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第3話 花咲姫と奔流王
21.前夜(2)
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「えーとですね」
ガストが集まった人間を見回す。
「かなり珍妙な組み合わせになっていますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫も何も」
レダンは溜息をついた。
「募集をかけたわけでもないのに、我も我もと加わってきたから命の保証はない、何が出てくるかもわからないぞ。国は大丈夫なのか、サリストア」
「へ?」
焼き菓子を気持ちよく噛み砕いていたサリストアが、きょとんとしたように瞬きする。
「私が戻らなくても、新たな王がすぐに名乗り出るよ。アルシアだからね」
「臣下は胃が痛いだろうな、ミラルシア?」
不思議そうにミラルシアは首を傾げる。
「私は探索者じゃからな、国の行く末は妹に任せておる」
「その妹が加わってるという事実は無視か」
レダンは溜息を重ねる。
「で、どうしてバラディオスまで加わってる?」
これも訝しげにバラディオス、『先読みのクレラント』は眉を寄せた。
「掘り出し物の匂いがしますからね。交易を任されている『辺境伯』としては当然でしょう」
「理由はなんとでもつくな。で、ルッカはなぜ剣士の装いなんだ?」
「へ?」
サリストアと同じ表情で首を傾げたルッカが、剣の手入れを一旦休んでシャルンを見やる。
「奥方様の向かわれるところが、ルッカの居場所でございます」
「いや、だから、なぜ侍女の姿ではなくて帯剣していくのかというところを突っ込んでるんだが」
「そりゃあ当たり前でございましょう、ちょびっとばかり奥方様の装いが変わったからと言って禄に今後のお話もされずいじけた子どもみたいに遠くから指を咥えて見守るほど『頼り甲斐のある』旦那様に、奥方様の身の回りはおろか守ることなどできようはずもございませんから、帯剣は勿論、何なら小指一本のお助けも不要なぐらいには働かせて頂きますという意思表示でございますよ、ええ単なる意思表示」
ガストが吹き出し、シャルンが狼狽える。
「ルッカ、陛下は私のご心配を」
「あーいい、わかった、ルッカが正しい、案ずるなシャルン」
レダンは一つ大きな溜息をついて、部屋に集まった者に向き直った。
「一つ、確認しておく。今回ハイオルトに出向くのは、表向きはシャルンの母上の書庫の整理だ。だが、そこには『花咲』やミディルン鉱石、龍の力などの秘密が隠されている可能性がある。また、それらが明らかになることを好まない輩が待ち構えている可能性もまたある。水龍や雷龍の出現をみても、龍が人間の命を気にも留めていないのは明らかだ。万が一、3匹目の龍に遭遇した場合、この中の誰が贄とされてもおかしくない」
「まだグダグダ言ってるんですか」
「悪いな、ルッカ。ここは確かめておくべきことなんだ」
不機嫌そうな声にレダンは苦笑した。切り替えて声を張り上げる。
「命を代償に龍に挑むな。人には制御できぬ力だ。それでも万が一『花咲』の謎が解けそうならば、骨は拾う。存分に立ち向かえ」
「有難き幸せ」
ミラルシアが頭を下げる。バラディオスが微笑む。ルッカが何を当たり前のことをとぼやき、サリストアが腕が鳴るねえと笑顔になり、ガストがはいはい珍しく立派ですねと茶々を入れた。
「陛下」
誇らしげにレダンを見上げていたシャルンが、はっと思いついたように声を上げる。
「何だ?」
「私にご許可を頂けますか」
「何の?」
「私に」
シャルンは緊張した顔で声を張った。
「陛下をお守りするご許可を頂きたいのです」
「はあああ? シャルン、それはさすがにレダンが可哀想すぎるよ」
「サリス。黙っておれ」
サリストアの呆れ声をミラルシアが抑える。じっと見下ろすと、シャルンが本気だとわかる。
「俺はあなたに守ってもらわねばならないほど、弱い?」
つい絡みそうになったが、軽く息を吐いて、今朝方見せられた庭の標的を思い出した。シャルンが強く手を突き出すと、木で作られた頑丈な標的なのに、一気に打ち倒されて砕かれてしまったのだ。
「いや、わかっている。近接戦には自信があるが、遠距離ならば、あなたの方が素早く打てる、そういうことだろう?」
それでも随分、男の矜持は傷つくものだがと思いつつも頷いた。
「背後の守りを許可しよう」
「ありがとうございます」
白く強張っていたシャルンの頬にほっとしたように薄く赤みが戻ってくる。
それほどに龍の力は恐ろしいのだと、レダンは慢心を改めた。
ガストが集まった人間を見回す。
「かなり珍妙な組み合わせになっていますが、大丈夫ですか?」
「大丈夫も何も」
レダンは溜息をついた。
「募集をかけたわけでもないのに、我も我もと加わってきたから命の保証はない、何が出てくるかもわからないぞ。国は大丈夫なのか、サリストア」
「へ?」
焼き菓子を気持ちよく噛み砕いていたサリストアが、きょとんとしたように瞬きする。
「私が戻らなくても、新たな王がすぐに名乗り出るよ。アルシアだからね」
「臣下は胃が痛いだろうな、ミラルシア?」
不思議そうにミラルシアは首を傾げる。
「私は探索者じゃからな、国の行く末は妹に任せておる」
「その妹が加わってるという事実は無視か」
レダンは溜息を重ねる。
「で、どうしてバラディオスまで加わってる?」
これも訝しげにバラディオス、『先読みのクレラント』は眉を寄せた。
「掘り出し物の匂いがしますからね。交易を任されている『辺境伯』としては当然でしょう」
「理由はなんとでもつくな。で、ルッカはなぜ剣士の装いなんだ?」
「へ?」
サリストアと同じ表情で首を傾げたルッカが、剣の手入れを一旦休んでシャルンを見やる。
「奥方様の向かわれるところが、ルッカの居場所でございます」
「いや、だから、なぜ侍女の姿ではなくて帯剣していくのかというところを突っ込んでるんだが」
「そりゃあ当たり前でございましょう、ちょびっとばかり奥方様の装いが変わったからと言って禄に今後のお話もされずいじけた子どもみたいに遠くから指を咥えて見守るほど『頼り甲斐のある』旦那様に、奥方様の身の回りはおろか守ることなどできようはずもございませんから、帯剣は勿論、何なら小指一本のお助けも不要なぐらいには働かせて頂きますという意思表示でございますよ、ええ単なる意思表示」
ガストが吹き出し、シャルンが狼狽える。
「ルッカ、陛下は私のご心配を」
「あーいい、わかった、ルッカが正しい、案ずるなシャルン」
レダンは一つ大きな溜息をついて、部屋に集まった者に向き直った。
「一つ、確認しておく。今回ハイオルトに出向くのは、表向きはシャルンの母上の書庫の整理だ。だが、そこには『花咲』やミディルン鉱石、龍の力などの秘密が隠されている可能性がある。また、それらが明らかになることを好まない輩が待ち構えている可能性もまたある。水龍や雷龍の出現をみても、龍が人間の命を気にも留めていないのは明らかだ。万が一、3匹目の龍に遭遇した場合、この中の誰が贄とされてもおかしくない」
「まだグダグダ言ってるんですか」
「悪いな、ルッカ。ここは確かめておくべきことなんだ」
不機嫌そうな声にレダンは苦笑した。切り替えて声を張り上げる。
「命を代償に龍に挑むな。人には制御できぬ力だ。それでも万が一『花咲』の謎が解けそうならば、骨は拾う。存分に立ち向かえ」
「有難き幸せ」
ミラルシアが頭を下げる。バラディオスが微笑む。ルッカが何を当たり前のことをとぼやき、サリストアが腕が鳴るねえと笑顔になり、ガストがはいはい珍しく立派ですねと茶々を入れた。
「陛下」
誇らしげにレダンを見上げていたシャルンが、はっと思いついたように声を上げる。
「何だ?」
「私にご許可を頂けますか」
「何の?」
「私に」
シャルンは緊張した顔で声を張った。
「陛下をお守りするご許可を頂きたいのです」
「はあああ? シャルン、それはさすがにレダンが可哀想すぎるよ」
「サリス。黙っておれ」
サリストアの呆れ声をミラルシアが抑える。じっと見下ろすと、シャルンが本気だとわかる。
「俺はあなたに守ってもらわねばならないほど、弱い?」
つい絡みそうになったが、軽く息を吐いて、今朝方見せられた庭の標的を思い出した。シャルンが強く手を突き出すと、木で作られた頑丈な標的なのに、一気に打ち倒されて砕かれてしまったのだ。
「いや、わかっている。近接戦には自信があるが、遠距離ならば、あなたの方が素早く打てる、そういうことだろう?」
それでも随分、男の矜持は傷つくものだがと思いつつも頷いた。
「背後の守りを許可しよう」
「ありがとうございます」
白く強張っていたシャルンの頬にほっとしたように薄く赤みが戻ってくる。
それほどに龍の力は恐ろしいのだと、レダンは慢心を改めた。
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