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第1章
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「それ、何?」
しばらく伊吹を抱き締めていてようやく落ち着いたのだろう、真崎が体を離して起き上がった伊吹が髪を整えながらキッチンに向かうのに呼び掛けてくる。
「ミルクホイッパー」
「みるく、ほいっぱー……?」
「課長でも知らないことがあるんですね」
「んー」
知らないと言われてちょっとむっとしたのか、眼鏡をかけながら真崎は伊吹が手にしたものに眉を寄せる。
「牛乳……泡立て、器?」
「直訳でしょうが」
でも、その通りだから笑えますよね、と真崎を促して部屋を出る。
「どうするの?」
「コーヒーに泡立てたのをのせるとカプチーノとかカフェラテになるんですって」
「試してないの?」
「まだね」
どうせならおいしいコーヒーで試したいでしょう?
真崎を見上げると嬉しそうに笑ったが、部屋を出て行き、閉めようとするドアにちょっとためらう。
「何?」
「あの……さ」
「はい」
「寝巻とか……歯ブラシとか……持ってこない?」
「は?」
「何もしないから」
「……」
「今夜は一人で居たくない、だけだから」
溜め息をついて、伊吹はドアを閉めて鍵をかけた。
「だめ、か」
じっと見ていた真崎がわずかにしょげる。
「ゆっくり行きましょう」
「え?」
「ゆっくり、ね?」
振仰いで笑った。
「お互い子どもじゃないんだから」
「……僕は子どもでもいいけど」
「子どもとは付き合いませんよ?」
「う……それは…嫌」
嫌、というあたりが既に十分子ども返りしてるけどなあ、と伊吹は笑いながらもう一度真崎を促すと、相手はちょっと待って、と携帯を耳にしている。
「……ん、よし」
「何」
「さっきのタクシー帰しちゃったから」
「おい」
そう言えば待たせてたんだった、と思い出したが、なるほど真崎が遅れて後を追ってきたのはタクシーを帰らせていたのか。じゃあ丸々なだれ込む気だったんだ、と気付いて睨みつけると、相手はしらっとした顔で携帯を見せる。
「もっかい呼んだ。もう来るよ」
「……抜け目ないですね」
「うん」
抜け目ないってのは褒めてないんですからね、と確認したが、真崎は平然としたものだ。
「伊吹さんを手に入れるためなら、とことん抜け目なくないとね」
「ふぅん」
「ふぅん?」
「課長を好きになったのは、抜け目ないからじゃないんだけどなあ」
「えっ」
ど、どこ、僕のどこが好きなの、と軽くどもって真崎が覗き込んでくる。そのとたん、ぎょっとしたように眼を見開いた。
「え?」
「はい?」
「伊吹さん……僕のこと好きなの?」
「……さっき言いましたけど」
「…………覚えてない……」
茫然としたまま繰り返す顔は本気だ。
「どうしよう、覚えてない」
「………気持ちがどっか行ってたんですね」
たぶん見えているよりずっとぎりぎりの場所に居たのだろう。そこから何とか連れ戻してこれたらしいとほっとしていると、真崎が世にも悲しそうに俯いた。
「………覚えてない」
「課長」
「…………きっと凄く嬉しかったから忘れちゃったんだ」
今にも泣きそうな声で訴えながら、ちらりと見遣ってくる。
これは覚えてるな。
というか、あやふやながらも覚えてはいる、それをもう一度はっきり味わいたくなったに違いない。
「……課長」
「だから、伊吹さん」
「二度と言いません」
「そんなあ」
「次に凄く嬉しいことがあったら思い出しますよ」
「………凄く嬉しいことって……じゃあ次は伊吹さんとえっち…ったぁ!」
ばつんと背中を叩かれて真崎が悲鳴を上げた。
しばらく伊吹を抱き締めていてようやく落ち着いたのだろう、真崎が体を離して起き上がった伊吹が髪を整えながらキッチンに向かうのに呼び掛けてくる。
「ミルクホイッパー」
「みるく、ほいっぱー……?」
「課長でも知らないことがあるんですね」
「んー」
知らないと言われてちょっとむっとしたのか、眼鏡をかけながら真崎は伊吹が手にしたものに眉を寄せる。
「牛乳……泡立て、器?」
「直訳でしょうが」
でも、その通りだから笑えますよね、と真崎を促して部屋を出る。
「どうするの?」
「コーヒーに泡立てたのをのせるとカプチーノとかカフェラテになるんですって」
「試してないの?」
「まだね」
どうせならおいしいコーヒーで試したいでしょう?
真崎を見上げると嬉しそうに笑ったが、部屋を出て行き、閉めようとするドアにちょっとためらう。
「何?」
「あの……さ」
「はい」
「寝巻とか……歯ブラシとか……持ってこない?」
「は?」
「何もしないから」
「……」
「今夜は一人で居たくない、だけだから」
溜め息をついて、伊吹はドアを閉めて鍵をかけた。
「だめ、か」
じっと見ていた真崎がわずかにしょげる。
「ゆっくり行きましょう」
「え?」
「ゆっくり、ね?」
振仰いで笑った。
「お互い子どもじゃないんだから」
「……僕は子どもでもいいけど」
「子どもとは付き合いませんよ?」
「う……それは…嫌」
嫌、というあたりが既に十分子ども返りしてるけどなあ、と伊吹は笑いながらもう一度真崎を促すと、相手はちょっと待って、と携帯を耳にしている。
「……ん、よし」
「何」
「さっきのタクシー帰しちゃったから」
「おい」
そう言えば待たせてたんだった、と思い出したが、なるほど真崎が遅れて後を追ってきたのはタクシーを帰らせていたのか。じゃあ丸々なだれ込む気だったんだ、と気付いて睨みつけると、相手はしらっとした顔で携帯を見せる。
「もっかい呼んだ。もう来るよ」
「……抜け目ないですね」
「うん」
抜け目ないってのは褒めてないんですからね、と確認したが、真崎は平然としたものだ。
「伊吹さんを手に入れるためなら、とことん抜け目なくないとね」
「ふぅん」
「ふぅん?」
「課長を好きになったのは、抜け目ないからじゃないんだけどなあ」
「えっ」
ど、どこ、僕のどこが好きなの、と軽くどもって真崎が覗き込んでくる。そのとたん、ぎょっとしたように眼を見開いた。
「え?」
「はい?」
「伊吹さん……僕のこと好きなの?」
「……さっき言いましたけど」
「…………覚えてない……」
茫然としたまま繰り返す顔は本気だ。
「どうしよう、覚えてない」
「………気持ちがどっか行ってたんですね」
たぶん見えているよりずっとぎりぎりの場所に居たのだろう。そこから何とか連れ戻してこれたらしいとほっとしていると、真崎が世にも悲しそうに俯いた。
「………覚えてない」
「課長」
「…………きっと凄く嬉しかったから忘れちゃったんだ」
今にも泣きそうな声で訴えながら、ちらりと見遣ってくる。
これは覚えてるな。
というか、あやふやながらも覚えてはいる、それをもう一度はっきり味わいたくなったに違いない。
「……課長」
「だから、伊吹さん」
「二度と言いません」
「そんなあ」
「次に凄く嬉しいことがあったら思い出しますよ」
「………凄く嬉しいことって……じゃあ次は伊吹さんとえっち…ったぁ!」
ばつんと背中を叩かれて真崎が悲鳴を上げた。
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