9 / 119
1.運命(さだめ)のもとに(9)
しおりを挟む
シィグトの部屋の扉を開け放つ。中に居た数人の親衛隊が、驚いたように振り返る。
「何を…しているのです」
「は…いや、シィグトの見舞いを」
「医術師は居ないのですか?」
「は、はい、ここに」
「そう」
セアラは静かに親衛隊の顔を見回した。にっこりと満面で、けれど皮肉を込めて微笑んで見せる。
「聞きたいのですが」
「何でしょう、セアラ様」
「今何者かが皇宮に攻め入った時、お父様達を守ってくれるのは誰なのですか?」
「え…?」
「…あ…」
ぽかんとしていた隊士達の間に動揺が走る。互いに顔を見合わせ、うろたえたように1人2人と部屋を出る。
「待ちなさい」
「は」
「ゼラン無き後、誰が隊長を務めていますか」
「え、いや、その」
「決めてもいない、と言うわけですね」
「は、はい」
これは酷すぎる。子どもの親衛隊ごっこの方がまだましなのではないか。
こぼれそうになった溜息を噛み殺して続ける。
「ならば、私が隊長を務めます」
「は?」
怠慢さを指摘され、消え入りそうな声で答えていた隊士が呆気にとられた表情になる。
「あ、あの」
「何か?」
「セアラ様が、ですか?」
「不服ですか」
「不服というより……セアラ様は姫君であらせますし…」
女子供に務まる役職ではないと苦笑いしかけた相手に、冷ややかに言い捨てる。
「女子供でも、負傷した人間を見舞うしか才のない男よりはましでしょう」
「っ」「セアラ様っ!」
さすがに聞き捨てならないと血気に逸った若い男が抗議しようとする。その自分より10歳以上歳上の人間を、セアラは不敵とも言える傲慢さで押さえつけた。
「お黙りなさい!」
息を呑む相手に厳しく続ける。
「私が不服なら辺境の守りについて答えなさい。守りの配置は? 役目の分担は? 北西のカザドの動きは? レクスファとの国境協定は?」
「……」
ただの1つも答えられない相手をもう振り向きもせず、セアラはベッドの上のシィグトに向き直った。不満そうな気配を残し退室していく親衛隊を気持ちから追い出す。医術師よりようやく小康状態になったと説明を聞き、その医術師も人払いする。
ぱたりと閉まった扉に、そっと優しくシィグトを覗き込んだ。
左眼は刀傷を受け眼球は崩れており、恐らくは失明するだろうとのこと、当てられている包帯が所々朱に染まっているのが痛々しい。
気配に気づいたのか、ふ、とシィグトが右眼を開いた。
「セアラ様…」
「馬鹿ね、どうして1人で行ったの」
「…つい……油断していたんです……が」
「が?」
「えらく……彼らに厳しく……当たりましたね……まるで……魔姫(パイルーヤ)だ…」
掠れた声で呟く相手に、ほっとしつつも詰る。
「だから、あんたは子どもだって言うのよ、シィグト」
声を低めて囁く。
「女の子の気持ちなんか、全くわかっていないんだから。誰だって『愛する人』を傷つけられたら魔にも化け物にも……なるわ…」
「セア……」
驚きに大きく開いた眼が痛んだのだろう、軽く顔を歪めたシィグトは、降りてきたセアラの唇にゆっくりと目を閉じ受け止めた。
「何を…しているのです」
「は…いや、シィグトの見舞いを」
「医術師は居ないのですか?」
「は、はい、ここに」
「そう」
セアラは静かに親衛隊の顔を見回した。にっこりと満面で、けれど皮肉を込めて微笑んで見せる。
「聞きたいのですが」
「何でしょう、セアラ様」
「今何者かが皇宮に攻め入った時、お父様達を守ってくれるのは誰なのですか?」
「え…?」
「…あ…」
ぽかんとしていた隊士達の間に動揺が走る。互いに顔を見合わせ、うろたえたように1人2人と部屋を出る。
「待ちなさい」
「は」
「ゼラン無き後、誰が隊長を務めていますか」
「え、いや、その」
「決めてもいない、と言うわけですね」
「は、はい」
これは酷すぎる。子どもの親衛隊ごっこの方がまだましなのではないか。
こぼれそうになった溜息を噛み殺して続ける。
「ならば、私が隊長を務めます」
「は?」
怠慢さを指摘され、消え入りそうな声で答えていた隊士が呆気にとられた表情になる。
「あ、あの」
「何か?」
「セアラ様が、ですか?」
「不服ですか」
「不服というより……セアラ様は姫君であらせますし…」
女子供に務まる役職ではないと苦笑いしかけた相手に、冷ややかに言い捨てる。
「女子供でも、負傷した人間を見舞うしか才のない男よりはましでしょう」
「っ」「セアラ様っ!」
さすがに聞き捨てならないと血気に逸った若い男が抗議しようとする。その自分より10歳以上歳上の人間を、セアラは不敵とも言える傲慢さで押さえつけた。
「お黙りなさい!」
息を呑む相手に厳しく続ける。
「私が不服なら辺境の守りについて答えなさい。守りの配置は? 役目の分担は? 北西のカザドの動きは? レクスファとの国境協定は?」
「……」
ただの1つも答えられない相手をもう振り向きもせず、セアラはベッドの上のシィグトに向き直った。不満そうな気配を残し退室していく親衛隊を気持ちから追い出す。医術師よりようやく小康状態になったと説明を聞き、その医術師も人払いする。
ぱたりと閉まった扉に、そっと優しくシィグトを覗き込んだ。
左眼は刀傷を受け眼球は崩れており、恐らくは失明するだろうとのこと、当てられている包帯が所々朱に染まっているのが痛々しい。
気配に気づいたのか、ふ、とシィグトが右眼を開いた。
「セアラ様…」
「馬鹿ね、どうして1人で行ったの」
「…つい……油断していたんです……が」
「が?」
「えらく……彼らに厳しく……当たりましたね……まるで……魔姫(パイルーヤ)だ…」
掠れた声で呟く相手に、ほっとしつつも詰る。
「だから、あんたは子どもだって言うのよ、シィグト」
声を低めて囁く。
「女の子の気持ちなんか、全くわかっていないんだから。誰だって『愛する人』を傷つけられたら魔にも化け物にも……なるわ…」
「セア……」
驚きに大きく開いた眼が痛んだのだろう、軽く顔を歪めたシィグトは、降りてきたセアラの唇にゆっくりと目を閉じ受け止めた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
嘘はあなたから教わりました
菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。
(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)
青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。
ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。
さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。
青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる