『闇を見る眼』

segakiyui

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第2章

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 さんざんぶっ飛んだ発想であれやこれやと騒いで呑んで、明がまず一番に潰れて寝転がる。そのまますぐに鼾をかきだして、ようやく大人しくなったか、と溜め息をついて美並は布団をかけてやった。
 やっぱりどこか、真崎のことを抱え込んでたのかもしれない。
 余りにも危うい真崎を見せつけられて、それをどうしてやったらいいのかと、明なりに悩んだのかもしれない。
「もう、弱いくせに、機嫌よくなると止まらないんだから」
 口ではそっけなく言いながら、明は明で心配してくれたのだ、と思う。
 ふと、真崎を見遣ると、ビールのコップを置いてじっとこちらを見ている。
 さっきの「高崎」というのが誰だったのか、まだぴんとこないけれど、真崎も何か心配の種を抱えて、それで一気に弾けてしまったのかもしれない。急に静かになったのは、美並が行くのを待っているのかな、と思ってそっと側に近付くと、ほっとした顔でしなだれかかってきた。
 温かい、というよりは、熱っぽい身体を押し付けられて、僅かに速い呼吸が喘ぐようにも聞こえて、どきどきする。
「京介?」
「はい~」
「何があったの?」
 一瞬僅かな間があった。
 ふわりと見開いた眼鏡の奥の瞳はまだ潤んでいるけれどひどく透明、それを慌てて隠すように閉じてしまった睫の影が柔らかい。
「いっぱい~、でも、僕~~頑張ったんだよ~」
 いっぱいがんばったの、だからねえ、伊吹さん~。
 掠れた声で繰り返しながら、両手を上げて肩にしがみついてすりすりと頭を肩に擦り付けてきた。
「キスして~」
「京介」
「御褒美~ねえ~キス~」
 甘えてきた表情はどこか切なそうで、今にも蕩けそうだ。
 一瞬こんなふうに明にのしかかっていたのかと思ってしまい、固まった気配に相手はすぐに気付いた。少し身体を起こして眼鏡を外し、顔を寄せてキスを誘うように覗き込んでくるが、美並がなおも動かないのに見る見る不安そうに顔を歪める。
 眉を寄せ、瞳をもっと潤ませて強く抱きついてきながら、半泣きの声で訴えてくる。
「伊吹さん、僕のこと嫌いなんだ~」
「はいい?」
「嫌いなんだ~悲しい~僕頑張ったのに悲しい~」
 濡れた声がなじる。肩が湿って、首筋が濡れた。くふん、くふん、と小さく鼻を鳴らしながらくっついてくるのが、まるで小さな男の子のようなのに、美並の膝を跨ぐようにくっついてくる、その膝の先に触れているものが次第に固く主張してくる。
 京介、と呼び掛けたことばが聞こえなかったように、
「伊吹さぁん、僕のこと好き~?」
 ぎゅう、と押し付けながら身体を震わせ、感触に堪え切れなくなったようにゆっくり揺すぶってきた。頼りない幼い口調、けれど張り詰めてきている部分はもうほとんど臨戦状態で、状況とことばの落差に美並はくらくらする。
 誘惑されてる。
 こんなに好きだって体中で訴えられて、答えないなんてできやしない。
 それでも動かない美並に、自分で煽られてしまったのだろう、
「好きだって言ってよ~~嫌いにならないでよ~~死んじゃうから~~抱き締めてよ~~~一人にしないでよ~~」
 微かに喘ぎながら切ない声で掻き口説かれて、何だか聞いていられなくなって、顔を上げさせて唇を塞いだ。
「ん…」
 ほっとしたように真崎が吐息をつく。
 早急に忍び込もうとする舌を舐めて、そっと離す。
 問いかけるようにうっすらと目を開けた相手に、
「静かにしましょうね?」
 言い聞かせると、嬉しそうに眼を細めて見つめてくる。
「泊まっていい?」
 熱に熟れた声で呟いた。少し顔を離して、もっと、と息で囁いて。
「キスして?」
 濡れた眼でぺろん、と唇を舐めてきた。
「う」
 凶悪だ。
 人の克己心を粉々にする術を知っている。
「確信犯かよ」
 性質が悪い。
「そうしたらもう寝る?」
「京介って呼んで?」
 ちょん、と首を傾げてはにかんでみせられた。
 負けました~~。
 美並の頭が白旗を掲げる。
「京介」
 今度は美並から引き寄せて、開いた唇の中の舌を舐めた。はふ、と甘い息を漏らす相手の口を何度も探ると、震えが真崎の身体の中を走ったのがわかる。
 ああ、ここが弱いんだ。
「っ…」
 気付いた場所に舌を伸ばすと、真崎がじれったがるように身をよじった。
 やばい。
 まずい。
 美並の頭の中で、灯ったのは赤い炎。
 それはきっと大輔の、恵子の頭の中も染めた色だ、と気付いた。
 押し流されるな。
 踏み留まれ。
 欲しがってくる舌をまたちょっと舐めて押し返す。
 だめだ、今こんな状態で入っていい部分じゃない。
 それに、いくらなんでも、もう寝させなくちゃいけない。何より美並も明日仕事だ。
 蕩けた真崎の視線にそっと言い聞かせる。
「おやすみなさい」
 やだ、と小さくごねても、真崎は限界だった。
 髪を撫でてやると、そのままずるずるカーペットに崩れて、それほど待つまでもなく真崎は眠り込んだ。
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