『書きたい小説』

segakiyui

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第2章 書けない小説

1.魔法

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 魔法が書けない。
 ファンタジーを書くのに魔法が書けないなんて致命的だ。
 なぜ書けないかという理由は明確で、私は魔法を使えないし、使ったこともない。使ったこともないから、構造・存在が理解できない。だから書けない。
 ならばあなたは、経験したことしか書けないのですか。
 はい、その通りです。
 書かれているものは、どれほど突拍子もないことであっても、基本的には経験していることなので、書き始めるとすぐにことばになり形になる。
 ある文学賞の授賞式で、作品の中に出てくるキャラクターは実在か想像かと問われたことがあった。相手は名だたる小説家、もしくはエッセイスト。
 実在しておりモデルが居ます、と答えるとひどくほっとした顔で、そうか、それがずっと気になっていた、と応じられた。むしろ、それだけが気になっていたというべきか。その後はもう彼は、私の作品に興味を示さなかったから。
 おそらくはリアルであったのだろう。
 想像であったのなら、それは素晴しい作家の才能に間違いなく、つまりは彼の商売敵として育つ可能性があり、それなりに対応を考えねばということだったのかもしれない。
 けれど、それにはモデルが居た。
 なあんだ。
 溜め息の陰にあったのは優越感だったんだろう。
 そういうことなら大丈夫、『たまたま』だったんだ、賞の一つぐらいくれてやれ。いずれ埋もれて消えていく一発屋だから。
 だから本当は、あのとき既に私の作家としての才能のなさは十分証明されていたのだろう。
 病棟看護師だったころ、退院間近の糖尿病患者に在宅管理の指導をしようとして、ひどくののしられたことがある。
 子どもも産んでないあんたに何がわかるの。
 出産していない全ての女性に対するひどいことばだと思い、経験しなければ何もできないと言うのなら、看護師医師は全て一度は重病となり数ヶ月の入院を経験するか、生死の境に追いやられて苦痛を舐めるかしなくてはならないということになるじゃないか、と反感を抱いた。
 子どもを産まなくちゃわからないなんて、どうよ。
 そのとき、諸事情で一人で生きていくつもりだったから、子どもは愚か結婚も想定外だった。それまで入院もしたことがないし内服治療も受けたことがなかった。もちろん、手術も経験していなかった。
 ならば私はずっと、この先適切な看護なんてできないのか?
 確かにあの小説はアレンジこそしているが、ほとんど現実で、だからこそ私は起こった出来事の隅々までわかっており、分析を重ね考察することができた。
 だからこそ書けた。
 物語のような現実は私にとっては日常茶飯事だ。悲劇も喜劇も起こり続け、必死に生き延びるしか手がない。
 抱えておくにはあまりにも苦しく、物語の形で吐き出している。
 『VAKU』は私そのものか。
 ならば宇宙は?
 出かけたことがないのに書いてる、あれは?
 スペインの物語を書いて、後日、スペインを訪れた友人に景色が小さいことを指摘された。現実のかの国はもっと広く建物も空間も高く遠い、らしい。
 ならば偽物にせよ、それでもなぜ書けたのか。
 現実だと思い込んで書けたのか。
 恋愛小説だってそうだ、経験したばかりのことじゃない。なのに書いている、あれは?
 完成度ということか?
 経験していないことは完成度が低い。
 魔法が書けない。
 けれど書いてみたい。
 同じようにやればいいのではないか?
 思い込みの宇宙や思い込みのスペインや思い込みの恋愛を描いたように、これと思い込んだ魔法を書けばいい。
 本当は違う。
 書けないのは、私が知っている魔法は、ああいうものじゃなくて、ああいうふうには働かないからだ。
 呪文や詠唱や紋や儀式や素材、ではない。
 魔法が書けないのは、その魔法について語ることばや形式がないからだ。
 今ならできるだろうか。
 魔法は力だ。
 それは組み合わせと配置による。
 固定したものではない。
 原則がないわけではない。
 世界の理だ。
 魔法の中心を遠巻きに描いては来たのだ。
 今その中心を描けるだろうか。
 それに触れると、この小説も消え失せそうだが。
 もうタイミングはいいだろうか。
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