『闇を見る眼』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
15 / 259
第1章

15

しおりを挟む
「わぁ…」
「気に入った?」
「いや、気に入ったというか、なんて言うか」
 ゆっくり足下に気をつけながら歩いたから、結構な時間が立ったはずだ。
 美並が額にうっすら汗を感じたのを拭った矢先、ほらここだよ、と示されたのは、そこだけ樹木が切り倒されたのか、ぽかりと開いた場所だった。
 昇った月が白々と照らす。
 深く濃い山の空の下、黒々とした針葉樹に囲まれて、広場だけが明るく仄白く光っている。
 小さな苗木や草の類はあるけれどみんな足首から膝下の高さで、それらの淡い緑が月光の中では銀色がかって見えた。
「……綺麗なところですね」
「綺麗? ここが?」
 寂しいところじゃないの?
 尋ねてくる真崎に思わず笑顔で、ううん、凄く綺麗です、と美並は応えた。
 自然の中には禍々しいところも多いけれど、この場所は驚くほど清冽で気配が澄んでいる。美並には白銀の淡い波が波打ちながら広がって、そこここに仄かに光る薄緑の炎が揺らめいて見える。
「伊吹さんには僕と違うものが見えてるんだね」
「……誰でもそうじゃないですか」
「そう、なのかな」
「そうですよ」
 けれど、ここの綺麗さはちょっと見せてあげたいな。
 そう言うと、真崎は目を見開いて美並を見下ろした。
「僕に?」
 戸惑った声で尋ねてくる。
「はい」
「……なんで?」
「え? 綺麗だから」
「綺麗だから……?」
 繰り返した真崎が、ふぅん、と小さく頷いて照れくさそうに唇を綻ばせた。
「何?」
「いや……なんか嬉しいなあと思って」
「そうですか?」
「うん」
 何が嬉しいのかまでは話さないが、真崎を覆っていた半透明の殻が微かに散った。
「ちょっと見回ってきていいですか?」
「うん」
「………手、離してもらえます?」
「…そうだね」
 名残惜しそうに掌を開くと、美並が手を引くのをどこか眩しそうな目で見る。
 まるで子どもが手に囲っていた蝶を離すような仕草だと思いながら、美並は真崎の手から自分の手を抜いた。
 広場を歩いていくと、足下で夜露に湿った草が踏みしだかれて薫りを放つ。
 やがて、美並は広場の隅の方に大小の石が並べられているところを見つけた。
『しろ』
『あずさ』
『まつたろ』
 石には薄れかけた文字で名前が書かれている。
「……ぼ……?」
 最後の一番右端のものがよく読めない。
 かなり薄れているというのもあったし、書かれた線が歪んでいびつに妙なところでうねっていて読みづらい。幼い子どもが初めて書いた文字のようだ。
「ぼけ」
 ゆっくり後ろからやってきた真崎が静かに教えた。
「ぼけ?」
「うん。僕が初めて飼った猫」
「そうなんですか」
 死んじゃったからね、と頷く真崎に、
「全部課長が飼ってた動物ですか?」
「まつたろ、は犬。あずさは猫。しろはハムスター」
 一つ一つ教えてくれる。
「課長、動物好きなんですか?」
「何、その意外そうな顔は」
「や、だって」
 あんまりきちんと世話するようには見えないし、と続けると、苦笑しながら、
「正直苦手だね。全部義姉さんの飼ってたのだよ」
「え、でも」
 イブキはちゃんと飼っていたんじゃ。
 言いかけて美並は口を閉じた。
 義姉の。
 そうか。
 イブキは恵子からのものだとすれば、辻褄があうか。
 動物が苦手な真崎がイブキを大切にしていたのも、失ってパニックになったのも、それをわざわざここまで連れ戻ってきて埋めたのも。
 大事な人の大事な猫だから。
 苦手でも、側に置いて世話をしていた。
「ふぅ」
 なかなか切ないな。
 美並は吐息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...