『ラズーン』第六部

segakiyui

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 あの焼け野原を歩きながら、ユーノはシャイラとグードスの遺体を捜した。だが、アシャの炎は人間どころか、全ての遺品まで浄化し尽くして土に還してしまっていた。踏めば脆く粉々に崩れ、風に吹かれて散っていく。
 不意にユーノの体を哄笑が襲った。何のための戦いだ。何のための犠牲だ。嗤うユーノの耳に遠くジノの詩う鎮魂歌が届いた。
 命はいつか終わるのだから……どんなに楽しい時もどんなに苦しい時も、そこには必ず終わりがあるのだから……愛し子よ……せめてその時まで精一杯生きなさい……あなたを迎えるのは私の手………死の女神と呼ばれる私の優しく酷いこの指先……。
 『死の女神』(イラークトル)の元で。詩に逝ってしまったセールの声が重なった。ラズーンで迎えてくれたシャイラの顔が焼け野原に重なった。小さなリディノの遺体がジノの腕に抱かれている場面も蘇った。カイルーン、ディーディエトの死に様も思い出した。
 終わりは必ず来るのだから……愛し子よ、せめてその時まで精一杯生きなさい……あなたを迎えるのは私の手………死の女神と呼ばれる私の酷く優しいこの指先………繰り返されることばが胸に堪える。
 生ある者の本当の望みとは全てこれなのではないか。精一杯己の命を全うすること。いつか必ず来るという終わりの日、きっと『死の女神』(イラークトル)は迷いはしないし、待ってもくれないだろう。必死に生きる各々の生き様がぶつかったはずなのに、こんな焼け野原しか残さなかった。ユーノはなんという情けない戦をしてしまったのか。
 涙が溢れた。何かどうしようもなく、情けなく、哀しかった。
 『星』は精一杯生きよと言ったのに。昔語りも詩人も精一杯生きよ、と教えているのに。これは何だ。これは一体どういうことなのだ。この戦に何の意味があったのだ。
 ユーノは泣いた。声を上げて泣き続けた。ジノがいつしか詩を止め、側に立っているのに気づいたのは、かなり時が経ってからだった。

「……」
 セシ公はユーノの答えを察したように目を伏せた。杯を持ち上げ、酒を含む。その長い睫毛を見つめながら、ユーノは答えた。
「私もレスファートと同意見だ。人を『区別』したくない」
「…なるほどね」
「え?」
「レスファート殿が答えられた時、こうも言われた。『ユーノがいても同じだ』と」
「…いや、違うと思う」
 ユーノは首を振った。
「レスはあれでも『生き方』については敏感だから、誰が何と言おうとも変えられないものもあると言いたかったんだと思うよ」
「お見通しですね」
 セシ公はくすくす笑った。溜息混じりに、本気とも冗談ともつかぬ口調で、
「レスファート殿とあなたに拒まれては策は流れた。また新たな作戦を考えるといたしましょう……が、『運命(リマイン)』は次はどこから来ると思われますか?」
「たぶん、南。あ、そうだ、勝手に野戦部隊(シーガリオン)を南へ向けた。まずかったかな」
「いいえ」
 セシ公はにやりと笑いながら立ち上がった。
「その策は正解です。次は南、それもギヌアの性格からすれば二段構えの攻めで来るでしょう」
「後はうまく中央に誘い込まれて、二段とも兵を消耗してくれればいいんだけど」
「その点は大丈夫です」
 済ました顔でセシ公は続けた。
「南に血の気の多い単純なのを配しています。うまくギヌアの先鋒に乗ってくれるでしょう」
「あなたが『運命(リマイン)』の軍師でなくてよかったよ」
 ユーノが心から応じると、なぜかセシ公は奇妙な表情になった。
「こちらこそ、あなたが『運命(リマイン)』だったら怖かったでしょうな。正攻法で来られると苦手でね」
 セシ公が怖がる姿が想像できずに眉を寄せると、
「それはともかく……アシャ殿が呼んでおられましたよ。体が空くようならば来て欲しいと」
「…うん、わかった」
 来るべきものが来たという気がした。
 ユーノは固く頷いて、ゆっくり席を立った。
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