11 / 259
第1章
11
しおりを挟む
車が止まったのは一山上り切った平地だった。本当に小さな集落だけで、後は田んぼがぽつぽつ広がっているのどかな風景だ。
こっちです、と促されて、車を降りると、旅行誌でよく見るようなこじんまりした穏やかな雰囲気の日本家屋がある。
「いきなり始めると思わなかったな」
「え?」
ぼそりと呟かれて、美並は真崎を振り返った。
「……大輔を質問責めにした」
「……しましたっけ?」
「怖い」
「はい?」
「伊吹が怖い」
ちろ、っと舌を出してふざけて見せる真崎は子どもの顔になっている。一瞬、意外に可愛い、そう思ったとたん、呼び捨てにされたのに気付いた。
「課長」
「京介か京ちゃんがいいって」
「私は嫌です。伊吹って呼び捨てにしないで下さい」
「美並?」
「それも嫌」
「じゃあ、伊吹でいいでしょう」
「猫じゃありませんから」
言い放つとひくっと顔を強ばらせて、また小さく舌を出した。
「鋭いね」
「ありがとうございます」
「おーい、何をやってんだ!」
逸早く玄関に辿りついていた大輔が大きく手を振って促してくる。さっき一瞬見せた鋭い顔は消えていて、体育会系の気のいい男に戻っている。
「まあまあ、京介さん」
「こんにちは、義姉さん。兄がお世話になっています」
「そういうところは相変わらず卒ないな、お前は」
呆れたように瞬きする大輔に笑って、迎えに出てきた髪の毛をアップにまとめた女性が微笑んだ。
「あなたが荒っぽいんですよ」
「そこに惚れたんだろうが」
わははは、と大輔は肩を揺らせて家の中に入っていく。
「京ちゃん、そちらは?」
「ああ、伊吹、美並さん。僕の」
「会社の同僚です、よろしくお願いいたします」
真崎のことばを横取りして、美並はさっさと頭を下げた。これ以上、事態をややこしくされてはかなわない。
「同僚?」
「伊吹さん、それはおかしいんじゃないの、返って」
戸惑った顔の相手に真崎が苦笑する。
「第一僕がなんで会社の同僚の人を実家に」
「動物霊園に、です」
美並は容赦なく切り捨てた。
「私はイブキのお参りするって聞いてます」
「イブキ?」
相手は大きな目を瞬くと、うろたえたように真崎を見遣った。
「イブキがどうかしたの」
げ。
美並は思わず引きつる。慌てて真崎を見上げると、相手はまた半透明の繭に籠ったように静かな顔になっている。
「死んだんだよ、義姉さん」
「まあ……」
潤んだ瞳を悲しそうに伏せて、相手は指先を唇に当てて俯いた。ぽたぽたと涙が落ちる。
「あそこに埋めたんだ」
「………そう」
「……知らせなくてごめん」
「………いいのよ、京ちゃん」
きゅ、と唇を噛んだ相手がようよう顔を上げて潤んだ瞳で微笑んだ。
「ありがとう」
こっちです、と促されて、車を降りると、旅行誌でよく見るようなこじんまりした穏やかな雰囲気の日本家屋がある。
「いきなり始めると思わなかったな」
「え?」
ぼそりと呟かれて、美並は真崎を振り返った。
「……大輔を質問責めにした」
「……しましたっけ?」
「怖い」
「はい?」
「伊吹が怖い」
ちろ、っと舌を出してふざけて見せる真崎は子どもの顔になっている。一瞬、意外に可愛い、そう思ったとたん、呼び捨てにされたのに気付いた。
「課長」
「京介か京ちゃんがいいって」
「私は嫌です。伊吹って呼び捨てにしないで下さい」
「美並?」
「それも嫌」
「じゃあ、伊吹でいいでしょう」
「猫じゃありませんから」
言い放つとひくっと顔を強ばらせて、また小さく舌を出した。
「鋭いね」
「ありがとうございます」
「おーい、何をやってんだ!」
逸早く玄関に辿りついていた大輔が大きく手を振って促してくる。さっき一瞬見せた鋭い顔は消えていて、体育会系の気のいい男に戻っている。
「まあまあ、京介さん」
「こんにちは、義姉さん。兄がお世話になっています」
「そういうところは相変わらず卒ないな、お前は」
呆れたように瞬きする大輔に笑って、迎えに出てきた髪の毛をアップにまとめた女性が微笑んだ。
「あなたが荒っぽいんですよ」
「そこに惚れたんだろうが」
わははは、と大輔は肩を揺らせて家の中に入っていく。
「京ちゃん、そちらは?」
「ああ、伊吹、美並さん。僕の」
「会社の同僚です、よろしくお願いいたします」
真崎のことばを横取りして、美並はさっさと頭を下げた。これ以上、事態をややこしくされてはかなわない。
「同僚?」
「伊吹さん、それはおかしいんじゃないの、返って」
戸惑った顔の相手に真崎が苦笑する。
「第一僕がなんで会社の同僚の人を実家に」
「動物霊園に、です」
美並は容赦なく切り捨てた。
「私はイブキのお参りするって聞いてます」
「イブキ?」
相手は大きな目を瞬くと、うろたえたように真崎を見遣った。
「イブキがどうかしたの」
げ。
美並は思わず引きつる。慌てて真崎を見上げると、相手はまた半透明の繭に籠ったように静かな顔になっている。
「死んだんだよ、義姉さん」
「まあ……」
潤んだ瞳を悲しそうに伏せて、相手は指先を唇に当てて俯いた。ぽたぽたと涙が落ちる。
「あそこに埋めたんだ」
「………そう」
「……知らせなくてごめん」
「………いいのよ、京ちゃん」
きゅ、と唇を噛んだ相手がようよう顔を上げて潤んだ瞳で微笑んだ。
「ありがとう」
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
連続寸止めで、イキたくて泣かされちゃう女の子のお話
まゆら
恋愛
投稿を閲覧いただき、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*)
「一日中、イかされちゃうのと、イケないままと、どっちが良い?」
久しぶりの恋人とのお休みに、食事中も映画を見ている時も、ずっと気持ち良くされちゃう女の子のお話です。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※完結済み、手直ししながら随時upしていきます
※サムネにAI生成画像を使用しています
彼女の母は蜜の味
緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる