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第3章
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そうだ、つまり、大輔ははなから真崎を参加させるつもりなどなかったのだ。なかったのに、真崎を。
「ふん」
鼻で嗤う大輔に、真崎がぎゅ、と唇を引き締めるのが見えた。
それでどれだけ真崎が追い詰められ苦しんだのか、きっと大輔には永久にわからないのだろう。
きっとこの件で大輔が感じたことは、思惑が外れて真崎を抱き損ねた、それぐらいで済んでしまうことなのだろう。
真崎の胸を過った虚しさを感じて美並も唇を噛む。
「参加させるつもりがなくて、何の方法を教えるつもりだったんだ?」
大石が訝しそうに尋ねて、美並は一瞬大笑いしそうになった。
ヒットすぎる。
同時に反転するように切なくなってくる。
原因と結果がはっきりしている世界、常識と日常が当たり前に保証されている世界、その世界では、美並の苦痛も真崎の傷みもあまりにもドラマチックであり得ない。
蘇ったのは赤い空。
空、と言えば誰もまず青空を思う。
空を描けと言われて青色を使わない人間の、心の中に浮かぶ空の意味を思いやることなく、なぜ青空ではないのだと不思議がって問いかける人々の中で、その青くない空の意味を伝えきれる者がどれほどいるだろう。
今目の前に展開している状態のように、大石の真横に大輔や真崎や美並は居る。大石に見えないだけで、美並達の抱えている世界ははっきりそこに存在しているけれど、大輔が真崎の苦痛に思い至ることがないように、大石にも真崎や美並の傷はわからない。
日常と背中合わせに見えない世界が存在していても、その存在はあり得ないとされる。
あり得なくても、その世界に関わって人の心は傷むのに、その傷みまでないことになってしまう、苦痛。
大石と美並が一緒に居られなくなったのは、大石は自分が見える美並しか受け入れなかった、そういうことなのだろう。美並は自分に見えている赤く濡れた空を伝え切れなかったけれど、伝えても大石には想像できなかっただろう、それは大石の世界を壊してしまうから。
美並は目の前の背中を見上げる。
ならば、真崎は、美並にとっても世界を共有できる唯一の相手なのかもしれない。見えない世界を感じ取ってしまう美並の感覚を、真崎は望んで必要としてくれる。
突然、また微かな不安が揺らぐ。
確かにそうだ、今までは。
けれど、今ここで真崎はついに大輔という壁を通り抜けた。自分の過去は経験値となって真崎の内側で再構築され、それを武器に真崎は再び現実の闘いに戻ってきている。
では、そのどこに、美並の存在はあるのだろう?
喉が詰まって、胸が締めつけられる。
桜木通販での事務補佐にはいくらでも代わりがいる。
過去に向き合って傷を癒した真崎がより充実した人生を送ること、もう大輔の影に怯えることもなくなってくるのは予想できる。
美並の役割は終わった、のだ。
最後まで、いかなくてよかった、そういうこと、かな。
ぼんやりと美並は思った。
もう真崎には美並でなくてもいい。
美並の世界はおそらくはこの先も独りで受け取るしかないだろうけど、真崎の世界は次第に開かれ、やがて新しい関係が紡がれて共有されていくだろう。
美並には、ひょっとしたら真崎しかいないのかもしれないけれど、真崎には。
「……」
握っていたこぶしをそっと降ろした。
背中に触れたいと思った理由がわかった。
側に居たいと思ったのだ。
必要ないかもしれないけれど、側に居たいと。
甘えたい、と。
でも、それは。
きつく唇を噛む。
それは。
たぶん、美並、では、なくて。
明。
小さく胸で呟く。
明、私、とてもうまくやっちゃったみたい。
心配しててくれたのに、もう、この時がきちゃった。
京介を手放すときが。
潤みそうになった視界を堪える。
せめて一度ぐらい家に連れていって、ほらこういう人もいることだし、と両親を安心させてやれればよかったのかもしれないけど。
何もこんなに急いで決着をつけなくてよかったのかもしれないけれど。
それでももう、嫌だったんだ。
京介がこれ以上傷つくのが、嫌だった。
辿りついてしまえば、終わるしかないとわかっていたのに、馬鹿だね?
「ふん」
鼻で嗤う大輔に、真崎がぎゅ、と唇を引き締めるのが見えた。
それでどれだけ真崎が追い詰められ苦しんだのか、きっと大輔には永久にわからないのだろう。
きっとこの件で大輔が感じたことは、思惑が外れて真崎を抱き損ねた、それぐらいで済んでしまうことなのだろう。
真崎の胸を過った虚しさを感じて美並も唇を噛む。
「参加させるつもりがなくて、何の方法を教えるつもりだったんだ?」
大石が訝しそうに尋ねて、美並は一瞬大笑いしそうになった。
ヒットすぎる。
同時に反転するように切なくなってくる。
原因と結果がはっきりしている世界、常識と日常が当たり前に保証されている世界、その世界では、美並の苦痛も真崎の傷みもあまりにもドラマチックであり得ない。
蘇ったのは赤い空。
空、と言えば誰もまず青空を思う。
空を描けと言われて青色を使わない人間の、心の中に浮かぶ空の意味を思いやることなく、なぜ青空ではないのだと不思議がって問いかける人々の中で、その青くない空の意味を伝えきれる者がどれほどいるだろう。
今目の前に展開している状態のように、大石の真横に大輔や真崎や美並は居る。大石に見えないだけで、美並達の抱えている世界ははっきりそこに存在しているけれど、大輔が真崎の苦痛に思い至ることがないように、大石にも真崎や美並の傷はわからない。
日常と背中合わせに見えない世界が存在していても、その存在はあり得ないとされる。
あり得なくても、その世界に関わって人の心は傷むのに、その傷みまでないことになってしまう、苦痛。
大石と美並が一緒に居られなくなったのは、大石は自分が見える美並しか受け入れなかった、そういうことなのだろう。美並は自分に見えている赤く濡れた空を伝え切れなかったけれど、伝えても大石には想像できなかっただろう、それは大石の世界を壊してしまうから。
美並は目の前の背中を見上げる。
ならば、真崎は、美並にとっても世界を共有できる唯一の相手なのかもしれない。見えない世界を感じ取ってしまう美並の感覚を、真崎は望んで必要としてくれる。
突然、また微かな不安が揺らぐ。
確かにそうだ、今までは。
けれど、今ここで真崎はついに大輔という壁を通り抜けた。自分の過去は経験値となって真崎の内側で再構築され、それを武器に真崎は再び現実の闘いに戻ってきている。
では、そのどこに、美並の存在はあるのだろう?
喉が詰まって、胸が締めつけられる。
桜木通販での事務補佐にはいくらでも代わりがいる。
過去に向き合って傷を癒した真崎がより充実した人生を送ること、もう大輔の影に怯えることもなくなってくるのは予想できる。
美並の役割は終わった、のだ。
最後まで、いかなくてよかった、そういうこと、かな。
ぼんやりと美並は思った。
もう真崎には美並でなくてもいい。
美並の世界はおそらくはこの先も独りで受け取るしかないだろうけど、真崎の世界は次第に開かれ、やがて新しい関係が紡がれて共有されていくだろう。
美並には、ひょっとしたら真崎しかいないのかもしれないけれど、真崎には。
「……」
握っていたこぶしをそっと降ろした。
背中に触れたいと思った理由がわかった。
側に居たいと思ったのだ。
必要ないかもしれないけれど、側に居たいと。
甘えたい、と。
でも、それは。
きつく唇を噛む。
それは。
たぶん、美並、では、なくて。
明。
小さく胸で呟く。
明、私、とてもうまくやっちゃったみたい。
心配しててくれたのに、もう、この時がきちゃった。
京介を手放すときが。
潤みそうになった視界を堪える。
せめて一度ぐらい家に連れていって、ほらこういう人もいることだし、と両親を安心させてやれればよかったのかもしれないけど。
何もこんなに急いで決着をつけなくてよかったのかもしれないけれど。
それでももう、嫌だったんだ。
京介がこれ以上傷つくのが、嫌だった。
辿りついてしまえば、終わるしかないとわかっていたのに、馬鹿だね?
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