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第3話 花咲姫と奔流王
18.海辺の塔(1)
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風が静かに吹いている。
「これが海……ですのね」
シャルンは目の前の光景をしみじみと眺めた。
「感想は?」
側に立つミラルシアは素肌にチュニックとズボンの軽装で、気持ち良さそうになびく髪に手を当てている。それでも右肩あたりはまだ痺れるようで、剣を持つのはもう少し先になりそうだと苦笑していた。
「大きい、ですわ」
「ふむ」
「とても、とても……大きい。エイリカ湖よりも遥かに」
「…ことばを失うじゃろう? 遠くに浮かぶあの船は、塔と同じぐらいの高さで帆を張る。良い風を得たようじゃ、あれほど速く遠ざかる」
シャルンは隣のミラルシアを見上げた。
「船に乗られるご予定ですか」
「いずれは」
ちらりと瞳を動かした相手が突然くしゃりと顔を歪める。
「アルシアにはサリストアがおる。居ても無用の争いになるだけじゃ」
『猿使い』も解放したからな。
「1つ1つ、削ぎ落とすように無くして行くのに、不思議じゃな、不安も悲しみもない。ただただ体が軽くなるだけじゃ」
私は何を背負っていたのかな。
ゆっくり息を吸い、サリストアと似た口調で静かに吐き出す相手の顔に翳りはなかった。
レダンがサリストアと話があると王城に残り、シャルンは『海辺の塔』で休んでいるというミラルシアに会いに行った。ダフラム製かも知れない痺れ薬はかなり強く、数日床から起き上がれまいと言われたミラルシアだったが、鍛えていた体は思っていたより早く回復したらしい。
海を見に行こうと誘われて、塔の中から続く階段を降り、砂浜に出た頃には昼過ぎの日差しは傾きつつあって、それでも暖められた砂は十分熱気を保っていた。
「ミディルン鉱石の層を見つけたそうじゃな」
「かなり広範囲のものです」
けれど、採掘するには難しい場所なので、道具と工夫が必要でしょう。
「ふむ」
頷いたミラルシアは注意深くことばを選ぶ。
「地下道は封鎖した。他のものが見つける方法はないと思うが、この塔からも入れてしまうのは問題じゃな」
「先ほど分かれた階段ですね?」
「降りてみるか?」
挑むような視線だった。言うまでもない、ミラルシアはミディルン鉱石に秘められた力やルシュカの谷で起きた出来事を知っている。
「一緒に降りて下さいますか」
シャルンもまっすぐミラルシアを見返した。
「地下迷宮を探そうと言ったぞ?」
「そうでした」
目を細めるミラルシアにシャルンは笑み返す。
2人で塔に戻り、灯りを準備して、塔の内側で分岐している階段を、浜ではなく地下へ降りる方向に進む。一応持って行こうとミラルシアは細身の剣を帯びた。
レダンとサリストアは王城から海辺の塔まで地下道を当たってみたらしい。幾つもの分かれ道を、数本の縄を用いながら辿り、先に見つけた空洞ほど大きなものはないことを確かめた。あの岩の鍋近くは確かにミディルン鉱石の宝庫だったが、魔法と呼ばれるような力の横溢は感じられなかった。
なのに。
シャルンの頭の中に、レダンの声が谺する。
『なぜ、あなたは、「ガーダスの糸」が「地下迷宮」の在り処を示すと「知っていた」のだろう?』
『ガーダスの糸』と『地下迷宮』。
なぜ、シャルンは『ガーダスの糸』を見つけた瞬間、『地下迷宮』を見つけたと思ったのか?
先を行くミラルシアが掲げる灯火を頼りに、こつこつと階段を降りながら、シャルンは必死に思い返す。
見覚えではない。触ったからわかったのではない。今まではわからなかった。なのに、なぜ、『そう』だとわかった?
「っ」
ふいにぴりっと鋭い痛みを指先に感じて瞬きした。壁を眺め、ミラルシアを見下ろす。
何かが違う。ミラルシアの姿が、前よりずっとはっきり見える。
「これが海……ですのね」
シャルンは目の前の光景をしみじみと眺めた。
「感想は?」
側に立つミラルシアは素肌にチュニックとズボンの軽装で、気持ち良さそうになびく髪に手を当てている。それでも右肩あたりはまだ痺れるようで、剣を持つのはもう少し先になりそうだと苦笑していた。
「大きい、ですわ」
「ふむ」
「とても、とても……大きい。エイリカ湖よりも遥かに」
「…ことばを失うじゃろう? 遠くに浮かぶあの船は、塔と同じぐらいの高さで帆を張る。良い風を得たようじゃ、あれほど速く遠ざかる」
シャルンは隣のミラルシアを見上げた。
「船に乗られるご予定ですか」
「いずれは」
ちらりと瞳を動かした相手が突然くしゃりと顔を歪める。
「アルシアにはサリストアがおる。居ても無用の争いになるだけじゃ」
『猿使い』も解放したからな。
「1つ1つ、削ぎ落とすように無くして行くのに、不思議じゃな、不安も悲しみもない。ただただ体が軽くなるだけじゃ」
私は何を背負っていたのかな。
ゆっくり息を吸い、サリストアと似た口調で静かに吐き出す相手の顔に翳りはなかった。
レダンがサリストアと話があると王城に残り、シャルンは『海辺の塔』で休んでいるというミラルシアに会いに行った。ダフラム製かも知れない痺れ薬はかなり強く、数日床から起き上がれまいと言われたミラルシアだったが、鍛えていた体は思っていたより早く回復したらしい。
海を見に行こうと誘われて、塔の中から続く階段を降り、砂浜に出た頃には昼過ぎの日差しは傾きつつあって、それでも暖められた砂は十分熱気を保っていた。
「ミディルン鉱石の層を見つけたそうじゃな」
「かなり広範囲のものです」
けれど、採掘するには難しい場所なので、道具と工夫が必要でしょう。
「ふむ」
頷いたミラルシアは注意深くことばを選ぶ。
「地下道は封鎖した。他のものが見つける方法はないと思うが、この塔からも入れてしまうのは問題じゃな」
「先ほど分かれた階段ですね?」
「降りてみるか?」
挑むような視線だった。言うまでもない、ミラルシアはミディルン鉱石に秘められた力やルシュカの谷で起きた出来事を知っている。
「一緒に降りて下さいますか」
シャルンもまっすぐミラルシアを見返した。
「地下迷宮を探そうと言ったぞ?」
「そうでした」
目を細めるミラルシアにシャルンは笑み返す。
2人で塔に戻り、灯りを準備して、塔の内側で分岐している階段を、浜ではなく地下へ降りる方向に進む。一応持って行こうとミラルシアは細身の剣を帯びた。
レダンとサリストアは王城から海辺の塔まで地下道を当たってみたらしい。幾つもの分かれ道を、数本の縄を用いながら辿り、先に見つけた空洞ほど大きなものはないことを確かめた。あの岩の鍋近くは確かにミディルン鉱石の宝庫だったが、魔法と呼ばれるような力の横溢は感じられなかった。
なのに。
シャルンの頭の中に、レダンの声が谺する。
『なぜ、あなたは、「ガーダスの糸」が「地下迷宮」の在り処を示すと「知っていた」のだろう?』
『ガーダスの糸』と『地下迷宮』。
なぜ、シャルンは『ガーダスの糸』を見つけた瞬間、『地下迷宮』を見つけたと思ったのか?
先を行くミラルシアが掲げる灯火を頼りに、こつこつと階段を降りながら、シャルンは必死に思い返す。
見覚えではない。触ったからわかったのではない。今まではわからなかった。なのに、なぜ、『そう』だとわかった?
「っ」
ふいにぴりっと鋭い痛みを指先に感じて瞬きした。壁を眺め、ミラルシアを見下ろす。
何かが違う。ミラルシアの姿が、前よりずっとはっきり見える。
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