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第3話 花咲姫と奔流王
17.無敵の侍女(1)
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がっ、がつっ、どががが!
およそ、女性同士、しかも一方は筋肉質だが細身の若い女性、もう一方は市場で物売りを覗き込むようなエプロンをつけた年配の女が立てているとは思えない轟音が広場に響き渡っている。
「…一体何だ、あれは」
魔獣大決戦か。
駆けつけたレダンの声は呆れ返っていた。もとより、シャルンも声が出ない。
細身の女性は長くて広い大剣を振り回している。右目に眼帯をつけ、さぞかし視界が不自由だろうに気にした様子もなく、しかも薄笑いしながら石畳を蹴って駆け込んでいく。対するエプロン姿の年配女性は、これも翻るスカートの裾を絡ませもせず、両手に短剣を構え、飛びすさりながら応戦している。いや、自分の攻撃しやすい場所へ誘導しているのか。突き出される大剣の切っ先を軽く躱しては、伸ばされた腕や指先を狙って切りつける。
「片方はサリスか…何でこんなことになってる?」
レダンがガストに確認した。
「ルッカが市場を巡っていたらしいです。で、通りがかったサリストア様に気づいたんでしょうね、軽く声を掛けた、矢先にはもうあれが始まったと」
「ははあ、市場じゃヤバいってんで広場まで持って来たのか」
けれど、サリスはもうお楽しみ状態だよなあ?
レダンが唸る。
「サリストア様……連れ去られたのではなかったのですか? どうしてこんなことに」
シャルンは震える手を思わず組んだ。
素人目にも明らかに力量は互角、正直なところ、ルッカがここまで素早く戦う光景などみたことがなかったし、そもそも口は達者だが身の回りを整えてくれる気のいい侍女としか考えていなかったが、アルシア出身とはなるほど、こういうことを言うのか。
「たぶん、サリストアとミラルシアは痺れ薬にやられたふりをして身を隠していた、が正しいんだろうな」
レダンが眠そうに欠伸をする。
「身を隠していた?」
「その方が阿呆な奴らが動きやすいからさ」
言われてみれば、ミラレルシア擁護派が誰なのか、ミラルシアも知ってはいなかった。抵抗して小物を捕まえるより、巻き込まれたと言う体で本拠に近づこうとしたのかも知れない。
「どうだ?」
「数人、妙な動きをするのが居ますね」
ガストがレダンの問いに応じて頷く。
「今慌てて路地に駆け込んだ奴は王城で見たことがあります」
「つけろ」
「はい」
ガストがすぐに後を追う。
「陛下、私はどうしたら」
「大丈夫だよ、サリスをご覧、あれは楽しんでるから」
「え?」
「それにルッカも、ほどほどの所で手を抜いてるみたいだし……俺達だけじゃない、数人同じような意図で動いてるらしいのが居る。サリスも似たような指示を出してるんだろう」
おかしな動きをしたら後をつけろってな。
「…でも……」
シャルンはなおもぶつかり合う2人をじっと眺める。
「陛下……その、私には全く終わりそうにないように見えるのですが」
「え…」
レダンもシャルン同様2人を眺める。
今しもサリスが深く踏み込み過ぎた。ルッカが畳み掛けるように短剣を閃かせる。両手の短剣が日差しを弾き、光を放ち、空間を切り取り駆け抜けて、さながら稲光が走るようだ。サリストアが今回の件を依頼した時に口にした、『雷龍の剣士』と言うことばを思い出した。年老いて、戦場に立つこともほとんどないルッカでも、これほどの速さと動きを保てるのだ。若い頃はどれほどの素早さだっただろう。人の目に触れるまでもなく、敵を倒していたのではないか。
まさに、雷龍。
それほどの技を、ルッカは諦めた。
それほどの鍛錬を、ルッカは封じた。
大好きな母、そのことばが蘇る。
師を弟子が上回ることは、師にとって喜びのはずだ。それを喜べなくて弟子に教えることはできない。けれども、弟子に抜き去られて良しと諦めきれないのもまた、人の気持ちなのだろう。
「あー」
レダンが苦笑して前に踏み出し、我に返った。
「あれはダメだな、お互いに我を忘れてる」
技量が釣り合っちまったのが良くなかったか。
「陛下?」
「これ以上やってると周囲が迷惑だろう、止めてくる」
「へ、陛下!」
止めてくる?
シャルンは呆然として相変わらず激しい音を立てて、絡みぶつかり飛び離れる2人を見やる。
あれを? どうやって? 一体どこで?
「レダン、待って……っ!」
「あっ」「ふっ」
いくらレダンでもとても無理、そう手を伸ばそうとした瞬間だった。まるで砂埃が舞い込むように、互いに剣を突き立てかけた2人の間に、するりとレダンの姿が吸い込まれた。サリストアの大剣がレダンの片腕に跳ね上げられて虚空に逸れ、ルッカの短剣が1本地面に叩き落とされ、もう1本を握った手首がレダンの肘に制される。
一瞬の静止、時間が止まった空間に、黒髪が数本流れていって。
う…わあ!!!
爆発するような歓声が沸き起こる。
「止めた、止めたよ!」「見たかい、あれ!」「末代までの語り草さね!」「サリストア様と雷龍を、奔流王が止めたぞ!」
「…っ、陛下!」
シャルンは慌てて駆け寄る。
「…バレてるじゃねえか…剣筋か? さすがアルシアだな」
構えを解いた2人に、体を起こしたレダンは苦笑した。
およそ、女性同士、しかも一方は筋肉質だが細身の若い女性、もう一方は市場で物売りを覗き込むようなエプロンをつけた年配の女が立てているとは思えない轟音が広場に響き渡っている。
「…一体何だ、あれは」
魔獣大決戦か。
駆けつけたレダンの声は呆れ返っていた。もとより、シャルンも声が出ない。
細身の女性は長くて広い大剣を振り回している。右目に眼帯をつけ、さぞかし視界が不自由だろうに気にした様子もなく、しかも薄笑いしながら石畳を蹴って駆け込んでいく。対するエプロン姿の年配女性は、これも翻るスカートの裾を絡ませもせず、両手に短剣を構え、飛びすさりながら応戦している。いや、自分の攻撃しやすい場所へ誘導しているのか。突き出される大剣の切っ先を軽く躱しては、伸ばされた腕や指先を狙って切りつける。
「片方はサリスか…何でこんなことになってる?」
レダンがガストに確認した。
「ルッカが市場を巡っていたらしいです。で、通りがかったサリストア様に気づいたんでしょうね、軽く声を掛けた、矢先にはもうあれが始まったと」
「ははあ、市場じゃヤバいってんで広場まで持って来たのか」
けれど、サリスはもうお楽しみ状態だよなあ?
レダンが唸る。
「サリストア様……連れ去られたのではなかったのですか? どうしてこんなことに」
シャルンは震える手を思わず組んだ。
素人目にも明らかに力量は互角、正直なところ、ルッカがここまで素早く戦う光景などみたことがなかったし、そもそも口は達者だが身の回りを整えてくれる気のいい侍女としか考えていなかったが、アルシア出身とはなるほど、こういうことを言うのか。
「たぶん、サリストアとミラルシアは痺れ薬にやられたふりをして身を隠していた、が正しいんだろうな」
レダンが眠そうに欠伸をする。
「身を隠していた?」
「その方が阿呆な奴らが動きやすいからさ」
言われてみれば、ミラレルシア擁護派が誰なのか、ミラルシアも知ってはいなかった。抵抗して小物を捕まえるより、巻き込まれたと言う体で本拠に近づこうとしたのかも知れない。
「どうだ?」
「数人、妙な動きをするのが居ますね」
ガストがレダンの問いに応じて頷く。
「今慌てて路地に駆け込んだ奴は王城で見たことがあります」
「つけろ」
「はい」
ガストがすぐに後を追う。
「陛下、私はどうしたら」
「大丈夫だよ、サリスをご覧、あれは楽しんでるから」
「え?」
「それにルッカも、ほどほどの所で手を抜いてるみたいだし……俺達だけじゃない、数人同じような意図で動いてるらしいのが居る。サリスも似たような指示を出してるんだろう」
おかしな動きをしたら後をつけろってな。
「…でも……」
シャルンはなおもぶつかり合う2人をじっと眺める。
「陛下……その、私には全く終わりそうにないように見えるのですが」
「え…」
レダンもシャルン同様2人を眺める。
今しもサリスが深く踏み込み過ぎた。ルッカが畳み掛けるように短剣を閃かせる。両手の短剣が日差しを弾き、光を放ち、空間を切り取り駆け抜けて、さながら稲光が走るようだ。サリストアが今回の件を依頼した時に口にした、『雷龍の剣士』と言うことばを思い出した。年老いて、戦場に立つこともほとんどないルッカでも、これほどの速さと動きを保てるのだ。若い頃はどれほどの素早さだっただろう。人の目に触れるまでもなく、敵を倒していたのではないか。
まさに、雷龍。
それほどの技を、ルッカは諦めた。
それほどの鍛錬を、ルッカは封じた。
大好きな母、そのことばが蘇る。
師を弟子が上回ることは、師にとって喜びのはずだ。それを喜べなくて弟子に教えることはできない。けれども、弟子に抜き去られて良しと諦めきれないのもまた、人の気持ちなのだろう。
「あー」
レダンが苦笑して前に踏み出し、我に返った。
「あれはダメだな、お互いに我を忘れてる」
技量が釣り合っちまったのが良くなかったか。
「陛下?」
「これ以上やってると周囲が迷惑だろう、止めてくる」
「へ、陛下!」
止めてくる?
シャルンは呆然として相変わらず激しい音を立てて、絡みぶつかり飛び離れる2人を見やる。
あれを? どうやって? 一体どこで?
「レダン、待って……っ!」
「あっ」「ふっ」
いくらレダンでもとても無理、そう手を伸ばそうとした瞬間だった。まるで砂埃が舞い込むように、互いに剣を突き立てかけた2人の間に、するりとレダンの姿が吸い込まれた。サリストアの大剣がレダンの片腕に跳ね上げられて虚空に逸れ、ルッカの短剣が1本地面に叩き落とされ、もう1本を握った手首がレダンの肘に制される。
一瞬の静止、時間が止まった空間に、黒髪が数本流れていって。
う…わあ!!!
爆発するような歓声が沸き起こる。
「止めた、止めたよ!」「見たかい、あれ!」「末代までの語り草さね!」「サリストア様と雷龍を、奔流王が止めたぞ!」
「…っ、陛下!」
シャルンは慌てて駆け寄る。
「…バレてるじゃねえか…剣筋か? さすがアルシアだな」
構えを解いた2人に、体を起こしたレダンは苦笑した。
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