197 / 216
第3話 花咲姫と奔流王
18.海辺の塔(2)
しおりを挟む
「…っ」
「シャルン?」
突然立ち止まったシャルンにミラルシアが振り返る、その表情がほのかに光って見えた。
「どうしたのじゃ?」
「…明るく……見えませんか?」
「は?」
「…ミラルシア様のお顔が…はっきりと見えます…」
「何を言っておる、先ほどよりも深く降りておるのじゃ、入口の光も届かぬから、地下道よりもむしろ暗いのじゃぞ」
「……あ、あ……」
思わず吐息が漏れた。
間違いない、壁も階段も微かに光っている。
同時にようやく思い出した。
あの『ガーダスの糸』のようなものに触れた瞬間、そっくりな感覚が蘇ったのだ。ルシュカの谷で顕現した水龍、あの空間そのもののような。『地下迷宮』がミディルン鉱石で作られていることは想像がつく。龍は巨大なミディルン鉱石から現れる。
瞬時にシャルンは悟っていたのだ、『ガーダスの糸』と『地下迷宮』、ミディルン鉱石には同じ力が流れている、『ガーダスの糸』が生まれる場所こそ『地下迷宮』に繋がっていると。
水龍シシュラグーンに出会ったからこそ掴んだ、この世ならぬ力の感覚。
そして今ここ、地下へ続く階段の壁にもまた、同じ力が流れている。
「っ」
「シャルン?」
不審そうに階段を上がってくるミラルシアの声も耳に入らなかった。弾かれるように見上げたシャルンの目に、塔の天辺まで続く壁が伸びる、その全てに薄青く輝く光の網のようなものが広がっているのが見えた。目の奥に水龍シシュラグーンの夢が蘇る。指先を痺れさせ、視界を明滅させる光で覆う、この力の在処は。
「………」
網目を辿り、その色が次第に濃く鮮やかになる方向に視線を下ろす。光の網は地下通路の奥で見た『ガーダスの糸』の繭のように緩やかに1つの塊にまとまって行く。
「…何か、見えるのか」
ミラルシアは察して、シャルンと同じ方向を見てくれた。
そこは壁だ。
入り口も何もない、階段を支える石の壁。
「ミラルシア様……この方向は、地下通路の右側に当たるのではありませんか?」
「…その通りじゃ。しかし通路の右側は固い岩に遮られ、通路を掘り広げること叶わず…………まさか」
ミラルシアも気づいた。
「こちらに、あるのか」
「その固い岩盤とは、大きな、とても大きなミディルン鉱石の塊…」
あの岩鍋のように積み重ねられた『ガーダスの糸』が長い間押し縮められて融合し、ついに層そのものが1つの岩となったのなら。
「…この海辺の塔は」
記憶を呼び覚まされるような遠い声音でミラルシアが呟く。
「夜に彼方の海から眺めると、僅かに光って見えるそうじゃ。どれほどの風雨、どのような嵐の中でも、その光は消えることも揺らぐこともない。拠って、この海辺の塔は、船乗りの間で命の灯火と呼ばれもする……」
「命の、灯火」
ぞわりとシャルンの体に鳥肌が立った。
同じだ。
いいえ。
これはあの時と。
いいえ、違う。
ごまかせはしない、無視することはできない、この力を、お前は知っている。
いいえ、いいえ、いいえ、いいえ。
「シャルン…」
階段を上がってきたミラルシアが静かに灯火を手渡した。シャルンを庇い、何もない壁に向かって剣を引き抜き、身を低める。
「地下通路はわかるな?」
「いいえ」
「こちらからまっすぐに走り降りて行けば、先日の場所に辿り着くはず」
「いいえ、ミラルシア様」
皮膚を粟立たせながらシャルンは首を振る。
脳裏にはルシュカの谷でのリュハヤの最後がある。
あれは容赦のない、圧倒的な力だった。
歯向かうもの、背くもの、遮るものを一切許さぬ、人智の理屈を超えた存在。
「この気配には」
ミラルシアの額から一筋、汗が流れ落ちる。いつも余裕に満ちて美しく輝いている瞳は、今ぎらぎらと殺気に満ちて引き剥かれている。
「勝てぬ」
「ミラルシア様っ」
「そなたは急ぎ助けを呼べ。サリストアに国の守りと警戒を伝えてくれ。残念だが、私はここで、果てる」
盛り上がる肩、それを強く深い呼吸で押し殺し、ミラルシアは低く嗤う。
「なるほど、国を侵すとはこういう定めを負うのじゃな……っ」
来る。
瞬間に壁が激しく発光し、塔は鳴動した。
「シャルン?」
突然立ち止まったシャルンにミラルシアが振り返る、その表情がほのかに光って見えた。
「どうしたのじゃ?」
「…明るく……見えませんか?」
「は?」
「…ミラルシア様のお顔が…はっきりと見えます…」
「何を言っておる、先ほどよりも深く降りておるのじゃ、入口の光も届かぬから、地下道よりもむしろ暗いのじゃぞ」
「……あ、あ……」
思わず吐息が漏れた。
間違いない、壁も階段も微かに光っている。
同時にようやく思い出した。
あの『ガーダスの糸』のようなものに触れた瞬間、そっくりな感覚が蘇ったのだ。ルシュカの谷で顕現した水龍、あの空間そのもののような。『地下迷宮』がミディルン鉱石で作られていることは想像がつく。龍は巨大なミディルン鉱石から現れる。
瞬時にシャルンは悟っていたのだ、『ガーダスの糸』と『地下迷宮』、ミディルン鉱石には同じ力が流れている、『ガーダスの糸』が生まれる場所こそ『地下迷宮』に繋がっていると。
水龍シシュラグーンに出会ったからこそ掴んだ、この世ならぬ力の感覚。
そして今ここ、地下へ続く階段の壁にもまた、同じ力が流れている。
「っ」
「シャルン?」
不審そうに階段を上がってくるミラルシアの声も耳に入らなかった。弾かれるように見上げたシャルンの目に、塔の天辺まで続く壁が伸びる、その全てに薄青く輝く光の網のようなものが広がっているのが見えた。目の奥に水龍シシュラグーンの夢が蘇る。指先を痺れさせ、視界を明滅させる光で覆う、この力の在処は。
「………」
網目を辿り、その色が次第に濃く鮮やかになる方向に視線を下ろす。光の網は地下通路の奥で見た『ガーダスの糸』の繭のように緩やかに1つの塊にまとまって行く。
「…何か、見えるのか」
ミラルシアは察して、シャルンと同じ方向を見てくれた。
そこは壁だ。
入り口も何もない、階段を支える石の壁。
「ミラルシア様……この方向は、地下通路の右側に当たるのではありませんか?」
「…その通りじゃ。しかし通路の右側は固い岩に遮られ、通路を掘り広げること叶わず…………まさか」
ミラルシアも気づいた。
「こちらに、あるのか」
「その固い岩盤とは、大きな、とても大きなミディルン鉱石の塊…」
あの岩鍋のように積み重ねられた『ガーダスの糸』が長い間押し縮められて融合し、ついに層そのものが1つの岩となったのなら。
「…この海辺の塔は」
記憶を呼び覚まされるような遠い声音でミラルシアが呟く。
「夜に彼方の海から眺めると、僅かに光って見えるそうじゃ。どれほどの風雨、どのような嵐の中でも、その光は消えることも揺らぐこともない。拠って、この海辺の塔は、船乗りの間で命の灯火と呼ばれもする……」
「命の、灯火」
ぞわりとシャルンの体に鳥肌が立った。
同じだ。
いいえ。
これはあの時と。
いいえ、違う。
ごまかせはしない、無視することはできない、この力を、お前は知っている。
いいえ、いいえ、いいえ、いいえ。
「シャルン…」
階段を上がってきたミラルシアが静かに灯火を手渡した。シャルンを庇い、何もない壁に向かって剣を引き抜き、身を低める。
「地下通路はわかるな?」
「いいえ」
「こちらからまっすぐに走り降りて行けば、先日の場所に辿り着くはず」
「いいえ、ミラルシア様」
皮膚を粟立たせながらシャルンは首を振る。
脳裏にはルシュカの谷でのリュハヤの最後がある。
あれは容赦のない、圧倒的な力だった。
歯向かうもの、背くもの、遮るものを一切許さぬ、人智の理屈を超えた存在。
「この気配には」
ミラルシアの額から一筋、汗が流れ落ちる。いつも余裕に満ちて美しく輝いている瞳は、今ぎらぎらと殺気に満ちて引き剥かれている。
「勝てぬ」
「ミラルシア様っ」
「そなたは急ぎ助けを呼べ。サリストアに国の守りと警戒を伝えてくれ。残念だが、私はここで、果てる」
盛り上がる肩、それを強く深い呼吸で押し殺し、ミラルシアは低く嗤う。
「なるほど、国を侵すとはこういう定めを負うのじゃな……っ」
来る。
瞬間に壁が激しく発光し、塔は鳴動した。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした
星ふくろう
恋愛
カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。
帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。
その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。
数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。
他の投稿サイトでも掲載しています。
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる