口を開いて熱を逃がす、それぐらいしかできることがない。
 汗に溶ける。溺れていく。
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