『これはハッピーエンドにしかならない王道ラブストーリー』

segakiyui

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第3話 花咲姫と奔流王

16.2つ目の願い(3)

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 翌日、シャルンは1人にして欲しいと望んだ。
 昨夜はレダンが混乱し不安に慄くシャルンを抱きしめ、休ませてくれた。朝になると、心配そうに振り返りながら部屋を出て、いつでも呼ぶと良い、ガストの部屋に居る、と言い置いてくれた。
 夢を見ることはなかった。
 夢を見るほどは眠れなかった。
「私が…知っていた…?」
 レダンの言っていることは間違いではない。シャルン自身が口にしたことも、思い返せば、その通りだ。
 それなら、今までハイオルトで『ガーダスの糸』を見て、『地下迷宮』や『花咲』や『魔法』などを思い出したり考えたことがあるのかと聞かれると、そんな覚えはない。『ガーダスの糸』は『ガーダスの糸』でしかなく、ルシュカの谷で美しい糸やレースになるのを感嘆して眺めた程度、ミディルン鉱石と繋げて考えたこともない。
 けれども、ガストやレダンの突拍子もない発想を不思議がることもなくストンと飲み込めたのは、どこかでそれを知っていたからかも知れない。
「では…いつ…どこで…?」
 ふと、地下通路を突き進んだときのような気持ちがした。
 知るはずがない、知っているわけがない、そう否定して訴えればいいだけのことなのに、知っているかも知れない、ではどこで、と考える自分の気持ちに、少し戸惑う。
「何かが……変わったみたい」
 胸にそっと手を当てる。
 変わったとしたら、あの蓋の上に突き飛ばされた時だろうか。死ぬかも知れない、その直前まで目を開いていようと思った覚悟からだろうか。
「いえ…違うわ…」
 そんなことは何度もあった。繰り返し見知らぬ男、シャルンの何を望むかわからぬ王の元に、たった1人で嫁ぐ度に、暗い夜空に突き飛ばされるような気持ちがしていたと今ならわかる。
 見ないようにしていた。
 殺されることも、辱められることも、我が身にかかる不幸を全て、幻のように感じるように。時に美しい光景に身を引き戻されて、それを手放す痛みも味わったが。
 何が違ったのだろう。
 シャルンは必死に思考を凝らす。
 淹れられた温かなお茶も、柔らかく蒸された野菜やパンも、色鮮やかな果物も、今は意識に入らない。ただひたすらに自分に問う。
 なぜ?
 なぜ?
『シャルン!』
 伸ばされた掌。
 いえ違う。
『陛下!』
 伸ばした指。
 いつものことだ。
「……ああ…」
 思い返して、ようやく気づく。
「…届いた、んだ……」
 視界がいきなり霞んだ。
 多くの罵倒と嘲笑を浴びながら、意味がないもの価値がないものとして扱われながら、それでもただ真っ直ぐに、やるべきことを進むべき道を探し求めて走り続けて。
 初めて、届いた。
 望む結果に。
 自分がそれを望んでいたとは気づきもしなかった、成就に。
「陛下……っレダン……っ」
 吹き零れる涙に顔を覆う。
 力になりたかった。
 これほど様々に足りないシャルンを守り包み愛おしんでくれたレダンに、何かを返したかった。
 今までのように、自分がいなくなることで不快を減らそうとするのではなく、シャルンがいることでレダンが喜び笑って欲しかった。
 きっと今までもそうだった、すべての王に対してそうだった、けれど誰一人としてシャルンを望まず、望まれるのはただ居なくなることだけだったので、シャルンはその『願い』を叶えた。
 けれど、本当は。
 お前が欲しいと言って欲しかった。
 あなたが欲しいと伝えたかった。
 それが叶わないなら、2つ目の願いでいい。
 シャルンが消えることで喜ぶのなら。
 シャルンが望まないことで安堵されるなら。
 それでいい。
 ……そうではない。
 それは2つ目の願いではなく、全く別の願いなのに、シャルンにはわからなかった。
「あなたが…欲しいのです……っ」
 泣きじゃくりながら訴える、誰も部屋には居ないのだが。
「私は……あなたが…っ」
 リュハヤなどに渡したくはなかった。水龍が襲った時、動けなかったのは怯んだばかりではない、リュハヤが居なくなるのを欲したのかも知れない、シャルン自身が。突き飛ばされた闇で、部も弁えずに手を伸ばすことなどできなかった、自分の卑怯さを棚上げにして。
 けれど、今初めて、欲しいと伸ばしたこの指先が、紛れもなく一番欲しいものに届いたから。
 シャルンの中で、何かが変わった。
「れだん………っ………!」
「…シャルン?」
 ふわりと背後から抱きしめられて息が止まるほど驚いた。
「陛下……?」
「…つれないな、もうそちらの呼び方に戻るのか?」
 いつの間に戻ってきていたのだろう、ベッドに滑り込んだレダンが、静かにシャルンを抱いている。
「どうして…?」
「それはこちらの台詞だと思うが? 夫を求めて泣きじゃくる妻を放置するような男に思われていたとは心外だぞ」
「レダン…」
 ぼやぼやと視界が溶け落ちていく。耳元で穏やかに囁かれる声に涙が止まらなくなる。
「私……卑怯でした」
「…ああ」
「一番欲しいものを…断られるのが怖くて……っ」
「うん…」
「でも……物凄く、頑張ってて……」
「うん」
「初めて……っ…届いて……っ」
「うんうん」
 すがりつく腕がぎゅうっと深く抱き込んでくれる。髪に唇が触れて囁きが聞こえる。
「聞こえてる」
「私……陛下が……欲しいです…っ」
「わかってる」
「ずっと……側に……居て欲しいです……っ」
「約束する」
「ずうっと…です…っ」
「ずうっとだ」
「ずうっっとですよ…っ」
「俺は…嬉しいよ、シャルン」
 密やかに、キスが目元に降りてくる。
「一番欲しいものを手に入れてるからな」

 その夜、泣きじゃくりながらお願いし続けるシャルンと約束し続けるレダンが眠りについたのは明け方近く、昼前にお互いに眠い目を擦りながら起き上がった2人はガストの大声に飛び上がった。
「すぐに来て下さい! ルッカが大立ち回りをやらかしてます!」
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