『闇から見る眼』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
212 / 237
第5章

26

しおりを挟む
 夕方になって京介に繋がれたのは源内からの電話だった。
『えーっと、どう言えばいいのかと思うところなんだが』
「…ご心配をおかけします」
 『ニット・キャンパス』を諦める気はないと暗に伝えると、
『そいつは助かる』
「はい?」
『ハルが猛っててな』
「…猛る」
 黒髪白服の眼光鋭く無口なハルが『猛る』と言う状況が想像できない。
『昔から激しいやつなんだが』
 源内は溜め息をついた。
『今回は派手だぞ』
 派手。現在進行形なのか。
「どう言うことですか」
『市役所とか社協とか大学関係とか絡んでるだろ』
「はい」
『そっちへご注進に及んだのが居た訳だよ、結構な地位のが』
「……ああ、なるほど」
 源内の話を聞きつつPCで『ニット・キャンパス』の広報HPを当たる。とっくに仕上げられて稼働していたはずの幾つかのコーナーが『工事中』になっている。
『見てるかな?』
「はい、確認しています。広報にご迷惑おかけしてますね」
『いやそっちはいいんだ、企画やってれば、こう言うこともあるから』
 源内はオープン・イベントのところを開けてくれ、と指示した。
 確認してぎょっとする。
「…渡来晴の名前がないようですが」
『…出ないって言い出して』
「……僕のせいですか」
『いや違う。ご注進に及んだ議員が喜多村会長に張り合うネタに使おうとしたのを見抜いてな、今後そいつが口を挟むならイベントに参加しないし、「ニット・キャンパス」そのものを叩き潰すと言い出して』
「………なるほど」
 確かにそれは『猛る』にふさわしい。
「どうやって叩き潰すつもりなんでしょう」
『…あいつは海外の方がツテが多いんだよ』
 源内が溜め息混じりに唸る。
『今からなら一ヶ月ある。「ニット・キャンパス」開催日と重ねる形で、自分の個展を開き、現場で作品を公開作成し販売するって。元々あれこれ縛りがあるのが引っ掛かってたから、それさえなければ作品のネタはいくらでも準備できるし、海外のバイヤーはハル目当てなんで大歓迎している。スポンサーも次々名乗りをあげてるし、小さなところだが美術館関係者も動き出しててな。ハルにそれをやられると、「ニット・キャンパス」なんて消し炭みたいな状態になるぞ』
「……凄まじいですね」
 台風のような男を小さな囲いに入れようとしたのが間違いだったのか。
 全てが壊されそうな感覚に京介が唇を噛み締めると、
『安心しろ、脅しだから』
「え?」
『ハルは「ニット・キャンパス」をやりたがってる。今回の動きは本気だが、まだ振り回す気じゃない。あいつは何を動かしたら、どう事態が展開するかって言うのをよぉく知っててな』
 だから難しいやつなんだが。
『今回の議員だけじゃない、あんたの件に関して今後ややこしい介入をしてくるようなら、いつでも自分は海外に飛ぶって見せつけたんだよ。それもただ飛ぶだけじゃない、飛び立った後を破壊し尽くして飛ぶ、そう宣言したんだ。……たぶん、「ニット・キャンパス」が終わるまで、そう言う系統の介入はもう入らないと思うぜ』
「…」
『ハルはあんたと真っ向勝負を望んでる』
 源内の声は静かだった。
『過去とか未来とか、組織とか金とか、立場とか評価とか、そう言うもの抜きで、あんたに勝ちたがってる』
 小さく吐息した。
『珍しいよ』
 いつだって、あいつの目に入っているのは作品だけだったんだがな。
『だから、邪魔になる要素を地均しするみたいに潰したんだ』
 美並、と優しく呼んだ声を覚えている。
 自分と一緒に映画を見てくれた愛しい相手が、終わればすぐさま離れて他の男の所へ行く。
 それを見送ったハルの気持ちが胸に響く。
 歳下だろうが学生だろうが関係ない。伊吹を守る役割が果たせないなら、さっさと消えろと挑まれている。
 冷ややかな黒い視線を感じた。
 明渡せ、その場所を。
 そこは、美並を守れるものだけが立っていい場所だ。
「……不利だなあ」
 苦笑しながら京介は呟いた。
「僕に出せるのは体一つしかないのに」
『……何かあったのか?』
「え?」
『いや、何かあったのはわかってるが………』
 もごもごと口籠もる。
『まるであんた……絶対の勝利を確信してるみたいだ』
「?」
 今度は京介が首を傾げた。源内とのやりとりを思い出す。そんなことばを話しただろうか。
『……そうか……だからハルが焦ったのか』
「焦った?」
『いや、えらく慌ててそっちへ出かけたからさ』
「そっち? 桜木通販ですか?」
 思わず閉め切ったドアを振り向いた。
『たぶん。まあさすがにすぐに何かやらかすわけじゃないとは思うが』
 そうだろうか。
 京介はドアを凝視する。
 今日は京介はここから出られない。明日も明後日も、状況によっては缶詰になるかも知れない。
 かけがえのないものを守ろうとするなら、人がどれほどためらわないのか、京介はもうよく知っている。そして、伊吹はハルにとって、京介以上にかけがえのないものだろう。
 来るはずだ、必ず。
『まあハルの動きを話しておこうと思ったのが一つ、「ニット・キャンパス」の開催は心配するなと伝えたかったのが一つ』
 源内が重荷を降ろした声で話し出して、注意を戻した。
『ああそれに、金曜日、来るだろ』
「道場ですね」
 迷惑をかけないかと思っていたのだが、源内は待ってくれるようだ。
 脳裏を鳴海の姿が掠める。
 甘えよう。
 京介には分け与えられる持ち合わせがほとんどないが、助けてくれるなら甘えよう。傷ついても今は伊吹が居る。
「伺います」
『鍛錬してるか?』
「してますよ。少しずつ体が柔らかくなってきた気がします」
 笑って、源内に確認することを思い出した。
「…一つ、お尋ねしたいことがあります」
『ああHPの方はちゃんとやり直して復旧する」
「いえ……源内さんのお師匠さんのことですが」
『師匠? 名前なら羽折二木助って言うんだが』
「…珍しいお名前ですよね」
『珍しいだろ、神社にはねおり、で同じ漢字を書く場所があるんだが、羽根の羽に、折り紙の折る、ではおりって読むんだ。それが何か?』
「……以前にお聞きした時、孫娘さんを亡くされて、その後お寺に入られたと。そのお寺の名前は大恩仁寺と言いませんか」
『ああ、そうだ。何だ、知っている寺なのか?』
「もう一つ。羽折さんにはお孫さんがもう一人おられませんでしたか」
『あ、ああ、居たはずだ、男の子だった』
「その男の子が触ったことのある持ち物が何か、道場に残っていたりはしませんか」
『…どうだろうな………いや、ちょっと待て』
 源内の声が警戒を帯びる。
『一体何の話をしてる?』
「……難しいお話になります。お会いしてからでもいいですか」
 がちりとどこかで鎖が鳴る。
 『羽鳥』を食い締める戒めが、一つ一つ詰められていく。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

契約婚と聞いていたのに溺愛婚でした!

如月 そら
恋愛
「それなら、いっそ契約婚でもするか?」  そう言った目の前の男は椿美冬の顔を見てふっと余裕のある笑みを浮かべた。 ──契約結婚なのだから。 そんな風に思っていたのだけれど。 なんか妙に甘くないですか!? アパレルメーカー社長の椿美冬とベンチャーキャピタルの副社長、槙野祐輔。 二人の結婚は果たして契約結婚か、溺愛婚か!? ※イラストは玉子様(@tamagokikaku)イラストの無断転載複写は禁止させて頂きます

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

処理中です...