『闇を見る眼』

segakiyui

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第4章

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「なぜ、有沢さんのところに居るんですか?」
 ちら、と檜垣は有沢の方を横目で見たが、相手が身動きしないのに溜め息をついて自嘲した。
「組織ってやつです。あれこれ言っても安定してるでしょ、警察って仕事」
「あなたは有沢さんが嫌いなんですか?」
「……なぜ、そんなこと聞きたいんすか」
「駅で」
 有沢さんを引き止めたあなたの声は真実でした。
「っ」
「有沢さんの残り時間を一緒に生きよう、そう呼びかけているように聞こえた」
「……だから?」
 人間口先だけなら何とでも言えます。
「太田さんは嫌いですよね? 太田さんを呑み込んで良しとしている警察も嫌い。では、有沢さんは?」
「……馬鹿だと思ってます」
 檜垣は視線を逸らせた。
「残ってる時間が少ないんだから、こんなとこに居ないで、好きなこと、やりゃあいいんです」
 女抱いたり、金使って遊び回って。
「楽しいことやりゃあいいんです」
 太田みたいなヤツのこと、いつまでも引きずってないで。
「あちこち立ち回っていい人だなんて言われて、それなりに仲間内でうまいことやってるヤツなんか放っといて」
 なんで一人で背負って、痛いの堪えて、いつ消えるかわかんない命を、そんな馬鹿なことに使ってんのか、わかんねえ。
「……だから、どうするつもりなのか、見てやりたかった」
 低く唸って檜垣は目を細めながら、上目遣いに有沢を見上げた。呼ばれたように目を開けた有沢が、冷えた目の色で見下ろす。
「あんたがどこまで馬鹿やる気なのか、見届けてやりたかった」
 『飯島』が『羽鳥』だって証拠はない。
「俺だって、一緒に遊んでる間にちらっと話を聞いただけなんだ」
 でも、あの『飯島』ってヤツでは器が小せえって気がして。
「あんたなら、ほんとのことに辿りつけるって気がした」
 なにせ、命がけですもんね。
「けど」
 くっ、と檜垣は笑いを噛み殺した。
「も、おしまいっすよね、太田さんがなんで死んだのか、どうなったのか知りたかったから追っかけてたんでしょ」
 その謎解きは済んじまった。
「あの夜、俺はまだチンピラで『飯島』にくっついてふらふらしてた。コンビニ強盗に加わっちゃいなかったけど、遅かれ早かれやったでしょう。太田さんはお節介にも突っ込んできて、俺をあいつらから引きはがそうとした。これ以上、こいつを巻き込んだら、それなりの始末をつける、そう言ってライターも突っ返した。付き合いはもう終わりだ、お前らもそろそろ大人になれとか言っちゃって」
 狡い大人の言い抜けだ。
「『飯島』さんは頭にキた。約束だからって、俺はライターと一緒に落ちた記事を、言われた通り教えられた警官に渡しに行った。太田さんはそこに残った。俺の無事と引き換えだったんでしょ、あの人が縛られたの」
 後はもうお定まりの出来事。
「新聞記事にもまともなことは載ってなかった。誰もまともなことなんか確かめようなんてしねえし」
 汚くて狡くて吐き気のするような世界。
「まともなことなんて、突っ込んだら痛いだけっすよ」
 なのに、あんたは突っ込んでくるから。
「死にかけってのは強いっすね」
 失うもんないからっすね。
「けど」
 俺にももう、失うもんなんて、ねえんです。
「最低の、やろーだから」
 ぎりっ、と歯が鳴る音がした。
「だから」
 睨み上げる、その視線を、有沢がより強い視線で睨み返す。
「あんたの死に様を見せて下さいよ」
 それを餌に生きてってやる。
「うんと気持ちいい死に様、見せて下さいよ」
 『羽鳥』が見せた、太田のような逃れようのない虚しくて寂しくて身動きできない無力な死ではなく。
 声にならない声がそう叫んだように聞こえた。
「でねえと、こんなくだらねえ世界、生きてられないでしょ」
 でないと、呑み込まれる、意味のない命をただ貪るだけに生きている絶望に。
 『羽鳥』が突きつけてくる、真っ暗な闇に。
「ねえ、有沢さん」
「………」
「有沢さん…っ」
 詰るように祈るように叫ぶ檜垣の顔にふいに京介が重なった。
 教えて。
 感じさせて。
 この命が生きてるってこと。
 生きている意味が確かにあると、美並が僕を愛することで教えて。
「……『羽鳥』は『飯島』なのか」
 有沢が低く尋ねた。
 はっとしたように檜垣が目を見開き、首を振る。
「ほんとのとこは、わかりません。ヤツはそうだと言ってるけど」
「お前にはそう思えない?」
「『飯島』はどっか甘いんですよ。『羽鳥』の命令はもっとクールっす」
「別に居る、ということか」
「……おそらく……っ」
 有沢がふいに立ち上がった。しゃがみ込み、檜垣の襟を掴み上げて覗き込む。
「見せてやる」
「…え」
「お前が満足するような死に様を見せてやる」
 だから。
「俺のためだけに動け」
 俺の命令だけ聞け。組織のために生きるな。
「それができるなら」
 ついてこさせてやる。
「……は、いっ」
 檜垣の顔がみるみる紅潮し、綻ぶような笑顔が広がる。同時に有沢の顔に浮かんだ静かな殺気に、美並は少し、見惚れた。
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