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第1章
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「伊吹さんが欲しい」
「……」
「今すぐ欲しい」
「……」
「どうせもう、二度とこんなチャンスないし」
「……京介」
「っっ」
吐息をついて伊吹が静かに呼び掛けると、真崎は大きく震えた。熱があたった部分を微かに引く、けれど伊吹を押さえつけた手を外そうとしない。思い詰めて覗き込む顔にゆらゆら眼鏡が揺れている。
「何があったの」
「……そんなこと、今関係ないでしょ」
昏い笑みが滲むように広がって、また腰を強く押し付けてくる。
「後で何されてもいい……殺されてもいいから、今伊吹さんを抱きたい」
「恵子さんと何があったの」
「関係、ないって!」
悲鳴のように叫んだ真崎がはっとしたように息を呑む。
「関係……ないんだ」
伊吹さんには、関係ない。
僕と伊吹さんは、関係がない。
掠れた声で囁きながら、真崎が眉を寄せる。
「…関係ないのに、こんなことしてるの」
「………関係ないから、できるんだよ」
くく、と低い声で笑った真崎が腰をあてたまま揺らせた。
「気持ちいいことだけ、覚えてるんだ」
「ちっ」
一体何をやってくれたんだ。
思わず伊吹は舌打ちする。思ったよりもずっと真崎はあやうくなっていて、このままでは本当に自殺しかねない。伊吹のことばは届いてないし、今の状況がわかっているとも思えない。けれど、このまま進んでしまっては双方とも取り返しがつかないほど傷つくのは確かなことで。
「京介」
「何」
抱かれるときには名前を呼ぶんだっけね?
そう冷やかに確認されて首を捻った。何かを誤解しているみたいだけれど、その誤解を解いている時間がない。
「逃げないから、手を離して」
「逃げる」
「逃げないって」
「逃げるって」
「約束する」
「信じない」
「一度でも約束破ったことがあった?」
「え」
一瞬できた隙に弛んだ手を引き抜いて、うろたえる真崎の顔に手を伸ばす。
「眼鏡」
「っ」
「外すから」
固まっている真崎の眼鏡をそっと両手で外して畳む。まっすぐ相手に目を据えたまま、眼鏡をベッドの彼方に置いて、覗き込んだ相手の両頬に手を当てた。
「京介」
「………そうやって大石も誘惑…」
「好きですよ」
「!」
真崎がほうけた。
茫然とした顔で伊吹を見下ろす。
「な、に…」
「だから、キスから始めましょう?」
「あ…」
戸惑う相手を引き寄せて、おそらくはスープで火傷している唇にそっと口を触れた。
「いぶ…き…さ…」
「何を焦ってんですか」
「ぼく……んっ」
「っん」
ちゅ、と軽く吸いつくと、すううっと見る見る真崎が赤くなった。
「伊吹…」
「婚約者でしょう?」
覗き込んで尋ねてやると、我に返ったように大きくニ度三度頷く。
「じゃあ、これからうんと長い間一緒に居るんですよね?」
また何度も頷く。
「一気にいきついちゃうの、つまらなくないですか?」
「僕は………つまらなく、ないけど」
口ごもりながら呟いて、ますます真崎は赤くなった。
「絶対つまらなくないと思うけど」
「でも、今これ以上一気に進むと」
「進むと?」
「泣きます」
「う」
「大泣きしますよ」
「う、う」
「後一週間ぐらい口聞きません」
「え、そ、そんなの」
「どうします?」
今ここでキスだけして、もっとゆっくり一緒に居るのと、ここで先に進んでしばらくずっと喧嘩するのと、どっちがいい?
「……じゃ、じゃあ」
「はい」
もう一回キスして。
頼みながら、それでも急いで唇を押し付けてくる真崎を伊吹は苦笑しながらそっと抱き締めた。
「……」
「今すぐ欲しい」
「……」
「どうせもう、二度とこんなチャンスないし」
「……京介」
「っっ」
吐息をついて伊吹が静かに呼び掛けると、真崎は大きく震えた。熱があたった部分を微かに引く、けれど伊吹を押さえつけた手を外そうとしない。思い詰めて覗き込む顔にゆらゆら眼鏡が揺れている。
「何があったの」
「……そんなこと、今関係ないでしょ」
昏い笑みが滲むように広がって、また腰を強く押し付けてくる。
「後で何されてもいい……殺されてもいいから、今伊吹さんを抱きたい」
「恵子さんと何があったの」
「関係、ないって!」
悲鳴のように叫んだ真崎がはっとしたように息を呑む。
「関係……ないんだ」
伊吹さんには、関係ない。
僕と伊吹さんは、関係がない。
掠れた声で囁きながら、真崎が眉を寄せる。
「…関係ないのに、こんなことしてるの」
「………関係ないから、できるんだよ」
くく、と低い声で笑った真崎が腰をあてたまま揺らせた。
「気持ちいいことだけ、覚えてるんだ」
「ちっ」
一体何をやってくれたんだ。
思わず伊吹は舌打ちする。思ったよりもずっと真崎はあやうくなっていて、このままでは本当に自殺しかねない。伊吹のことばは届いてないし、今の状況がわかっているとも思えない。けれど、このまま進んでしまっては双方とも取り返しがつかないほど傷つくのは確かなことで。
「京介」
「何」
抱かれるときには名前を呼ぶんだっけね?
そう冷やかに確認されて首を捻った。何かを誤解しているみたいだけれど、その誤解を解いている時間がない。
「逃げないから、手を離して」
「逃げる」
「逃げないって」
「逃げるって」
「約束する」
「信じない」
「一度でも約束破ったことがあった?」
「え」
一瞬できた隙に弛んだ手を引き抜いて、うろたえる真崎の顔に手を伸ばす。
「眼鏡」
「っ」
「外すから」
固まっている真崎の眼鏡をそっと両手で外して畳む。まっすぐ相手に目を据えたまま、眼鏡をベッドの彼方に置いて、覗き込んだ相手の両頬に手を当てた。
「京介」
「………そうやって大石も誘惑…」
「好きですよ」
「!」
真崎がほうけた。
茫然とした顔で伊吹を見下ろす。
「な、に…」
「だから、キスから始めましょう?」
「あ…」
戸惑う相手を引き寄せて、おそらくはスープで火傷している唇にそっと口を触れた。
「いぶ…き…さ…」
「何を焦ってんですか」
「ぼく……んっ」
「っん」
ちゅ、と軽く吸いつくと、すううっと見る見る真崎が赤くなった。
「伊吹…」
「婚約者でしょう?」
覗き込んで尋ねてやると、我に返ったように大きくニ度三度頷く。
「じゃあ、これからうんと長い間一緒に居るんですよね?」
また何度も頷く。
「一気にいきついちゃうの、つまらなくないですか?」
「僕は………つまらなく、ないけど」
口ごもりながら呟いて、ますます真崎は赤くなった。
「絶対つまらなくないと思うけど」
「でも、今これ以上一気に進むと」
「進むと?」
「泣きます」
「う」
「大泣きしますよ」
「う、う」
「後一週間ぐらい口聞きません」
「え、そ、そんなの」
「どうします?」
今ここでキスだけして、もっとゆっくり一緒に居るのと、ここで先に進んでしばらくずっと喧嘩するのと、どっちがいい?
「……じゃ、じゃあ」
「はい」
もう一回キスして。
頼みながら、それでも急いで唇を押し付けてくる真崎を伊吹は苦笑しながらそっと抱き締めた。
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