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第4章
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有沢はおそらく警察内部に、それも向田署の中に『羽鳥』に繋がる内通者がいると考えているのだ。
だからこその単独行動、そして美並を引き入れざるをえないと判断したのも、自分の残り時間と組織の拘束力を天秤にかけた結果に違いない。
あのとき向田署に居た誰かが『羽鳥』と通じていて、それで警察は一連のコンビニ強盗に対して、あちこち振り回され、追うことしかできなかった。同時に有沢や太田の動きを逐一確認していた者が居て、だから太田があの理不尽な死を迎えなくてはならなかった、そう考えている。
美並に『羽鳥』に対する情報を与えるのではなく、『太田』を追わせているのも、『太田』の何かにそいつとの接点が見つからないかと考えているのだろう。
似たような情報が有沢の中にあれば、その重なった状況か人物が『羽鳥』に繋がっている可能性が高い。そしてそれは、美並に知らせることなく、つまりは美並を危険に近づけることなく、有沢が自分一人でダブルチェックすることで確かめていけること、有沢にとっては二重に都合がいい。
だが。
美並に見えるのはそんな容易いレベルではない、のだ。
「あら……紅茶…ありませんわね」
姫野が残念そうに自販機の中を覗き込む。
「そうですね……警察ではコーヒー以外飲まないんですか?」
美並は有沢を振り返ると、相手は困った顔で笑う。
「いやそういうことではないと思いますが……事実そこにコーンポタージュはあるわけですし」
「あら、ほんとう」
コーンポタージュと普通のポタージュと両方あるのね、と姫野は不思議そうに首を傾げた。
「どちらも大差ないようですけど」
「そうでもないですよ」
有沢は柔らかく目を細めた。
「太田さんはポタージュの方が好きだったし……コーンが残るのが嫌いだったから」
「ああ、そうでしたわね」
姫野は頷いた。
「去年も一昨年もポタージュを買っていらしたわね」
「……毎年、来られてるんですか?」
美並が尋ねるのに、姫野はくすくすと可愛らしく笑った。
「ええ、ええ、そうですのよ、もう季節行事ね」
「冗談じゃないですよ」
有沢がくっきりと太い眉を寄せる。
「失礼ながらあなたはもうそろそろ落ち着かれていいころでしょう」
「落ち着いているとはお考えになりませんの?」
「は?」
姫野はゆっくりと奇妙な微笑を浮かべながら有沢を振り仰いだ。
「私はこの状態が一番安定している、そうお考えにはならないの?」
「そんな」
有沢の眉の間の皺が深くなる。
「いつどうなってしまうかわからない…」
「どうもなりませんわ。私は安定していますのよ、この生き方で」
特に太田さんがいらっしゃる限り。
何を言ってるんです、そう呆れて自販機にコインを放り込もうとしていた有沢が指を止めた。
「……どういう意味です」
「聞こえませんでした? 私は太田さんといい関係を保っていたと告白していますのよ」
「……姫野さん」
「不思議には思われなかったの? 私がなぜ再三再四こちらにお世話かけるのに、何度も何度も同じことを繰り返すことを?」
姫野はくすりと笑った。
「簡単ですのよ、それが一番安定している生き方だったからですの、私にとっても太田さんにとっても」
「……何をさせて、いや、何をしていたんです」
「太田さんのために? それとも警察のために?」
「……」
有沢はゆっくりと息を吸い、静かに吐き出した。
「太田さんのために」
「情報提供ですわ。どのようにして、まではお話しする必要はないでしょう?」
「では、警察のためには」
「あらあら」
有沢さんも狡くなられたのね、別々にお尋ねになるなんて。
姫野はころころと無邪気に笑った。
「同じことですわ、情報提供です」
「……誰の、でしょう?」
美並はじっと姫野を見つめた。
だからこその単独行動、そして美並を引き入れざるをえないと判断したのも、自分の残り時間と組織の拘束力を天秤にかけた結果に違いない。
あのとき向田署に居た誰かが『羽鳥』と通じていて、それで警察は一連のコンビニ強盗に対して、あちこち振り回され、追うことしかできなかった。同時に有沢や太田の動きを逐一確認していた者が居て、だから太田があの理不尽な死を迎えなくてはならなかった、そう考えている。
美並に『羽鳥』に対する情報を与えるのではなく、『太田』を追わせているのも、『太田』の何かにそいつとの接点が見つからないかと考えているのだろう。
似たような情報が有沢の中にあれば、その重なった状況か人物が『羽鳥』に繋がっている可能性が高い。そしてそれは、美並に知らせることなく、つまりは美並を危険に近づけることなく、有沢が自分一人でダブルチェックすることで確かめていけること、有沢にとっては二重に都合がいい。
だが。
美並に見えるのはそんな容易いレベルではない、のだ。
「あら……紅茶…ありませんわね」
姫野が残念そうに自販機の中を覗き込む。
「そうですね……警察ではコーヒー以外飲まないんですか?」
美並は有沢を振り返ると、相手は困った顔で笑う。
「いやそういうことではないと思いますが……事実そこにコーンポタージュはあるわけですし」
「あら、ほんとう」
コーンポタージュと普通のポタージュと両方あるのね、と姫野は不思議そうに首を傾げた。
「どちらも大差ないようですけど」
「そうでもないですよ」
有沢は柔らかく目を細めた。
「太田さんはポタージュの方が好きだったし……コーンが残るのが嫌いだったから」
「ああ、そうでしたわね」
姫野は頷いた。
「去年も一昨年もポタージュを買っていらしたわね」
「……毎年、来られてるんですか?」
美並が尋ねるのに、姫野はくすくすと可愛らしく笑った。
「ええ、ええ、そうですのよ、もう季節行事ね」
「冗談じゃないですよ」
有沢がくっきりと太い眉を寄せる。
「失礼ながらあなたはもうそろそろ落ち着かれていいころでしょう」
「落ち着いているとはお考えになりませんの?」
「は?」
姫野はゆっくりと奇妙な微笑を浮かべながら有沢を振り仰いだ。
「私はこの状態が一番安定している、そうお考えにはならないの?」
「そんな」
有沢の眉の間の皺が深くなる。
「いつどうなってしまうかわからない…」
「どうもなりませんわ。私は安定していますのよ、この生き方で」
特に太田さんがいらっしゃる限り。
何を言ってるんです、そう呆れて自販機にコインを放り込もうとしていた有沢が指を止めた。
「……どういう意味です」
「聞こえませんでした? 私は太田さんといい関係を保っていたと告白していますのよ」
「……姫野さん」
「不思議には思われなかったの? 私がなぜ再三再四こちらにお世話かけるのに、何度も何度も同じことを繰り返すことを?」
姫野はくすりと笑った。
「簡単ですのよ、それが一番安定している生き方だったからですの、私にとっても太田さんにとっても」
「……何をさせて、いや、何をしていたんです」
「太田さんのために? それとも警察のために?」
「……」
有沢はゆっくりと息を吸い、静かに吐き出した。
「太田さんのために」
「情報提供ですわ。どのようにして、まではお話しする必要はないでしょう?」
「では、警察のためには」
「あらあら」
有沢さんも狡くなられたのね、別々にお尋ねになるなんて。
姫野はころころと無邪気に笑った。
「同じことですわ、情報提供です」
「……誰の、でしょう?」
美並はじっと姫野を見つめた。
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