『BLUE RAIN』

segakiyui

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26.CRIMSON NIGHT

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『いい知らせです』
「ん?」
『双児が生まれました』
「へえ」
『もう一人、妊娠している女性がいます』
 数カ月後『グランドファーム』の主はどこか嬉しそうに俺に伝えた。
『妊娠した女性はあなたのDNAを使った人工受胎ですよ』
「ああ、なるほど」
 俺のものはときどきスープに回収されて、ROBOTと結婚したが子どもの欲しい女性に渡されてる。どこの誰かは知らない。精子だけで父親になれるなんて思っちゃいない。
『しかも、その双児には遺伝子異常があります』
「いいのか、それは?」
 俺は理解できずに眉をしかめた。
『グランドファーム』の『トータル・チェック』のカプセルに座りながら、やはりどこへ投げていいかわからないことばを持て余す。
『もちろん、生存上に問題を起こす遺伝子異常は困りますが』
「だろ?」
『しかし遺伝子異常はDNAの変異です』
「あ」
 相手の言いたいことがわかって笑う。
「そっか、つまり『多様性の確保』ってことだな?」
『そうです、丁寧に育てていけば、何とかこの先の人類を支えてくれるかもしれません』
「なるほど」
『しかし』
「ん?」
『不思議ですね。もう滅亡しかあり得ないと思っていましたが、こんな状況になって新たな多様性を自らのうちに生み出すのですね、生命体は』
「したたかなもんさ、なあ?」
 くすくす笑いながら、カプセルを滑りおりる。
「さて」
『もう行くのですか?』
「ぼちぼち、スープがすっ飛んできそうだろ?」
『なるほど』
「シーンっ!」
 気のせいか未練を残したような相手の声が終わるか終わらないかで、卵型のドアが開いてスープが飛び込んできた。かけていたサングラスを外しながら、乱れた髪を掻きあげる。
 煌めく金色の右目をまだやつは直そうとしない。何でも『自分への密かな戒め』のためらしい。それでもあまりに目立つから、最近ではサングラスをかけるようになった。
 実はそれはそれで、四肢の爆弾を取り外してより一層細身になり、ここ数カ月で凄みの出た美貌になお際立つものをくわえてるのだが、自覚はない。
「ほら、な?」
「何です?」
「いや、こっちの話。事件か?」
「強盗です。23区で。例の強盗グループかと」
「ちっ、そんなとこまで人間のまねしなくっていいのに」
 俺は舌打ちして苦笑する。ROBOTの起こす犯罪はときどきピントが外れたものがある。ROBOTの力と敏捷性を持ってすれば、集団で一つの家を襲うなんてことをしなくてよさそうなものだが。
 人間風というのか、ROBOTの自覚がないというのか。
「B.P.のせいかねえ?」
「まあ……最近では耐用年数を越えたROBOTのB.P.化もありますから」
「ふうん? バイオ・パーツ、じゃねえよな? ロボット・パーツ?」
「おかしな感じですね?」
「おかしな感じだな」
 くすりと笑いあって、俺はスープに肩を並べる。
『シーン』
「ん?」
『また話をしに来て下さい』
「ああ」
 背後からかかった声ににやりと笑って応じる。
「『トータル・チェック』を受けにくるよ」

 廊下を署の方へ戻りながら、スープは微妙に不機嫌だった。早々にかけてしまったサングラスの下からちろちろとこちらへ険のある視線を飛ばしてくる。
「何だ?」
「いえ」
「何か言いたそうだな」
「何でもありません」
「そうか?」
 しばらく無言で歩いていたが、そのうちいきなり立ち止まった。
「?」
「すみません」
「は?」
「俺、嘘をつきました」
「へ?」
「強盗なんて起こってません」
 俯いた横顔がうっすらと赤くなる。
「起こってない?」
「はい。ファレルが巡視にでもいけ、と言ってるだけで」
「ああ」
 年明けに正式に署長に昇格したファレルはいきなり手に入った地位を扱いあぐねている。形だけだと座らされた椅子には接着剤が仕込まれてた、とデスクワークの多さに苛ついている。
 パターソン管理官はしばらく上層部に居座っていたが、もう俺達にちょっかいかける気力はなくなってしまったらしく、そのうち出向とかであっさり警察組織から放り出された。B.P.がらみでの出世はそちらが頭打ちになると身動きとれなくなったらしい。
「じゃあ、なんで嘘なんか」
「帰ってこないから」
「は?」
「あなたが『グランドファーム』から帰ってこないから」
 スープが俯いたまま唇を尖らせた。
「……ああ」
「あなたは俺に護衛されてるんですよ?」
「うん」
「一人でうろうろしないでください」
「スープ」
「はい」
「今度の休みはずっと一緒にいようか」
「は?」
「ベッドで」
「!」
 耳元に囁いてやるとびくりとした。いきなり二人人員が欠けた署は人出不足に拍車がかかって、この一週間ほどお互いの休みや夜勤がすれ違った。一緒に飯を食ったのも数えるほどで、どうやらスープが先に煮詰まったらしい。
「そんなにこの前のがよかったか?」
「っ!」
「また俺に抱いてほしい?」
「シーンっ」
「ん、んっ」
 いきなり壁に押し付けられて口を塞がれた。そうだ、キスだって実は三日ぶりだ。そんなことを覚えてる俺も、かなりどうにかしてると思うが。
「っっん、ま、まてっ……ん」
「んん」
「っんぅ」
 息苦しくて開いた口からあっという間に舌を入れられた。後はどんどん深くなって、好きなように貪られ出してうろたえる。
 おい、ここどこだかわかってんのか、医療セクションの廊下だぞ、人ががんがん通るんだぞ、ほら、みろ、今一人逃げたぞ、医者。
 胸でいくら罵倒したところで、脚を割られて膝を突っ込まれ、両手を貼りつけられたままでは伝わらない。しかも、困ったことに俺も十分あやしい気分になり始めた。あまつさえ、スープが口を首筋に這わせだして、さすがに制止する。
「スープ……っ」
「何ですか」
「やめろって」
「あなただって気持ちいいでしょう?」
「いや、それとこれとは」
「やです」
「ここ、医療セクションだぞ?」
「ベッドがありますね」
「っ」
 両手を貼りつけてた手が弛んだのにほっとしたのも一瞬、腰を抱え込まれてきわどい部分に指を這わされ身体が一気に熱くなる。
「こ、こらっ」
「はい?」
「はい、じゃねーだろ、はいじゃっ」
「どこかの病室あいてませんか?」
「……何考えてる?」
「あなたと寝ること」
 ひょいと顔を上げたやつが、サングラスをかけた表情の読めない顔でしらっと答えて、一瞬ことばが吹っ飛んだ。
「お、おまえ……」
「いけませんか?」
「いけないだろうがっ」
「なぜです?」
「勤務中だぞっ」
「じゃあ、今夜」
「は?」
「今夜、俺の言うこと聞いてくれますか?」
「いや、それは」
「……なら、このまま剥ぎます」
「うわあっ」
 平然とした顔でスープがシャツを引きずり出し始めて、俺はひきつった。だめだ、まじにここで犯されるかもしれない。
「わあった、わあった、わあった!」
「なんですか?」
「今夜」
「今夜?」
「お、お前の言うことを聞く」
「絶対ですよ?」
「う、うん」
「全部ですよ?」
「ちょっと待て」
 なんだ、その全部ってのは? 怯んだ俺ににやりとスープは性質の悪い笑みを浮かべた。
「全部、です」
「いや、だから、その全部って?」
「今聞きたいんですか?」
「いや、内容によっては……わあっ、聞く、聞きますっ」
 スラックスのジッパーの音が響きかけて、俺は慌てて訂正した。
「夜っ、夜になっ」
「じゃあ、今は我慢します」
「あ、ああ」
「早く仕事終わらせましょうね?」
 にっこり笑った顔がむちゃくちゃ怖かった。

「はぁ……ふ」
「大丈夫ですか、シーン?」
「てめ……っは」
 呼吸が全然整わない。汗まみれで崩れた俺を覗き込んで、スープが形ばかり心配そうな顔をする。そのくせ唇に満足そうな笑みをたたえたまま、指一本動かせない俺を腕の中へ抱き込んだ。
「よかったです、シーン」
「……っは、ふ」
 俺はまだはあはあ言いながら、スープの腕に頭をのせる。
「あなたはどこも気持ちいい」
「っあ」
「もちろん、ここも」
「っ、こ、らっ」
 探られて思わず呻いた。限界を振り切ってる感覚は痛み寸前、零れ落ちた涙にスープがぎょっとしたようにシーツを引き寄せてくるんでくれた。
「すみません、俺、無茶させたんですね?」
「する……前に……気づいてくれ……」
 ようやく出た掠れ声に自分で顔が熱くなった。なんてえ声だ。我ながらやばい。
 案の定、背中のスープがぎくりとして一瞬固まり、しばらく何かを堪えていたように動きを止めて、やがてそろそろと力を抜く。
「……どうしよう」
「……ん?」
「俺……」
 くるん、と身体がひっくり返された。スープがそっと俺を抱き込んでくる。
「あなたが欲しくてたまらないです」
「う」
「これって……欲望、ですか?」
「ま、あ、そうだな」
「どれだけ抱いても」
 髪にキスが降ってきた。
「どれだけ抱かれても」
 また、今度は額に。
「俺、あなたがもっと欲しいです」
「やってるじゃないか」
「ええ」
「全部やってる」
「わかってます」
「まだ足りない?」
「……ええ」
 暗闇の中で見開かれたのはいつかのラディカル・グリーン。きらきらと金の眼と一緒に光を放って俺を見つめる。
「どうしてでしょう?」
「ん?」
「どうして一人で満たせないんでしょう?」
「何が」
「俺の心。俺の身体。俺の気持ち」
 またそっとキスをこめかみに落としてきた。
「失うときに痛手を受けるのなんてわかってるのに」
「うん」
「得なければ傷つかない」
「うん」
「けど、得ないままだと……俺は生きてる気がしなかった」
「うん」
 今度のキスは頬に。
「ねえ、シーン」
「うん?」
「俺、今、寂しいです」
「は?」
 触れるだけの優しいキスが唇に落とされて、俺はあっけに取られた。
「寂しい?」
「はい」
「足りないからか?」
「いいえ」
 ふんわりとスープが笑う。
「寂しくて、けど嬉しい」
「はあ?」
「俺とあなたが別だから」
「あ?」
「俺とあなたは離れてて別で」
「うん?」
「だからこうやって抱き合えて、キスできて」
「うん?」
「あなたを抱いてくっついて」
「うん」
「けど混じりあわない、ずっと永久に」
「『人』とROBOTだからな」
「そういう意味じゃなくて」
 スープは俺の唇を吸った。何度か重ねて、そっと離す。
「ね、離れてるでしょう? だから気持ちいい。でも、キスした後が寂しくて、またすぐ欲しくなる」
 またキスを繰り返す。少し深めのそれはゆっくりと俺の口を甘くする。
「ねえ、シーンも気持ちいいですか?」
「ああ」
「離れててよかったですね」
 にっこりとスープは笑った。小さな子どものような笑みだ。またキス。差し込まれてきた舌を受け入れ、絡めて、お互いに口の中をさぐり合う。
「違うでしょう?」
「う、ん」
「だから何度だって欲しくなる」
「う……っん」
 スープのことばがとろけ始めた脳に注がれる。
「シーン」
「っあ」
「俺は今寂しいです」
「んっ」
 キスを繰り返しながらスープは幸せそうに囁いた。
「あなたが居るからわかる、一人が寂しいってこと」
「んんっ」
「あなたが俺に教えてくれた」
「スー……っ」
 柔らかな吐息を一つついて、スープはつぶやいた。
「寂しいってことは愛してるってことなんですね?」 
 その後のことばは俺にはもう聞こえなかった。
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